はじめに
現代の循環器疾患治療において、経カテーテル大動脈弁留置術(Transcatheter Aortic Valve Replacement;TAVR)と経カテーテル僧帽弁接合不全修復術(Mitral Transcatheter Edge-to-Edge Repair;MTEER)は、外科的手術に代わるパラダイムシフトをもたらしました。しかし、技術が成熟し、実施施設が全米規模で急増する中で、一つの重大な懸念が浮上しています。それは、「誰が執刀しても同じ結果が得られるのか」という問いです。
これまでの研究では、病院全体の症例数(ホスピタル・ボリューム)が多いほど予後が良いことが示されてきましたが、最新の知見ではその差は頭打ちになりつつあることが示唆されています。今回、JAMA Cardiologyに掲載されたKumbhani氏らによる研究は、病院という組織の影に隠れがちだった「個々の術者の経験値」に光を当て、現代の構造的心疾患(SHD)介入における極めて重要なエビデンスを提示しました。
研究の概要
本研究は、全米のリアルワールドデータを網羅するSTS/ACC TVTレジストリを用いた大規模コホート研究です。
- 対象患者(P):2020年1月から2023年12月までに、大動脈弁狭窄症に対してTAVRを受けた358,943名、および僧帽弁閉鎖不全症に対してMTEERを受けた51,407名の連続症例。
- 暴露因子(E):術者一人あたりの年間症例数
・TAVRは低:15件未満、中:15-37件、高:37件超
・MTEERは低:8件未満、中:8-16件、高:16件超
の3群に分類。 - 比較対象(C):高ボリューム群の術者。
- アウトカム(O):主要評価項目は30日全死因死亡率、30日複合アウトカム(死亡、脳卒中、重篤な出血、急性腎障害等)、および院内合併症。
研究の新規性:病院の「名前」よりも「術者の指先」
これまでのボリューム・アウトカムに関する議論は、主に病院単位で行われてきました。高機能な設備や多職種チームが揃った「センター・オブ・エクセレンス」であれば、個々の医師の経験不足を補えるという考え方が一般的だったからです。
しかし、本研究の特筆すべき新規性は、TAVRの低リスク患者への適応拡大や、第4世代MitraClip(G4)などの最新デバイスが普及した「現代」のデータに基づいている点にあります。さらに、多階層変量モデルを用いることで、病院の症例数という要因を統計的に排除した上で、術者個人の症例数が独立して予後に与える影響を抽出しました。その結果、病院がどれほど大規模であっても、術者個人のボリュームが少ない場合には、患者の安全性が損なわれるという衝撃的な事実が明らかになりました。
TAVR
約21.8%の術者が、年間10件以下
TAVRに関する分析では、7,524名の術者が対象となりました。興味深いことに、全米のTAVR術者の約21.8%が、年間10件以下という、月に1件あるかないかの頻度でしか手技を行っていない実態が浮き彫りになりました。
年間15件未満の術者は、死亡リスクが13%上昇
調整後の解析結果によれば、年間15件未満しか執刀しないローボリューム術者は、年間37件を超えるハイボリューム術者に比べ、30日死亡率が1.13倍(9%信頼区間:1.02から1.26、p=0.02)有意に高いことが示されました。また、院内合併症のリスクも1.09倍高くなっていました。
年間15件未満の術者は、手技時間が長く、造影剤使用量も多い
さらに、プロセスの質にも顕著な差が見られました。ローボリューム術者はハイボリューム術者に比べ、手技時間が中央値で10分長く(70分対60分)、造影剤使用量も14ml多く(84ml対70nl)、術後の平均圧力勾配も高い傾向にありました。これは、単に「死なせない」だけでなく、手技の効率性や血行動態の最適化という面でも、経験値が決定的な役割を果たしていることを物語っています。
MTEER
僧帽弁をクリップで繋ぎ止めるMTEERは、大動脈弁置換よりもさらに繊細な空間把握能力と画像診断との連携が求められます。2,483名の術者を対象とした解析では、やはり厳しい現実が示されました。
