無益な医療「低価値医療(Low-Value Care)」とは何か?どんな医師が施しているのか?

医療全般

はじめに

現代医療において、医療資源の適正配分と患者安全の確保は、持続可能な社会を維持するための最優先課題です。その中で注目されているのが、患者への利益がほとんど、あるいは全くないにもかかわらず提供される「低価値医療(Low-Value Care:LVC)」という概念です。2025年にJAMA Health Forum誌で発表されたMiyawakiらによる研究は、日本のプライマリ・ケア、いわゆる「かかりつけ医」の診療現場におけるLVCの実態を白日の下に晒しました。本研究は、250万人を超える患者データと1,000名以上の医師データをリンクさせた、日本初にして最大規模の調査であり、その結果は極めて示唆に富んでいます。

研究プロトコール概要(PECO)

対象集団(P):2022年10月1日から2023年9月30日の期間に、日本のソロプラクティス(一人診療所)のかかりつけ医を受診した18歳以上の成人患者、計2,542,630人。

要因(E):医師の特性(性別、年齢、専門医資格の有無、1日あたりの診療ボリューム、診療地域)。

比較(C):各医師特性間における比較(例:40歳未満の医師対60歳以上の医師など)。

アウトカム(O):10項目の低価値医療指標を統合した、調整済み複合提供率(100人・年あたりの提供数)。
(医師が患者100人を1年間診察したときに、何件の低価値医療(LVC)を行うと予想されるか)

低価値医療(LVC)という静かな脅威

医療は常に善であるという信念は、現代の複雑な医療システムの中では必ずしも成り立ちません。低価値医療とは、特定の臨床状況において、正味の臨床的ベネフィットが認められないサービスのことを指します。これは単なる無駄な支出にとどまらず、不要な検査に伴う過剰診断や、不必要な薬物処方による副作用、さらにそれらが誘発する連鎖的な医療介入といった、患者への直接的な害を包含する問題です。

日本の医療システムは、患者が自由に受診先を選択できる「フリーアクセス」と、提供した行為に対して報酬が支払われる「出来高払い制度」を特徴としています。この構造はアクセスの良さを担保する一方で、低価値医療が蔓延しやすい土壌となっている可能性が以前から指摘されてきました。しかし、どのような医師が、どのようなサービスを、どれほど提供しているのかという個別の医師レベルでの解析は、これまで十分に行われてきませんでした。

選定された「10の項目」の詳細

本研究では、この26学会の合意リストの中から、プライマリ・ケア(地域のかかりつけ医)で頻繁に見られる10項目が選定されました。


1. 急性上気道感染症に対する抗菌薬処方

  • 臨床状況: 抗菌薬が適切である可能性のある新たな診断ウイルス性の風邪(急性上気道感染症)に対して、抗菌薬(抗生物質)を処方する。
  • 理由: 風邪の大部分はウイルスが原因であり、細菌に効く抗菌薬は効果がない。不要な処方は副作用や薬剤耐性菌を生むリスクがある。
  • 指標: AURI(急性上気道感染症)患者への抗菌薬処方率。

2. 急性上気道感染症に対する去痰薬処方

  • 臨床状況: 抗菌薬が適切である可能性のある新たな診断や、既存の慢性呼吸器疾患の診断がない、風邪に対して、痰を出しやすくする薬(去痰薬)アセチルシステインまたはカルボシステインを処方する。
  • 理由: 多くの去痰薬は、風邪の症状緩和に対する医学的根拠が乏しい。効果がないにもかかわらず副作用のリスクがある。
  • 指標: AURI患者への去痰薬処方率。

3. 急性上気道感染症に対する鎮咳薬(コデイン)処方

  • 臨床状況: 風邪に対して、咳を止める薬(鎮咳薬)としてコデインを処方する。
  • 理由: コデインを含む鎮咳薬は、風邪の咳に対する効果が限定的であり、眠気、便秘、呼吸抑制などの副作用リスクがある。コデインは、麻薬性、中枢性鎮咳薬。
  • 指標: AURI患者へのコデイン処方率。

