はじめに
オザキ手術、すなわち「自己心膜等を使用した大動脈弁再建術」は、2007年に尾崎重之医師によって導入されて以来、大動脈弁疾患に対する治療の新たな選択肢として注目を集めてきました。これは、機械弁や生体弁といった人工物を一切使用せず、患者自身の心膜組織を用いて大動脈弁を再建するという点で、根本的な革新性を持ちます。
尾崎医師は、目黒区内にある東邦大学医療センター大橋病院所属であり当クリニックとしてもとても身近な存在です。
既存研究との決定的な新規性
これまでのオザキ手術に関する報告は、早期成績や他施設での小規模なシリーズが中心であり、その安全性や優れた血行動態は確認されていました。しかし、この術式の最大の懸念事項である弁の長期的な耐久性(Durability)については、大規模かつ長期のフォローアップデータが不足していました。
本研究の新規性は、考案者である尾崎医師の単一施設によるオリジナルコホート(1,196例)という圧倒的な規模と、最長10年を超える追跡期間にあります。これは、オザキ弁が中期的に見て、弁機能、左室の回復、再手術リスク、そして生存率という主要な臨床アウトカムをいかに維持しているかを、非線形混合効果回帰モデルにより分析した包括的な中期報告です。
研究デザインとコホートの特性
本研究は、2007年4月から2021年5月にかけて実施された後ろ向きコホート研究です。対象となった1,196例の患者は、平均年齢68±15歳(11~90歳)で、男性が60%を占めています。
疾患背景と併存症
大動脈弁疾患の内訳は、大動脈弁狭窄症(AS)が54%、大動脈弁閉鎖不全症(AR)が24%、混合病変が7.3%でした。注目すべき患者群として、二尖弁の症例が27%含まれ、感染性心内膜炎(IE)を合併していた患者が2.4%いることも特筆されます。また、腎不全による透析を受けている患者が13%(1,189例中155例)存在しており、これは人工弁の選択肢が限られる腎機能低下患者におけるオザキ手術の潜在的な有用性を示す重要な情報を含んでいます。
周術期成績
手術の安全性を示す指標として、分離されたオザキ手術における平均人工心肺時間は151±37分、大動脈遮断時間(クランプ時間)は105±29分でした。通常の大動脈弁置換術よりも時間は長いですが、術後30日死亡率は1.7%と低く抑えられています。また、完全房室ブロックによる永久ペースメーカーの植え込み率は全体で1.5%であり、単独手術に限れば0.47%とさらに低く、これは人工弁置換術と比較して、弁輪周囲の操作による伝導障害のリスクが低いことを示唆しています。
卓越した血行動態と左室逆リモデリングの持続性
オザキ手術の最大の利点の一つは、その優れた血行動態(ヘモダイナミクス)と、それに伴う左心室への負担軽減効果です。
安定した低圧較差の維持
大動脈弁の機能を示す主要な指標である平均圧較差(Mean Aortic Valve Gradient)は、術後10年にわたって極めて安定した成績を維持しています。
- 術後6ヶ月:7.4 mmHg
- 術後5年:8.0 mmHg
- 術後10年:8.2 mmHg
この長期にわたる低圧較差の安定性は、自己心膜を用いた弁尖が、補綴弁のステント(枠)による有効弁口面積(EOA)の制限を受けないためです。論文の考察で引用されているデータによれば、オザキ弁は、ステント付き弁であるMagna Ease(1.2±0.25cm2/m2)や、ステントレス弁であるFreestyle(0.9-1.0cm2/m2)と比較しても、より大きなEOA指数(2.1±0.5cm2/m2)を実現しています。これは、弁の開大がより自然で、生理的な層流が維持されていることを意味し、流体力学的に優れていると評価できます。
左室逆リモデリングの持続的促進
大動脈弁の機能不全は、左心室に過負荷をかけ、心筋の肥大(リモデリング)を引き起こします。オザキ手術による優れた血行動態は、この心臓の肥大を効果的に回復させます。
- 術前:左室質量係数(LV Mass Index)141±52g/m2
- 術後6ヶ月:100g/m2
- 術後10年:90g/m2
LV Mass Indexは、術後10年間にわたって持続的に減少し、左室の逆リモデリングが長期にわたり進行することが証明されました。この減少率は、ステント付き生体弁や経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)の報告よりも良好であり、オザキ弁の大きなEOAと弁輪の動きの温存が、心臓の負担をより効果的に軽減し続けていることを強く示唆しています。
耐久性と再介入リスクの現実的評価
弁尖の耐久性と再手術率は、この術式の成功を決定づける最重要ポイントです。
大動脈弁逆流(AR)の経時的変化
中等度または重度のARの発生率は、低率ではありますが、時間の経過とともに増加する傾向が見られました。
- 術後5年:2.9%
- 術後10年:6.6%
このARの発生には、手術手技の修正(例えば、翼状延長(Wing Extension)の追加や等三尖弁化(Equal Tricuspidization)の導入)に伴う学習曲線の影響が示唆されています。興味深いことに、等三尖弁化を受けた患者は、5年以降のARリスクが低い傾向にあり、技術的な改良が耐久性に寄与する可能性が示されています。
