「うっ血」とは?「鬱血性心不全」とは?その病態と診断・管理・治療

心臓血管

はじめに

心不全は、心臓の構造的あるいは機能的な異常によって、心臓が全身の組織や臓器に十分な血液を供給できなくなる症候群と定義されます。この病態は、単に心臓のポンプ機能の低下に留まらず、体液の調節異常を引き起こし、結果として「うっ血」という状態を招きます。ここでは、「うっ血」の概念を解説し、「鬱血性心不全」と「心不全」の違い、そして臨床におけるその意義について、最新の知見に基づいて考察します。

「うっ血」の病態生理:体液貯留のメカニズム

「うっ血」とは、心不全における主要な臨床的特徴の一つであり、心臓の機能不全により、静脈系の血液が心臓に戻りにくくなり、体内の特定の部位に過剰な水分が貯留した状態を指します。この体液貯留は、さまざまな複雑な神経体液性因子の相互作用によって引き起こされます。

心拍出量低下と神経体液性システムの活性化

心不全の初期段階では、心臓のポンプ機能が低下し、心拍出量が減少します。この状態は、腎臓における血流の低下を招き、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAAS)系や交感神経系を活性化させます。RAASの活性化は、血管収縮を引き起こし、ナトリウムと水の再吸収を促進することで、体液量を増加させます。交感神経系の活性化も同様に、血管収縮とナトリウム貯留を促します。

ナトリウム利尿ペプチドの役割と限界

心室壁や心房壁の伸展を感知して分泌されるナトリウム利尿ペプチド(BNP、ANP)は、RAASを抑制し、ナトリウムと水の排泄を促進する生理的な代償機構として働きます。しかし、慢性的な心不全の状態では、これらのペプチドに対する受容体のダウンレギュレーションや分解酵素の活性化などにより、その効果は十分に発揮されなくなります。また、BNP自体も心不全の重症度に応じて慢性的に上昇していることが多く、うっ血以外の要因(腎機能や全身炎症など)によっても変動するため、BNP値単独でのうっ血評価には注意が必要です。

静脈圧の上昇と体液の漏出

心臓への血液還流が滞ると、静脈圧が上昇します。特に、右心系の機能不全は全身の静脈圧上昇を引き起こし、下肢の浮腫、腹水、肝腫大などを招きます。一方、左心系の機能不全は肺静脈圧の上昇を引き起こし、肺胞や間質への水分漏出を引き起こし、肺うっ血として呼吸困難の主要な原因となります。胸部CTでは、この肺うっ血はすりガラス状影、小葉間隔壁肥厚、気管支血管周囲間質肥厚(気管支血管束肥厚)、血管径拡大、葉間胸水などの所見として現れます。

「鬱血性心不全」と「心不全」:臨床的表現型の違い

「心不全」は、上述のように、心臓の機能異常によって様々な症状を呈する症候群の総称です。一方、「鬱血性心不全」という用語は、明確な定義がありませんし、厳密な医学的分類としては用いられないことがありますが、臨床的には、心不全の患者において、体液貯留による「うっ血」の症状が顕著に現れている状態を指すことが多いです。

「鬱血性心不全」が示唆する臨床像

「鬱血性心不全」と表現される場合、患者は以下のような症状や徴候を呈している可能性が高いです:

  • 呼吸困難: 肺うっ血によるガス交換効率の低下により、労作時だけでなく、安静時や夜間にも呼吸困難が生じることがあります。特に、夜間に横になると呼吸困難が増悪する起坐呼吸は、肺うっ血の典型的な症状です。
  • 浮腫: 全身の静脈圧上昇により、下腿や足首を中心に浮腫が出現します。重症化すると、大腿部や体幹にも及ぶことがあります。靴下の跡が残ったり、体重が急激に増加したりすることも浮腫の兆候です。
  • 腹部膨満感・食欲不振: 肝臓や消化管の静脈圧上昇により、腹水が貯留し、腹部膨満感や食欲不振、悪心、便秘などを引き起こすことがあります。
  • 頸静脈怒張: 右房圧の上昇を反映し、臥位で頸静脈が拡張して観察されることがあります。
  • 肺ラ音: 聴診上、肺野で水泡音(ラ音)が聴取されるのは、肺胞内に滲出した水分を示唆する重要な所見です。
  • 体重増加: 短期間に2~3kg以上の体重増加が見られる場合は、体液貯留の可能性が高いと考えられます。

