慢性的な大麻使用が血管内皮機能に及ぼす影響

依存症

はじめに

大麻の合法化が進む現在、その使用は医療・嗜好の両面で広がりを見せています。一般的には「タバコよりも安全」「自然由来で身体に優しい」といった印象を持たれがちですが、心血管系に与える影響についての科学的エビデンスはまだ十分とは言えません。今回の研究は、慢性的な大麻喫煙およびTHC含有食品(edible)の使用が、健康な若年成人の血管内皮機能に与える影響を直接的かつ多面的に評価した重要な報告です。これにより、「大麻の使用は無害である」という先入観に再考を促す結果が示されました。

研究デザインと対象

本研究は横断的観察研究として、カリフォルニア州サンフランシスコ在住の18〜50歳の健康成人55名を対象に実施されました。いずれもタバコ喫煙歴や電子タバコ使用歴がなく、副流煙曝露もほぼないという厳格な条件を満たした上で、以下の3群に分けられています:

  • マリファナ喫煙者群(n = 20):週3回以上の喫煙を1年以上継続
  • THC-edible使用者群(n = 9):週3回以上の経口摂取を1年以上継続
  • 非使用者群(n = 26):大麻非使用者(対照)

このように交絡因子を最小限に抑えた設計により、大麻そのものの影響を明確に捉えることが可能となっています。

内皮機能の評価:FMDとNO産生に着目


本研究の主要評価指標は上腕動脈の血流依存性血管拡張(Flow-Mediated Dilation, FMD)であり、内皮由来一酸化窒素(NO)などの血管拡張物質の放出能を反映する指標です。FMDは将来的な心血管疾患リスクを予測する臨床的に意義のあるマーカーとして知られています。

加えて、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(Human umbilical vein endothelial cells;HUVEC)を用い、被験者血清中のVEGF刺激によるNO産生量も測定されました。これは分子レベルでの内皮機能障害を可視化するアプローチであり、特に興味深いデータが得られました。

主な結果

FMDの変化

  • 非使用者群:平均10.4%(SD 5.2%)
  • マリファナ喫煙者群:6.0%(SD 2.6%、P = .004)
  • THC-edible使用者群:4.6%(SD 3.7%、P = .003)

いずれの使用群においても、FMDは非使用者に比して有意に低下しており、内皮機能障害の存在が示唆されます。興味深いことに、喫煙者群と経口摂取群のFMD低下はほぼ同程度であり、摂取経路に関わらず内皮への負の影響が生じていることが示されました。

NO産生の変化(HUVEC)

  • マリファナ喫煙者の血清処理:NO産生 1.1 nmol/L(SD 0.3)、P = .004
  • THC-edible使用者の血清処理:NO産生 1.5 nmol/L(SD 0.3)、P = .81(非有意)
  • 非使用者血清処理:1.5 nmol/L(SD 0.3)

この結果は非常に示唆的で、マリファナ喫煙者の血清が内皮細胞におけるNO産生を抑制するが、THC-edible使用者の血清ではそのような影響がないことを意味します。すなわち、FMD低下という共通の生理学的現象が、異なる分子メカニズムによって引き起こされている可能性が高いと考えられます。

臨床的意義と実践

重要なメッセージ

この研究の最も実践的なメッセージは、「見かけ上健康で若い大麻使用者でも、すでに血管内皮機能に障害が起きている可能性がある」という事実です。特に注目すべきは、FMDの低下がTHCの摂取頻度や量と強い逆相関(r = −0.7)を示した点であり、大麻の用量依存性毒性を裏付けています。

また、マリファナ喫煙はNO産生抑制を通じて内皮機能障害を引き起こす一方、THC-edible摂取では異なる機序が関与していると示唆されており、摂取形態ごとにリスク評価や指導が必要であることを教えてくれます。

心血管疾患の予防に関心がある若年層や中高年層に対して、「タバコをやめたから健康だ」と思い込まず、大麻使用による血管障害リスクにも目を向けることが重要です。

日常生活で実践できる対策

日常生活で実践できる対策としては、以下の点が挙げられます。

  1. 大麻使用を控える、または完全に中止する
  2. 使用を続ける場合でも、頻度と量を最小限に抑える
  3. 定期的な運動とバランスの取れた食事で血管健康を維持する
  4. 血圧や脂質プロファイルなどの心血管リスク因子を定期的にチェックする
  5. 禁煙と同様に、大麻使用の中止を検討する

Limitation(限界)

  • 大麻製品は含有成分にばらつきがあり、用量や含有物質の標準化が困難です。
  • 大麻使用は自己申告であり、リコールバイアスの可能性があります。
  • 横断研究であるため、因果関係の証明はできないことに注意が必要です。
  • FMDなどの測定は外的因子(カフェイン、睡眠、ストレスなど)の影響を受けやすいことも、解釈に際して考慮すべき点です。

結論

大麻の「自然で安全」というイメージは、科学的根拠に裏打ちされたものではありません。
CANDIDE研究は、慢性大麻使用(喫煙とTHC-edible摂取)が血管内皮機能障害と関連していることを明らかにしました。この発見は、大麻使用が心血管系に及ぼす潜在的なリスクについての理解を深め、公衆衛生上の重要な意味を持ちます。医療従事者や政策立案者は、これらの知見を踏まえ、大麻使用に関する適切なガイダンスと教育を提供する必要があります。

参考文献

Mohammadi L, Navabzadeh M, Jiménez-Téllez N, et al. Association of Endothelial Dysfunction With Chronic Marijuana Smoking and THC-Edible Use. JAMA Cardiology. Published online May 28, 2025. doi:10.1001/jamacardio.2025.1399

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