再手術率と原因の内訳
全原因による再手術回避率は、10年時点で92%と許容範囲内の成績です。
- 構造的弁劣化(SVD)による再手術回避率: 10年時点で95.3%(年齢層別では、55歳未満で90.9%、55~80歳で95.9%)。
- 若年層のリスク: 55歳未満の患者群では、SVDによる再手術リスクが他の年齢層よりも高いという結果が示されましたが、そのリスク自体は低い水準にあります。この若年層でのSVDリスクは、Ross手術後の再介入リスク(12年再介入回避率88%)とも比較可能であり、自己組織を用いた再建術の運命を共有している可能性があります。
感染性心内膜炎(IE)という懸念
再手術に至った38例の原因の内訳は、オザキ手術の長期的な課題を明確に示しています。
- 感染性心内膜炎(IE):17例
- 構造的弁劣化(SVD):18例
IEが再手術の約半数を占めており、これは生体弁と同様に、人工弁を使用しない再建術における懸念事項です。弁尖を作成するために心膜に施されるグルタルアルデヒド処理や、弁尖の開閉における僅かな非対称性が、血流の乱れや局所的な炎症を引き起こし、細菌の付着を促進する分子生物学的なメカニズムが関与している可能性は否定できませんが、本論文ではその詳細な究明には至っていません。このIEリスクの低減は、今後の研究における最重要課題の一つです。
生存率と実臨床への示唆
優れた中期生存率
本研究の生存率は、6ヶ月95%、5年86%、10年78%であり、年齢・性別をマッチさせた日本人集団の標準生存率と比較して同等か、高齢患者においては良好な成績でした。再手術を伴わない生存率も10年で72%を達成しています。これは、オザキ手術が患者の生命予後を損なうことなく、高いレベルの弁機能を中期的に提供していることを示しています。
明日からの実践
これらのデータを以下のように実臨床や健康管理の判断に活かすと良いのではないでしょうか。
- 若年層・活動的な患者の弁選択肢の再評価オザキ弁は、長期にわたり安定した低圧較差を維持し、左心室の肥大を持続的に改善します。特に、生涯にわたる抗凝固療法を避けたい若年患者、スポーツ愛好家、妊娠を希望する女性、そして人工弁のサイズ制限を受けやすい小柄な体格の患者(特にアジア人)にとって、オザキ手術は最も生理的で理にかなった選択肢として積極的に検討しても良いでしょう。腎機能が低下し、人工弁の劣化が懸念される透析患者においても、この術式は有用である可能性があります。
- 感染性心内膜炎予防の徹底した指導と理解再手術原因の約半分がIEであったという事実は、オザキ手術後の患者教育においてIE予防の徹底が極めて重要であることを示しています。患者側は、歯科治療、皮膚感染、その他の感染リスクのある手技に際して、主治医と相談の上、心内膜炎予防のための抗菌薬投与を怠らないという意識を強く持つべきです。自己心膜は人工弁ほどではないにせよ、感染のリスク因子であることを十分に理解し、日々の健康管理に活かしてください。
- 弁機能の長期モニタリングの重要性中等度以上のARは10年で6.6%と低いものの、時間とともに増加傾向にあります。これは弁の摩耗が進行していることを意味します。このため、術後も定期的な心エコー検査を欠かさず受け、ARや弁尖の動態に異常がないかを早期に把握することが、不必要な心臓の負担を避け、弁の再介入のタイミングを最適化するために不可欠です。
研究の限界点 (Limitations)
本研究は極めて大規模で貴重なデータを提供するものですが、その解釈にあたっては、以下の限界点(Limitation)を考慮する必要があります。
- 単一施設・単一術者の優位性: データのほとんどは、考案者である尾崎医師によって、またはその指導のもとに行われた手術によるものであり、手術手技の均一性と質の高さが結果に反映されています。そのため、他の施設や外科医による結果も同様に優れているかどうかは、多施設共同研究によって検証される必要があります。
- 若年患者データの限定性: 本コホートの平均年齢は68歳であり、オザキ手術の恩恵が最大となる可能性のある若年患者(55歳未満)に関する追跡データは、相対的に量が少ないため、彼らの真の長期耐久性については、さらなるフォローアップが必要です。
- 観察研究の性質: 本研究は観察研究であり、未測定の交絡因子が結果に影響を与えている可能性を完全に排除することはできません。
- 分子生物学的機序の欠如: 弁の劣化(SVD)やIEが起こる背景にある、心膜のグルタルアルデヒド処理後の細胞外マトリックスや線維化、炎症性サイトカインなどの分子生物学的な詳細は本論文には記載されておらず、耐久性維持の機序に関する理解は、今後の基礎研究に委ねられています。
最後に
オザキ手術が自己組織を用いた大動脈弁再建術として、極めて有望な中期成績を有していることを示した極めて重要な研究です。
参考文献
Ozaki S, Hoshino Y, Unai S, et al. Mid-Term Experience With 1,196 Ozaki Procedures. JACC Adv. 2025;4(11):102156. doi:10.1016/j.jacadv.2025.102156