年間8件未満の術者は、合併症のリスクが31%上昇
MTEERにおいて年間8件未満のローボリューム術者が担当した場合、ハイボリューム術者(年間16件超)と比較して、院内合併症のリスクは1.31倍(95%信頼区間:1.11から1.56、p=0.002)と大幅に上昇していました。30日複合アウトカムのリスクも1.12倍高く、手技の習熟度が安全性に直結していることが確認されました。
但し、術者の年間症例数による30日死亡率(生存率)の有意な差は認められませんでした。
約42.1%の術者が年間10件以下
特筆すべきは、MTEERにおいて約42.1%の術者が年間10件以下しか実施していないという事実です。急速な普及の裏で、個々の術者の経験が分散し、手技の質が希釈されている可能性を本データは警告しています。
術者ボリュームが、病院規模とは独立したリスク
本研究の核心は、術者ボリュームと予後の関連が、病院のボリューム strata(層)に関わらず一貫していたという点です。つまり、症例数が非常に多い「有名病院」に勤務していても、その術者自身の年間症例数が少なければ、アウトカムは悪化します。
これは、心臓チーム(ハートチーム)の重要性を前提としつつも、最終的なデバイスの配置やカテーテル操作という「最後の1ミリ」の判断には、術者の経験に基づいた直感とスキルが介在せざるを得ないことを示唆しています。血管内皮への物理的ストレスや血栓形成リスクの低減、弁周囲逆流の最小化といった、物理的・生理学的な最適解を導き出す能力が、経験によって培われることは間違いありません。
明日から実践できる行動変容:専門家としての視点
この研究結果を、私たちはどのように実臨床や意思決定に活かすべきでしょうか。以下の3点を意識した行動をお勧めします。
第一に、受診や患者紹介の際の「基準」の再考です。病院の知名度やブランド力だけで紹介先を選ぶのではなく、その施設で実際に執刀を担当する医師が、年間どの程度の症例を安定的にこなしているかを確認すべきです。特にTAVRであれば年間37件以上、MTEERであれば16件以上が一つのベンチマークとなります。
第二に、若手医師の教育システムへの介入です。単に「何年も経験している」ことよりも、「直近の1年間で何件こなしているか」というアクティビティの維持が重要です。症例が少ない施設での漫然とした継続よりも、症例が集約されたセンターでの集中的なトレーニングを優先させるべきです。
第三に、医療政策への提言です。現在、多くの国で「病院単位」の症例数基準は設けられていますが、「術者単位」の基準は曖昧なことが多いのが現状です。患者の予後を最適化するためには、術者ごとの症例数を透明化し、一定の質を担保するための「症例集約化」を、倫理的な観点から推進する必要があります。
限界(Limitation)
本研究にはいくつかの限界が存在します。
第一に、レジストリに基づく観察研究であるため、未知の交絡因子の影響を完全には排除できません。
第二に、TAVRは介入医と外科医の共同作業であり、アウトカムを特定の「主術者」一人に帰属させることには限界があります。
第三に、MTEERにおいて極めて重要な役割を果たすエコー診断医の経験値に関するデータが含まれていない点です。
また、30日という短期間の評価に留まっており、長期的な弁の耐久性や遠隔期予後についてはさらなる検証が必要です。
結論
高度な医療テクノロジーの進歩は、手技の簡便化をもたらしたかのように見えますが、本研究はその幻想を打ち砕きました。デバイスが進化し、病院の体制が整った現代においても、最終的に患者を救うのは「継続的な経験に裏打ちされた術者の手」であることに変わりはありません。この冷徹なエビデンスを、私たちは真摯に受け止める必要があります。
参考文献