「非鬱血性心不全」の存在

一方で、「心不全」の患者の中には、これらのうっ血症状が目立たない、いわゆる「非鬱血性心不全」の状態も存在します。これは、心臓のポンプ機能は低下しているものの、神経体液性システムの代償機構が比較的良好に機能している場合や、利尿薬などの治療によってうっ血がコントロールされている場合にみられます。
しかし、注意すべきは、非鬱血性であっても心不全の根本的な病態は進行している可能性があり、油断は禁物です。

また、広範な急性心筋梗塞や(弁を支えている)腱索断裂による重症急性僧帽弁閉鎖不全症など代償機構が機能する前に顕著な急性心不全症状を呈する場合があり、まさに緊急性の高い「非鬱血性心不全」の状態です。

臨床的意義:治療戦略への影響

「鬱血性心不全」と「非鬱血性心不全」の区別は、急性期治療において特に重要です。うっ血症状が顕著な「鬱血性心不全」の急性増悪期には、利尿薬による速やかな体液除去が治療の中心となります。また、血管拡張薬や陽性変力薬などが併用されることもあります。重症例では、急性血液浄化療法(ECUM)が、十分な利尿薬治療を行ってもうっ血が改善しない場合や、腎機能が悪化している場合などに考慮されます。

一方、「非鬱血性心不全」の場合でも、心機能の改善や神経体液性システムの抑制を目的とした薬物療法(ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、SGLT2阻害薬など)が引き続き重要となります。

心不全の診断と評価における「うっ血」の重要性

2025年のJCSガイドラインにおいても、「うっ血」の評価は心不全の診断と経時的な病態把握において重要な位置を占めています。

画像診断によるうっ血評価の進化

従来の胸部X線写真に加えて、近年では肺エコーが肺うっ血の評価に有用であることが示唆されています。肺エコーは、非侵襲的に肺の間質液の貯留を評価でき、ベッドサイドで簡便に施行可能です。
また、腎内静脈エコーによる腎うっ血の評価も考慮されてもよいとされており、心不全における腎機能悪化のメカニズム解明や治療戦略に役立つ可能性があります。

心臓CTも心不全の診断において、心拡大、両側性の間質肥厚、両側性胸水、血管径拡大、両側性のすりガラス状影といったうっ血に関連する所見の評価に用いられます。

血液検査によるうっ血バイオマーカー

血中ナトリウム利尿ペプチド(BNP、NT-proBNP)は、心室圧負荷を反映し、うっ血症状と関連しますが、その解釈には注意が必要です。近年では、うっ血を反映する新たなバイオマーカーとして、CA125、Soluble CD146、biologically active adrenomedullinなどが報告されていますが、実臨床での使用には至っていません。興味深いことに、うっ血の改善に伴うヘモグロビンやヘマトクリットの上昇は、退院後の予後が良好であることと関連しているとの報告もあります。

心エコーによる血行動態評価

心エコー検査では、下大静脈径の拡大や呼吸性変動の消失、肝静脈の拡張や逆流の有無、僧帽弁流入血流パターン、三尖弁逆流血流速度、組織ドップラーなどを用いて、右房圧や左室充満圧を推定し、うっ血の程度を評価します。

患者報告アウトカム(PRO)の導入

2025年JCSガイドラインでは、ADL/QOL評価とともに、患者報告アウトカム(PRO)が診断・治療において新たに重視されています。KCCQやMLHFQなどのPROは、患者自身が自覚する症状や生活の質を評価するものであり、うっ血症状の変化を捉える上で有用なツールとなり得ます。PROの連続的な評価は、患者・医療者間の認識のずれを改善し、治療の最適化に役立つ可能性が示唆されています。