4. 非特異的腰痛に対する注射

  • 臨床状況: 原因が特定できない腰痛(非特異的腰痛)に対して、ブロック注射などを実施する。
    ※重要なのは、神経根症状(ラジクロパチー)の診断がない「非特異的腰痛」の患者に対して行われる硬膜外注射、椎間関節注射、またはトリガーポイント注射を対象としている点です 。 神経の圧迫や明確な損傷がある場合ではなく、原因が特定しきれない一般的な腰痛に対して、これらの介入を行うことが評価の対象となっています 。
  • 理由: 非特異的腰痛に対する注射は、自然経過と比べて有意な改善効果が認められない。感染症や神経損傷などの合併症リスクがある。
  • 指標: NBP(非特異的腰痛)患者への注射実施率。

5. 非特異的腰痛に対するプレガバリン処方

  • 臨床状況: 腰痛の診断があり、かつ線維筋痛症、糖尿病、帯状疱疹後神経痛、動脈硬化症、椎間板障害、三叉神経痛、または末梢神経障害の診断がない患者に対するプレガバリンの処方
  • 理由: 非特異的腰痛に対するプレガバリンの効果は限定的であり、眠気やめまいなどの副作用リスクがある。
  • 指標: NBP患者へのプレガバリン処方率。

6. 骨粗鬆症の短期間での重複検査

  • 臨床状況: 骨粗鬆症の患者に対して、前回の骨密度検査から1年未満(短期間)で再び検査を実施する。
  • 理由: 骨密度は短期間では大きく変化しないため、頻繁な検査は診断や治療方針の変更に寄与せず、無駄な医療費を生む。
  • 指標: 前回の骨密度検査から12ヶ月未満での重複検査率。

7. 若年層の消化不良に対する安易な内視鏡検査

  • 臨床状況: 悪性腫瘍のリスクが低い若年(55歳未満)の消化不良患者に対して、内視鏡検査(胃カメラ)を実施する。
  • 理由: 若年層での悪性腫瘍のリスクは非常に低く、内視鏡検査は不必要であることが多い。
  • 指標: 55歳未満の消化不良患者への内視鏡検査実施率。

8. 甲状腺機能低下症に対する不必要なT3測定

  • 臨床状況: 甲状腺機能低下症の診断や経過観察において、T3(トリヨードサイロニン)を測定する。
  • 理由: 甲状腺機能低下症の評価にはTSH(甲状腺刺激ホルモン)とfT4(遊離サイロキシン)が重要であり、T3の測定は診断に寄与せず不必要。
  • 指標: 甲状腺機能低下症患者へのT3測定率。

9. 糖尿病性神経障害に対するビタミンB12製剤

  • 臨床状況: 糖尿病性神経障害の診断があり、かつビタミンB12欠乏に関連する疾患の併存診断がない患者に対するビタミンB12の処方。
  • 理由: ビタミンB12欠乏に関連する条件(特定の貧血や吸収不良など)の診断がない患者において、糖尿病性神経障害の治療目的でビタミンB12を投与しても、明確な臨床的利益(正味のベネフィット)が得られないと考えられている
  • 指標: ビタミンB12欠乏に関連する疾患の併存診断がない糖尿病の診断がある患者へのビタミンB12製剤の処方率。

10.不必要なビタミンD検査

  • 臨床状況: 慢性腎臓病、カルシウム代謝異常、二次性副甲状腺機能亢進症、ビタミンD欠乏症の診断がなく、かつ非PTH(副甲状腺ホルモン)介在性高カルシウム血症(サルコイドーシス、結核、特定の腫瘍)を示唆する診断も受けていない患者に対して、ビタミンD検査を実施する。
  • 理由: 特定の臨床的リスクや関連疾患がない一般の成人に対して、ルーチンでビタミンDレベルを測定することは、患者の健康状態の改善に寄与する明確なエビデンスが乏しく、不必要な医療費の支出を招くと判断されている 。
  • 指標: 上記の除外条件(関連する診断名)を持たない患者において実施されたビタミンD検査の頻度 。

このように、26学会の合意リストは、日本のChoosing Wisely活動によって作成されたものであり、本研究ではその中からプライマリ・ケアで特に重要な10項目が選ばれました。これらの項目は、エビデンスに基づいて「疑問を持つべき医療行為」として特定されています。
これらを「低価値(Low-Value)」と判定しているのは、個人の感想レベルではなく、数万人規模の臨床試験の結果(エビデンス)に基づき、「平均的な患者において、病気の治りを早めたり、重症化を防いだりする明確な利益が証明されていない」からです 。

