心筋梗塞後の予後管理における「便秘」

心臓血管

はじめに:心筋梗塞後の転帰を左右する新たな因子とは

心筋梗塞(myocardial infarction: MI)は、急性期の救命率が改善してきた一方で、退院後の慢性期管理がその後の予後を大きく左右する疾患です。特に心不全(heart failure: HF)は、MI後の最も重要な合併症の一つであり、再入院や死亡のリスクを顕著に上昇させます。近年、便秘という一見すると消化器領域の問題が、心血管疾患患者の予後に影響する可能性が報告され始めています。本稿では、Namiuchiらによる2025年の研究をもとに、心筋梗塞後の便秘が心不全による再入院リスクに与える影響について解説します。

研究の背景と目的

これまでの疫学研究では、便秘は全死亡、虚血性心疾患、脳卒中リスクの上昇と関連することが報告されています(Sumida et al., 2019)。また、著者らの以前の研究では、急性心不全患者において便秘が再入院リスクを高めることも示されました(Namiuchi et al., 2024)。しかし、MI後の便秘とその後の心不全再入院との関連性については、検討された報告がほとんどありませんでした。本研究では、MI後の便秘状態がHF入院リスクとどのように関係するかを解析しています。

研究デザインと対象

本研究は2012年1月から2023年12月までの12年間にわたり、仙台市立病院に入院した急性MI患者1,429例のうち、院内死亡した105例を除いた1,324例を対象とした後ろ向きコホート研究です。便秘の定義は、退院時に少なくとも1種類の下剤が定期的に処方されていたこととし、ROME IVなどの症状ベースの定義は使用されていません。追跡期間は中央値2.7年(平均3.6±3.2年)でした。

便秘群の特徴:高齢・女性・フレイルの集積

便秘あり群(n=253, 19.1%)は、便秘なし群に比べて平均年齢が74歳 vs. 66歳(p<0.0001)と高く、女性の割合が多く(32% vs. 22%)、BMIが低い傾向(23.7 vs. 24.4, p=0.0078)にありました。また、高血圧(72% vs. 64%)や脳卒中既往(21% vs. 9%)の合併も多く、Killip分類でII以上の割合も高率でした(31% vs. 13%, p<0.0001)。さらに、BNP値も有意に高く(74.2 vs. 43.1 pg/mL, p=0.0053)、eGFRは有意に低値でした(58.6 vs. 66.8 mL/min/1.73m², p<0.0001)。
これらは、便秘が「ハイリスク患者」のマーカーである可能性を示唆します。

主要アウトカム:心不全入院リスクの増加

全体で115名が死亡(8.7%)、99名がHFで再入院(7.5%)しました。便秘群のHF再入院率は、退院後0〜0.5年で7.8%、0.5〜3年で4.8%だったのに対し、非便秘群はそれぞれ2.1%、3.9%でした。特に注目すべきは、退院後6か月以内のリスクが顕著に高い点です。

Cox比例ハザードモデルでは、0〜0.5年において便秘がHF入院に与える影響は以下の通りでした。

  • 未調整モデル:HR 3.86(95% CI: 2.02–7.36, p<0.0001)
  • 年齢・性別調整モデル:HR 2.66(95% CI: 1.38–5.14, p=0.0034)
  • 完全調整モデル(年齢、性別、既往歴、eGFR、糖尿病、心房細動、利尿薬使用など8項目):HR 2.12(95% CI: 1.07–4.19, p=0.032)

このように、年齢を含めた因子で調整しても、便秘は独立して心不全再入院リスクを2倍以上に高めることが示されました
一方、0.5〜3年では有意差は消失しており、便秘の影響は「短期」に限局することが示されました。

また、交絡をさらに抑えるため、以下の8因子を用いて傾向スコアマッチング(propensity score matching)も実施されています:

  • 年齢、性別、既往MI、高血圧、糖尿病、心房細動、eGFR、利尿薬使用

この方法により、便秘群と非便秘群の背景がよく均質化されました。その上でも、便秘群は退院後0〜0.5年のHF再入院リスクが有意に高かった(log-rank p = 0.030)という結果でした。

機序の考察:TMAOと血圧スパイクの二重の罠

本研究では分子メカニズムの直接的検証はなされていませんが、著者らは2つの仮説を提示しています。

  1. 腸内細菌叢変化とTMAOの蓄積
    便秘により腸内通過時間が延長すると、腸内細菌がリン脂質(主にホスファチジルコリン)をTMA(trimethylamine)に代謝する時間が増え、これが肝臓でTMAO(
    trimethylamine N-oxide)に変換されます。TMAOは動脈硬化、MI、心不全悪化と強く関連しており(Tang et al., 2014)、この経路が便秘とHF予後の接点である可能性があります。
  2. 排便時の過剰な腹圧と血圧上昇
    排便時の強いいきみにより一過性の血圧上昇が生じることがあり、このヘモダイナミックストレスが心機能低下の引き金となる可能性があります。特に退院直後の心機能が脆弱な時期においては、こうした負荷が再入院リスクを高める要因となると考えられます。

便秘管理が明日の実践に与える示唆

この研究の臨床的インパクトは明確です。MI退院後のHF再入院リスクを低減するために、排便状態の把握と適切な便秘管理が必要であることが示唆されました。実際、感度分析では下剤1剤でもリスク上昇が見られ(HR 2.23)、用量反応関係が示唆されました。つまり、単に重度の便秘だけでなく、軽度の排便異常も予後に関わる可能性があるのです。