「うっ血」管理の臨床実践

心不全患者が「うっ血」を適切に管理し、より良い生活を送るためには、医療従事者による適切な指導と、患者自身の積極的な取り組みが不可欠です。

生活習慣の改善:減塩と水分管理の重要性

「うっ血」の管理において最も重要なのは、減塩と適切な水分管理です。過剰なナトリウム摂取は体液貯留を助長し、うっ血を悪化させるため、加工食品、漬物、汁物など塩分の多い食品を控え、減塩調味料を活用するなどの工夫が必要です。水分摂取に関しては、一般的に1日1~1.5リットルを目安とし、医師や管理栄養士の指示に従うことが重要です。ただし、過度な水分制限は脱水や腎機能悪化を招く可能性もあるため、個々の患者の状態に合わせた指導が求められます。

体重と症状のモニタリング

毎日の体重測定は、体液貯留の早期発見に非常に有効です。短期間での急激な体重増加は、うっ血の悪化を示唆する重要なサインです。また、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状の変化にも注意を払い、症状が悪化した場合は速やかに医療機関に連絡することが重要です。心不全手帳などに毎日記録する習慣を身につけましょう。

適切な薬物療法のアドヒアランス

医師から処方された利尿薬などの薬は、指示通りに正しく服用することが「うっ血」管理の基本です。自己判断で薬の中断や減量をすることは、うっ血の悪化を招き、心不全の再発や重症化のリスクを高めます。薬に関する疑問や不安がある場合は、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。

定期的な診察と多職種連携

定期的な医師の診察を受けることは、病状の評価と適切な治療継続のために不可欠です。また、管理栄養士による栄養指導や、理学療法士による運動療法、心不全療養指導士による生活指導など、多職種による包括的なサポートを受けることで、「うっ血」を含む心不全全体の管理能力を高めることができます。

患者報告アウトカム(PRO)の活用

日々の体調や症状の変化をPROツール(KCCQ、MLHFQなど)を用いて記録し、医療従事者と共有することで、よりPersonalizedな治療計画の策定に役立てることができます。自身の症状の変化を客観的に把握する習慣は、早期の異変に気づき、適切な対応を取る上で重要です。

緩和ケアにおける「うっ血」症状への配慮

進行した心不全や治療抵抗性心不全においては、「うっ血」による呼吸困難や倦怠感などの症状が患者のQOLを著しく損なうことがあります。緩和ケアは、このような苦痛を和らげ、患者と家族のQOLを改善することを目的としており、「うっ血」症状に対する適切な緩和ケアを提供することが重要です。

症状緩和のための薬物療法

呼吸困難に対しては、必要に応じてオピオイドなどの鎮静薬の使用が検討されます。利尿薬の調整や血管拡張薬の使用も、うっ血症状の緩和に役立ちます。ただし、副作用にも注意しながら、患者の状態に合わせた慎重な薬物療法が必要です。

非薬物療法による症状緩和

体位の工夫(起座位など)、酸素療法、精神的なサポートなども、呼吸困難などの症状緩和に有効です。患者の不安や抑うつに対しては、心理療法やリラクゼーション法なども検討されます。

患者・家族とのコミュニケーションと意思決定支援

緩和ケアにおいては、患者や家族との十分なコミュニケーションを通じて、治療目標や希望を共有し、意思決定を支援することが重要です。延命治療の選択や中止、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)など、人生の最終段階における医療・ケアについても、患者や家族の意向を尊重した話し合いが不可欠です。

結論

「うっ血」は、心不全の病態生理を理解する上で不可欠な概念であり、「鬱血性心不全」は、臨床的に体液貯留の症状が顕著な心不全の状態を示唆します。「うっ血」の適切な評価と管理は、心不全の診断、治療、そして緩和ケアにおいて極めて重要であり、患者の予後とQOLに大きな影響を与えます。2025年のJCSガイドラインにおいても、肺エコーや腎内静脈エコーといった新たな評価法の導入や、PROの活用など、「うっ血」に対する多角的なアプローチが重視されています。

心不全患者がより良い生活を送るためには、医療従事者と患者自身が協力し、減塩、水分管理、体重・症状のモニタリング、適切な薬物療法のアドヒアランスといった日々の実践を継続することが重要です。

参考文献

日本循環器学会 / 日本心不全学会合同ガイドライン
2025 年改訂版 心不全診療ガイドライン

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