はじめに
近年、世界的に「身体活動は健康寿命を延ばす」というメッセージが広く共有されています。しかしその一方で、体をよく動かす職業に従事している人々が、必ずしも長寿であるとは限らないという“身体活動パラドックス(physical activity paradox)”が指摘されてきました。
この疑問に明確な答えを与えるために、アメリカ国民健康栄養調査(NHANES)の大規模データを用いて、Maheらは職業的活動(occupational physical activity)と非職業的活動(non-occupational physical activity)が、それぞれ死亡リスクにどのように関与するのかを検証しました。この研究は、身体活動の「量」だけでなく、「領域の違い」が健康に与える影響を精密に分析した点で新しい知見を提示しています。
研究デザインと対象
この研究は、2007〜2018年に実施されたNHANESに参加した18歳以上の米国成人23,752人(平均46歳、女性51%)を対象としています。追跡期間の中央値は6.92年で、死亡データは2019年12月までNational Death Indexから取得されました。
解析時点で心血管疾患やがんの既往を持つ参加者は除外され、主要評価項目は全死亡(all-cause mortality)、副次項目として心血管死亡(cardiovascular mortality)およびがん死亡(cancer mortality)が設定されました。
身体活動量は世界保健機関(WHO)が定める基準――中等度以上の強度の身体活動を週150分以上――をもとに、参加者を4群に分類しています。
- 両領域とも不十分(inactive)
- 職業的活動のみで基準を達成(occupational only)
- 非職業的活動のみで基準を達成(non-occupational only)
- 両方とも、基準を達成(combined)
解析は加重Cox比例ハザードモデルで行われ、年齢・性別・人種・BMI・喫煙・飲酒・学歴などの交絡因子を調整しています。
職業的身体活動(occupational physical activity, OPA)と非職業的身体活動(non-occupational physical activity, NOPA)
この論文では、職業的身体活動(occupational physical activity, OPA)と非職業的身体活動(non-occupational physical activity, NOPA)を、NHANESで使用されているGlobal Physical Activity Questionnaire(GPAQ)に基づき、活動の実施領域(domain)で明確に区分しています。定義は以下の通りです。
■ 職業的身体活動(Occupational PA)
- 定義:職場や仕事に関連する身体活動で、有給労働・無給労働(家事・農作業などを含む)における中等度または高強度の動作。
- 具体例:立ち作業、荷物運搬、掃除、運転、家事、介護など、職務遂行のために身体を動かす活動。
- 特徴:活動時間が長く、姿勢維持や反復動作など静的・非運動的要素を含むことが多い。これが「身体活動パラドックス」の一因とされています。
- 本研究での分類:職業領域でのみWHO推奨(150分/週の中等度~高強度活動)を満たした参加者を「occupational only」群と定義。
■ 非職業的身体活動(Non-occupational PA)
- 定義:仕事以外の領域で行う身体活動で、余暇・通勤などの移動・レクリエーションなどに該当。
- 具体例:ウォーキング、ジョギング、サイクリング、スポーツ、通勤歩行、園芸など。
- 特徴:通常、自発的・健康目的で行われる活動が多く、運動強度や回復時間のバランスが良く、心肺適応を促進しやすい。
- 本研究での分類:非職業領域でのみWHO推奨量を満たした参加者を「non-occupational only」群と定義。職業活動と組み合わせて満たした者は「combined」群とした。
主な結果
追跡期間中、全死亡1,367件(心血管死亡367件、がん死亡328件)が確認されました。
結果はきわめて興味深いものでした。
- 全死亡リスク(調整後ハザード比)
- 職業的活動のみ:HR 0.75(95% CI 0.60–0.94)
- 非職業的活動のみ:HR 0.58(95% CI 0.47–0.71)
- 両方とも達成:HR 0.43(95% CI 0.33–0.56)
つまり、仕事中によく体を動かす人でも、動かない人に比べて全死亡リスクが25%低下していました。しかしその効果は、余暇や通勤などの非職業的活動を加えた場合にさらに大きくなり、57%もの死亡リスク減少が認められました。
一方で、心血管死亡やがん死亡については異なる結果となりました。