Kumbhani DJ, Girotra S, Dong H, et al. Contemporary Operator Procedural Volumes and Outcomes for TAVR and MTEER in the US. JAMA Cardiol. Published online January 8, 2026. doi:10.1001/jamacardio.2025.5645
補足:日本の医療機関における症例数
2021年のデータですので、少し古いです。ざっくりとした目安とお考えください。2025年現在は、各医療機関の症例数はもっと増加していると思われます。
・TAVI=経カテーテル大動脈弁留置術(Transcatheter Aortic Valve Replacement;TAVR)
・マイトラクリップ=経カテーテル僧帽弁接合不全修復術(Mitral Transcatheter Edge-to-Edge Repair;MTEER)
(出典:週刊朝日MOOK:手術数でわかる いい病院2023)

TAVI(TAVR)
上記論文では、TAVI術者を以下の3つのカテゴリー(3分位)に分類しています 。
- ハイボリューム: 年間 37件超
- ローボリューム: 年間 15件未満
日本のデータへの当てはめ
- 症例の集約化とリスク: 表中の「小倉記念病院(349件)」や「榊原記念病院(304件)」のような超ハイボリューム施設では、チーム内に複数のハイボリューム術者を維持できている可能性が高いです。
- 「低ボリューム」予備軍: 一方で、ランキング上位であっても「千葉西総合病院(62件)」や「済生会横浜市東部病院(66件)」のように、年間の施設合計が60件台の施設も存在します。もしこれらの施設に術者が4〜5名以上在籍し症例を分担している場合、個々の術者の症例数は年間15件を下回り、論文で指摘された「30日死亡率が1.13倍に上昇する」リスク圏(ローボリューム)に入る可能性があります。
マイトラクリップ(MTEER)
MTEER(マイトラクリップ)について、論文はさらに厳しい数値を提示しています。
- ハイボリューム: 年間 16件超
- ローボリューム: 年間 8件未満
日本のデータへの当てはめ
- 深刻な症例不足の可能性: 表を見ると、MTEERの症例数はTAVIに比べて圧倒的に少ないことがわかります。ランキング1位の「千葉西総合病院」は0件、2位の「札幌心臓血管クリニック」でも35件です。
- 合併症リスクの増大: 論文では、ローボリューム術者によるMTEERは、ハイボリューム術者に比べ院内合併症のリスクが1.31倍有意に高くなると報告されています 10101010。日本の多くの施設(例えば10〜20件程度の施設)では、術者が複数名いれば、ほぼ全員が「ローボリューム術者」に該当してしまうリスクがあります。
病院の「ブランド」に隠れたリスク
論文の最も重要な指摘は、「どれほど症例の多い大病院であっても、術者個人の経験が少なければ予後は悪化する」という、病院ボリュームからの独立性です。
- 「症例の分散(Volume Splitting)」への警告: 日本でもTAVIやMTEERを実施できる施設が拡大していますが、論文は「施設の拡大は術者一人あたりの症例数を減らし、結果として患者の安全性を損なう可能性がある」と警告しています。
- プロセスの質: ローボリューム術者は、ハイボリューム術者に比べ「手技時間が長く、造影剤使用量が多く、弁周囲逆流のリスクが高い」傾向にあります。これは表にある「2021年治療数」が少ない施設ほど、手技の効率性と安全性の両面で課題を抱えている可能性を示唆しています。
日本の現状のまとめ
- 「病院の症例数」だけでなく「術者の症例数」を確認する: 施設全体の数字が大きくても、経験が分散している場合があります。
- 特にMTEERにおいて慎重になる: 年間8件に満たない「ローボリューム術者」が全米でも4割を超えており、日本でも同様の傾向(あるいはそれ以上)が推測されます 。
- 「集約化」の重要性を理解する: 論文は、患者が少し遠くても「ハイボリューム・センター」へ移動する方が、近場の「ローボリューム施設」で受けるよりも予後が良い可能性を支持しています。