研究の新規性:日本独自のリアルワールド・データによる解析

本研究の最大の新規性は、全国規模の電子カルテデータとレセプトデータを統合した「JAMDAS」データベースを用いた点にあります。従来のレセプトのみのデータでは、疾患の診断名と処置の関連性が不明瞭な場合がありましたが、本研究では電子カルテの診療記録を突き合わせることで、より精緻にLVCを特定しています。

宮脇らの日本のLVC研究で、先行文献レビューに加えて「専門医ボードとの協働」で作成された、26専門領域の医師コンセンサスを含む33項目のLVC指標セットから、プライマリ・ケアで頻繁に見られる10項目を選定しました。風邪(急性上気道感染症)に対する抗菌薬や去痰薬の処方、非特異的な腰痛に対する注射やプレガバリンの処方、骨密度検査の不適切な短期間での再検査などが含まれます。これらの指標は、医学的根拠に基づいて「本来は行うべきではない」とされる医療行為の代表格です。

衝撃の結果:10%の医師がLVCの半分を供給している

解析の結果、調査期間中に特定された低価値医療は436,317件に上りました。これは、患者全体で見ると年間100人あたり17.2件という頻度です。驚くべきは、このLVCの提供が特定の医師に著しく集中しているという事実です。

累積分布を確認すると、上位10%の医師だけで、全てのLVC提供量の約半分(45.2%)を占めていました。さらに上位20%で見ると65.5%に達します。つまり、LVCの問題は全ての医師に一律に存在するのではなく、一部の特定の診療スタイルを持つ医師によって大部分が作り出されているということです。

この事実は、医療政策の在り方に一石を投じます。全医師を対象とした一律の啓発キャンペーンよりも、高頻度にLVCを提供している特定の層に対する個別の介入やフィードバックの方が、より効率的に質を改善できる可能性を示唆しています。

LVCを提供しやすい医師のプロファイル

多変量解析によって、どのような医師がLVCを提供しやすいのか、その決定要因が明らかになりました。

年齢:60歳以上

まず年齢です。60歳以上の医師は、40歳未満の医師と比較して、100人・年あたり2.1件(95%信頼区間1.0から3.3)も多くLVCを提供していました。

専門医資格を持たない

次に専門医資格の有無です。日本内科学会の認定医・専門医を持たない医師は、保持している医師よりも0.8件(95%信頼区間0.2から1.5)多くLVCを行っていました。

1日の診察人数が多い

さらに、診療ボリュームも重要な要素でした。1日の診察人数が最も多いグループ(1日52人以上)は、最も少ないグループ(1日30人以下)に比べて、2.3件(95%信頼区間1.5から3.2)も多くのLVCを提供していました。

西日本の医師

地域差についても、西日本の医師は東日本の医師よりもLVCの提供率が高い傾向(差1.0件、95%信頼区間0.5から1.5)が認められました。

背景は複雑

これらの結果は、
・臨床知識のアップデート状況(コホート効果)
・時間的制約による安易な処置への依存
・出来高払い制度下での経済的インセンティブ
などが、複雑に絡み合っていることを映し出しています。

診療現場に潜む10の無益なシナリオ

本研究で評価された10項目の中でも、特に頻度が高かったのは急性上気道感染症(AURI)への対応です。去痰薬(100人あたり6.9件)や抗菌薬(同5.0件)、コデイン(同1.9件)の処方がLVCの大半を占めていました。

腰痛に対するアプローチも深刻です。非特異的な腰痛に対する注射(トリガーポイント注射など)は100人あたり2.0件、プレガバリンの処方は0.6件行われていました。これらはガイドラインで推奨されていない、あるいは効果が限定的であるにもかかわらず、日常的に行われていることが示されました。

その他の項目、例えば骨密度検査の不必要な反復(14.6%の不適切率)や、若年層の消化不良に対する安易な内視鏡検査甲状腺機能低下症に対する不必要なT3測定なども、件数こそ少ないものの、医療資源の無駄遣いとして特定されました。

本研究の限界(Limitation)

本研究には、いくつかの解釈上の注意点があります。第一に、JAMDASデータベースを用いたコンビニエンスサンプルであるため、日本の全診療所を完全に代表しているわけではありません。第二に、ソロプラクティス(一人診療所)に限定した解析であるため、複数体制のクリニックや病院外来とは状況が異なる可能性があります。

第三に、行政データに基づく解析の限界として、個々の患者の微細な臨床的ニュアンス(例:患者からの強い要望や、検査を強行せざるを得ない特異な社会的背景)までは完全に把握できません。研究チームはこの不確実性を避けるため、LVCの定義を可能な限り厳格(特異度を優先)に設定していますが、それでも完全なミスクラシフィケーション(誤分類)の排除は困難です。

