臓器移植と性格変化 ―心臓移植だけではない「人格の移行」の可能性

医療全般

はじめに:移植と自己同一性をめぐる問い

臓器移植は、生命を救う医療技術の象徴である一方で、移植後の患者が経験する心理的・感情的な変化については、長らく科学的議論の余地が残されてきました。なかでも注目されてきたのが「性格変化」です。とくに心臓移植においては、「ドナーの性格を引き継いだ」とする逸話が、医療界のみならず一般社会でも語られてきました。

本論文では、こうした逸話的な事例を超えて、心臓移植に限らず他の臓器移植でも性格変化が生じるのか、どのような変化が起こりやすいのかを明らかにするため、横断的な調査が行われました。

調査方法:SNSを活用した全国調査

研究は米国在住の47名の臓器移植経験者(心臓23名、その他24名)を対象に、Facebookグループや移植センターを通じたオンライン調査という形式で行われました。対象者の平均年齢は61.9歳で、約81%が白人、60%が退職者でした。調査では、食嗜好や気質、感情、宗教観など16種類の性格項目について自己報告形式で回答を得ました。

このような市民参加型の調査手法は、近年注目されている患者中心型研究の潮流を反映したものであり、従来の医療機関中心のリクルート法とは一線を画しています。

性格変化は本当に起きているのか?

調査の結果、全体の89.3%の参加者が移植後に何らかの性格変化を経験したと回答しました。とくに注目すべきは、心臓移植群(91.3%)とその他の臓器群(87.5%)で、性格変化の頻度に統計的有意差がなかった点です。これは「心臓だけが特別」という従来の観念に一石を投じる重要な知見です。

さらに、「4つ以上の性格変化」を報告した割合は心臓移植群で47.8%、他臓器群で25.0%と差はあるものの、有意とは言えませんでした。

最も顕著だった変化は「身体的特徴」

16項目中、身体的特徴の変化だけが統計的に有意な違いを示しました(心臓移植群:95.7%、他群:54.2%、p=0.04)。この「身体的特徴」とは、体力や外見、身体能力の変化を含み、著者らは心機能の改善により活動性が高まったことが背景にあると推察しています。

実際に、心不全から心臓移植を受けた場合、移植後には拍出量や運動耐容能が劇的に改善することが知られており、それに伴って生活習慣や自己イメージの変容が性格変化として知覚される可能性があります。

感情や食嗜好の変化も多数報告

身体的特徴以外では以下のような変化が目立ちました:

  • 気質の変化(全体の55.3%、心臓60.9%、他50.0%)
  • 感情の変化(55.3%、心臓52.2%、他58.3%)
  • 食嗜好の変化(40.4%、心臓47.8%、他33.3%)

これらの変化は統計的有意ではなかったものの、「細胞記憶」や「内臓神経系の伝達」など、生物学的仮説との関連が示唆されました。

分子生物学的仮説:記憶は臓器に保存されるのか?

本研究で紹介されている仮説の中でも、特に注目すべきは「細胞記憶(cellular memory)」という概念です。これは、ドナーの臓器に存在していた記憶様の情報が、移植によりレシピエントに伝達されるという仮説であり、以下のような生物学的メカニズムが提唱されています:

  1. エピジェネティックメモリー:DNAのメチル化やヒストン修飾による情報の継承
  2. RNAメモリー:マイクロRNAや長鎖非コードRNAが遺伝子発現を制御
  3. タンパク質メモリー:特定の構造タンパク質が記憶的機能を持つ可能性
  4. 心臓内神経系:心臓内に独自の神経ネットワークが存在し、神経伝達物質を介して「心の記憶」が保存されている可能性

特に心臓は、脳以外で唯一、ニューロンと類似の神経細胞を持ち、独立した信号処理を行う“セカンドブレイン”とも呼ばれており、こうした神経基盤が性格変化と関連している可能性があるとされます。

研究の新規性:心臓以外にも及ぶ性格変化

これまでの研究の多くは心臓移植のみに焦点を当ててきましたが、本研究は腎臓、肝臓、肺など他の臓器移植においても同様の性格変化が起きる可能性を明らかにしました。この知見は、臓器ごとの特異性を考えるうえでも、移植医療の倫理的・心理的ケアを見直す意味でも非常に重要です。

臨床的含意と今後の方向性

性格変化は、移植後のQOL(生活の質)や服薬アドヒアランス、精神的安定に影響を及ぼす可能性があります。したがって、移植前のインフォームドコンセントの段階で、こうした可能性について患者と十分に話し合うことは極めて重要です。心理教育的介入により、手術後の混乱を減らし、受容と適応を促すことが期待されます。

また、生体ドナーからの移植や、前後での性格評価(心理尺度)を取り入れた前向き研究により、「性格の移行」が実際にどのようなプロセスを経て起こるのかを解明することが今後の課題です。

Limitation(研究の限界)

本研究は以下の点で限界があります:

  • サンプルサイズが小さい(n=47)
  • Facebook等のSNSによるリクルートに偏りがある
  • 性格変化はすべて自己申告であり、客観的評価が欠如している
  • 移植前の性格基準がないため、変化の程度が相対的である
  • 横断研究であり、因果関係を証明するものではない

これらを克服するためには、前向き縦断研究と、他者評価(家族や医療者)による補助的データが必要です。


おわりに

性格は「脳に刻まれた自己」の産物であると考えられてきましたが、本研究は、臓器そのものが“自己”の一部を担う可能性を私たちに示唆しています。身体と心の境界は思ったよりも曖昧であり、移植医療の未来において、こうした心理的・生物学的な交差点を正確に理解することが、よりよい医療とケアに結びつくはずです。

参考文献


Carter, B., Khoshnaw, L., Simmons, M., Hines, L., Wolfe, B., & Liester, M. (2024). Personality Changes Associated with Organ Transplants. Transplantology, 5(1), 12–26. https://doi.org/10.3390/transplantology5010002

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