したがって、退院時の生活指導においては、食物繊維摂取、水分補給、適度な運動の推奨に加え、排便状態の観察をルーチンに組み込むことが求められます。


Limitation

本研究ののLimitationも存在します:

  • 単施設・日本人中心:結果の一般化には多施設・多国籍研究が必要です。
  • 便秘定義の限界:下剤使用による定義は症状ベース評価より感度が低い可能性があります。
  • 下剤使用期間の不明確さ:一過性使用との区別が困難でした。
  • 交絡因子の残存:フレイルや食生活など未調整要因の影響を否定できません。
  • 時間依存性のモデル化が不十分:形式的な交互作用項は導入されていません。

結論:心不全予防の新たな戦略としての便秘管理

本研究は、MI後の便秘が退院後6か月以内のHF入院リスクを2倍以上に高めることを明らかにしました。便秘は、これまで見過ごされがちであった心血管予後の「修飾可能なリスク因子」として、今後のHF管理において新たな治療ターゲットとなり得ます。MI患者への包括的な生活指導において、排便習慣の評価と改善が、心不全予防の新たな一歩となるかもしれません。

参考文献

Namiuchi S, Sunamura S, Tanita A, Ogata T, Noda K, Takii T, Nitta Y, Yoshida S. Effect of constipation on hospitalization due to heart failure in patients after myocardial infarction: a retrospective cohort study. BMC Cardiovascular Disorders. 2025;25:410. https://doi.org/10.1186/s12872-025-04874-7

補足:腸内細菌と心血管疾患

腸内細菌によるトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)産生の機序と、それが心血管疾患、特に動脈硬化や心不全の悪化に関与する仕組みについて補足します。

TMAOの産生経路:腸管−肝臓軸の中心にある腸内細菌

TMAOは、食事由来のトリメチルアミン(TMA)前駆体が腸内細菌によって代謝されて生成される重要な代謝産物です。

  • 前駆体物質:主にホスファチジルコリン(卵黄、肉類、乳製品に多い)、L-カルニチン(赤身肉に豊富)、ベタインなど。
  • 腸内細菌による代謝:これらの物質は、腸内細菌によってTMA(trimethylamine)へと変換されます。
    • このプロセスに関与する細菌種には、Clostridia属やDesulfovibrio属、Enterobacteriaceae科などが含まれています。
  • 肝臓での酸化:TMAは腸管から吸収されて門脈を通り、肝臓に到達すると、FMO3(フラビン含有モノオキシゲナーゼ3)によってTMAO(trimethylamine-N-oxide)に酸化されます。

この「腸内細菌→TMA→FMO3→TMAO」の経路は、腸管−肝臓軸(gut-liver axis)の代表的な例とされています。

TMAOと動脈硬化:血管内皮機能障害と泡沫細胞形成の促進

TMAOは、血中濃度が上昇することで以下のような動脈硬化性変化を促進します。

  • コレステロール代謝の異常
    • マクロファージによるコレステロール取り込みが増加し、泡沫細胞(foam cells)の形成が促進されます。
    • 肝臓での胆汁酸合成を抑制することで、コレステロールの排泄が低下します。
  • 血管内皮細胞障害
    • TMAOは内皮一酸化窒素合成酵素(eNOS)の活性を抑制し、NO産生を低下させることで、血管拡張能を障害します。
    • 酸化ストレスと炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)の発現を増加させ、内皮炎症を誘導します。
  • 血小板の活性化
    • TMAOは血小板のアグリゲーション反応を高め、血栓形成リスクを増加させます。

これらの機序により、TMAOは冠動脈疾患や脳卒中の発症リスク、ならびにプラーク不安定化に関与することが示されています。

TMAOと心不全:予後を左右するバイオマーカーと病態促進因子

心不全患者においても、TMAOの血中濃度は予後に強く関連しています。

  • TMAO高値と予後
    • TMAO濃度が高い心不全患者は、死亡率や再入院率が有意に高いことが、複数の研究で示されています。
  • 腎機能低下との相互作用
    • TMAOは腎排泄されるため、慢性腎疾患(CKD)や心腎症候群の文脈では、血中に蓄積しやすくなり、心不全進行に拍車をかけます。
  • 心筋リモデリングの促進
    • 動物実験では、TMAOが心筋細胞の線維化や肥大に関与し、心室リモデリングを促進する作用があることも報告されています。

これにより、TMAOは単なるバイオマーカーではなく、心不全の病態そのものに関与する活性代謝物と考えられています。

なぜ便秘がTMAO産生を助長するのか?

便秘により腸内通過時間が遅延すると、腸管内での発酵・代謝活動が長引きます。これにより、TMA産生菌が基質と接触する時間が延長され、TMA産生が増加しやすくなります。

また、腸内の酸化還元環境の変化や、腸管内pHの上昇も、TMA産生菌にとって好都合な環境を形成するため、結果的にTMA→TMAO経路が活性化される可能性があります。

まとめ

  • TMAOは腸内細菌−肝臓−循環系をつなぐ代謝物であり、動脈硬化や心不全の進行に深く関与しています。
  • 便秘という腸管環境の変化は、TMAOの過剰産生を促す可能性があり、それがMI後のHF再入院リスクを高める機序の1つと考えられます。
  • したがって、便秘管理は単なるQOL改善ではなく、心血管イベント予防の一環として再評価されるべきです。
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