はじめに
神経変性疾患(Neurodegenerative Disease: NDD)は、アルツハイマー病(AD)、軽度認知障害(MCI)、パーキンソン病(PD)、レビー小体型認知症(DLB)などを含み、高齢社会における大きな課題です。近年、睡眠の質やパターンがNDDの発症・進行に深く関与することが次第に明らかになってきました。本論文は特に「睡眠中の頭部位置」に注目し、仰臥位(仰向け)で長時間眠ることがNDDと関連する可能性を示した点で新規性があります。
研究の目的
本研究の目的は、在宅での睡眠記録を用いて、NDD患者と正常認知者(Normal Cognition: NC)の間で睡眠中の頭部位置にどのような差があるかを検討することでした。特に、仰臥位で過ごす時間や寝返りの回数(頭位変換回数)に注目し、加齢、性別、閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)、いびきなどの因子を統制したうえで、NDDとの関連を解析しています。
方法
対象はNDD患者45名(MCI 24例、AD 15例、PD/DLBなど6例)と、年齢・性別を一致させた正常対照120名でした。睡眠評価には「Sleep Profiler™」という家庭用脳波計を使用し、2夜にわたり睡眠段階、頭部位置、いびき、脳波所見を記録しました。解析では、
- 仰臥位での睡眠時間が2時間を超えるか否か
- 仰臥位の割合(%)
- 頭位変換回数(寝返り頻度)
 が評価されました。
結果
結果は非常に明瞭でした。
- NDD群は仰臥位で眠る割合が51.7~56.0%と、NC群の30.3~31.9%より有意に高い(p<0.001)。
- 仰臥位で2時間以上眠る割合もNDD群では61.5~71.9%に達し、NC群の37~39%と比較して有意に高頻度(オッズ比3.7, 95%CI 1.8–7.7, p<0.001)。
- この関連は、年齢・性別・OSA診断・いびきを統制した後も独立して有意でした(仰臥位睡眠>2h/night: p=0.01, 仰臥位割合: p=0.001)。
- 一方で、頭位変換回数(寝返り回数)は両群で差がなく、NDD群の仰臥位時間延長は「寝返りの減少」によるものではないことが示されました。
分子生物学的背景
この結果の背後には、脳の老廃物排出機構であるグリンパ系(glymphatic system)が関与している可能性が指摘されます。グリンパ系は主に睡眠中に活性化し、アミロイドβ、タウ、αシヌクレインなどの神経毒性蛋白を除去します。ラットの研究では、側臥位でグリンパ流が最も効率的に働き、仰臥位や腹臥位では非効率的であることが報告されています。
さらに、加齢に伴って呼吸効率や脳動脈の拍動が低下し、1回あたりの脳内圧変化(いわば「排出サイクル」)が弱まります。そのうえで仰臥位が重なると、脳脊髄液や血流の重力方向への排出効率がさらに低下し、結果として有害蛋白の蓄積を促進する可能性が考えられます。
考察
本研究は、睡眠中の姿勢が神経変性疾患と関連する可能性を示した初めての報告のひとつです。重要なのは、この関連が「年齢やOSAの有無では説明できない」という点です。すなわち、「仰臥位睡眠そのもの」がNDDに関わっている可能性を強く示唆します。
著者らは、仰臥位での長時間睡眠がNDDの原因か結果かは断定できないとしています。しかし、もし因果的関係が存在するならば、睡眠姿勢を改善することが新しい介入手段になり得ます。側臥位で眠る習慣をつけることは、理論的には脳内の老廃物排出を促進し、NDD進行を遅らせる可能性があるのです。
Limitation
この研究にはいくつかの制約があります。
- OSA診断は除外基準ではなく層別化に用いたため、未診断のOSAが影響している可能性がある。
- 横断研究であるため、因果関係は証明できない。
- サンプル数が小さい(NDD群45例)。
- グリンパ系の活動を直接測定したわけではなく、動物実験の知見を援用しているに過ぎない。
臨床的・実践的意義
この研究から、私たちが日常生活に応用できる点がいくつかあります。
- 認知機能に不安がある方、あるいはリスクの高い方は、「側臥位で眠る習慣」を意識的に取り入れることが有益かもしれません。
- 睡眠環境を工夫して自然に側臥位を保てる枕や抱き枕を活用するのも一案です。
- 睡眠中の姿勢をモニターできるウェアラブルデバイスが今後普及すれば、在宅での神経変性疾患リスクの早期把握にもつながる可能性があります。
結論
仰臥位での長時間睡眠は、神経変性疾患と独立して関連していることが示されました。睡眠姿勢という一見些細な要素が、実は脳の老廃物排出機構や神経変性の進展に影響する可能性があるという点は非常に興味深い知見です。今後の縦断研究や介入研究により、この関連の因果性が解明されれば、睡眠姿勢の指導が認知症予防・進行抑制の一助になる日が来るかもしれません。
参考文献
Levendowski DJ, Gamaldo C, St. Louis EK, Ferini-Strambi L, Hamilton JM, Salat D, Westbrook PR, Berka C. Head Position During Sleep: Potential Implications for Patients with Neurodegenerative Disease. Journal of Alzheimer’s Disease. 2019;67(2):631–638. doi:10.3233/JAD-180697

 
  
  
  
  