- 心血管死亡は、非職業的活動のみ(HR 0.51, 95% CI 0.36–0.71)および両方で達成(HR 0.32, 95% CI 0.20–0.57)で有意な減少を示した一方、職業的活動のみでは有意な低下は認められませんでした(HR 0.79, 95% CI 0.53–1.19)。
- がん死亡についても、どの群でも統計的に有意な関連は認められませんでした。
さらに、活動量と死亡率の関係をスプライン解析で可視化したところ、全死亡および心血管死亡では非線形の用量反応関係が確認されました。活動量が週あたり150〜300分程度まで増えると、死亡率は急激に低下し、その後は緩やかに横ばいになる傾向を示しました。
なぜ「職業的活動のみ」では効果が限定的なのか
研究チームは、職業的活動と非職業的活動の生理学的質の違いに注目しています。
職業的活動は、長時間にわたる静的作業や反復姿勢、休息の取れない労働が中心で、交感神経の過活動・血圧上昇・炎症促進を招くことがあります。また、肉体労働の多い職種では夜勤や不規則勤務が多く、概日リズムの破綻や睡眠障害が重なり、心血管系に負担を与えやすいと考えられます。
一方、非職業的活動は意図的に実施され、有酸素的負荷と十分な回復を伴うことが多いため、心肺機能向上、内皮機能改善、インスリン感受性上昇などの好影響を生じます。したがって、同じ“身体活動”でも、「目的」と「回復」を伴うか否かが、健康効果の分水嶺になると考えられます。
この点が、過去の研究で「職業的活動はかえって死亡率を高める」とされた報告との整合性を説明します。つまり、職業的活動のみでは、代謝・心血管・炎症経路への適応が十分に起こらないということです。
非職業的活動の圧倒的な保護効果
本研究で最も顕著だったのは、非職業的活動を取り入れた群での心血管死亡の著しい減少です。HR 0.51(49%低下)という数値は、降圧薬やスタチンによる一次予防に匹敵するレベルであり、日常行動の重要性を裏付けています。
非職業的活動は、運動強度と意識的制御のバランスが良く、心拍数変動の増加、血管弾性の維持、酸化ストレス低減など複合的なメカニズムを介して心血管疾患のリスクを減らします。これは単なる「カロリー消費」ではなく、神経内分泌系や血管反応性の適応を通じた全身的ホメオスタシスの再構築といえます。
新規性と臨床的意義
この研究の新規性は、「どの領域で身体活動を行うか」が死亡リスクに異なる影響を与えることを明確に数量化した点にあります。従来の研究では総活動量を単一の指標として扱うことが多く、「職業で動いていれば十分か」「余暇運動は必要か」という実践的な問いに答えることができませんでした。
Maheらの解析は、職業活動の多い人ほど余暇活動が少ないという行動的補償の存在を示しつつ、職業活動だけでは健康効果が限定的であり、余暇活動を加えることが決定的に重要であると定量的に示しました。これは、労働衛生・公衆衛生政策の双方に示唆を与える発見です。たとえば肉体労働従事者においても、「仕事で動いているから運動はいらない」ではなく、短時間でも余暇に自発的な運動を加えることが死亡率を大幅に下げることを意味します。
限界と今後の課題
著者らは複数の限界を認めています。
第一に、身体活動量は自己申告に基づいており、過小・過大評価の可能性があります。
第二に、NHANESでは家事労働を職業活動に含むため、領域の重複が生じうる点です。
第三に、活動の種類(歩行、持ち上げ、立位など)を区別できず、質的特徴の差を反映できていません。
第四に、ベースライン時点のみの測定であり、時間経過による活動量の変化を考慮していません。
最後に、Combined群では単純に総活動量が多く、その「量的効果」が交絡している可能性もあります。
したがって、今後は加速度センサーなど客観的データによる検証が必要です。また、活動の「構造(静的・動的比)」や「回復の質(睡眠、休憩時間)」を含めた生理学的研究が期待されます。
まとめ――「動く」だけでは足りない
この研究は、「動くこと」自体が万能ではないという現実を示しました。
身体活動は量と文脈の双方が重要であり、職場での活動が多い人ほど、むしろ余暇に意識的にリズムを整える運動やウォーキングを取り入れることが、生命予後の改善につながります。
つまり、「働きながら動く」よりも、「意識的に動く」ことが、健康の鍵なのです。
参考文献
Mahe J, Guo K, Guo L, et al. Occupational and Nonoccupational Physical Activity and Their Association With All-Cause, Cardiovascular, and Cancer Mortality in US Adults: A Prospective Cohort Study From the NHANES 2007–2018. J Am Heart Assoc. 2025;14:e039584. doi:10.1161/JAHA.124.039584
参考