明日から実践できること

本研究から得られた知見は、単なる統計データに留まりません。私たち医療に関わる者が、明日からの診療や自身の健康管理において活かせる教訓が詰まっています。

医師としての実践

まず、自分自身の診療が「時間的制約」によって妥協していないかを自問自答してください。多忙な外来において、患者を納得させるために抗菌薬や注射を処方することは、短期的には効率的かもしれません。しかし、それは長期的には耐性菌の問題や依存心を生み、LVCの供給源となります。特に風邪への去痰薬や抗菌薬、腰痛への安易なブロック注射については、エビデンスに基づいた慎重な適応判断を徹底すべきです。

患者としての実践

医療機関を選ぶ際や受診する際、検査や薬が「多ければ多いほど良い」という考えを捨てる必要があります。特に風邪のような自己限定的な疾患において、多くの薬を出す医師が必ずしも「良い医師」ではないことを理解しましょう。診察において「この検査や薬は本当に今必要ですか?」と問いかける勇気を持つことが、低価値医療の連鎖を断ち切る一歩となります。

組織・政策への応用

医療機関の管理者は、自施設の診療データを監査し、LVCの発生状況を把握することが推奨されます。全スタッフへの一律な教育も重要ですが、本研究が示した通り、特定の診療パターンを持つ層に対して、ピアレビューやフィードバックを行うことが、組織全体の質を向上させる近道となるでしょう。

低価値医療を減らすことは、単なるコストカットではありません。それは、患者を不要なリスクから守り、真に価値のある医療に資源を集中させるための、高潔な医療倫理の実践なのです。

参考文献

・Miyawaki A, Mafi JN, Abe K, et al. Primary Care Physician Characteristics and Low-Value Care Provision in Japan. JAMA Health Forum. 2025;6(6):e251430. doi:10.1001/jamahealthforum.2025.1430

・Miyawaki A, Ikesu R, Tokuda Y, Goto R, Kobayashi Y, Sano K, Tsugawa Y. Prevalence and changes of low-value care at acute care hospitals: a multicentre observational study in Japan. BMJ Open. 2022 Sep 7;12(9):e063171. doi: 10.1136/bmjopen-2022-063171. PMID: 36107742; PMCID: PMC9454035.

補足:LVC 33項目

宮脇らの日本のLVC研究で、先行文献レビューに加えて「専門医ボードとの協働」で作成された、26専門領域の医師コンセンサスを含む33項目のLVC指標セットを挙げます。(BMJ Open 2022)

  1. かぜに対する抗菌薬処方
  2. 甲状腺機能低下症に対する血清T3測定
  3. 腰痛に対するプレガバリン処方
  4. 腰痛に対する脊椎注射
  5. 経口β刺激薬処方
  6. 術前肺機能検査
  7. 術前心エコー
  8. 短期間での骨密度検査の反復
  9. 深部静脈血栓症患者への過凝固検査
  10. 切迫早産に対する48時間超の静注β刺激薬
  11. 術前負荷試験、または安定冠動脈疾患に対する負荷試験
  12. 術前乳房MRI
  13. ARDSに対するシベレスタット静注
  14. 腰痛または頸部痛に対する牽引療法
  15. 腰部脊柱管狭窄症に対する脊椎固定術
  16. 55歳未満のディスペプシアに対する上部消化管内視鏡、または50歳未満の便秘に対する大腸内視鏡
  17. CKDステージ1–3患者へのPTH測定
  18. 頭痛に対する脳波検査
  19. 高カルシウム血症や腎機能低下がない状況での1,25-ジヒドロキシビタミンD測定
  20. 骨粗鬆症性椎体骨折に対する椎体形成術
  21. 肺塞栓予防目的の下大静脈フィルター
  22. 敗血症に対するエンドトキシン吸着療法
  23. 急性肝不全に対する人工肝補助療法
  24. ICUでの肺動脈カテーテル
  25. 変形性膝関節症に対する関節鏡手術
  26. 腎動脈形成術
  27. 安定冠動脈疾患に対するPCI
  28. 突発性難聴に対する抗ヘルペス薬静注
  29. 膀胱尿管逆流症に対する手術
  30. 他の精神疾患を伴わない小児への三環系抗うつ薬処方
  31. 無症候性患者に対する頸動脈内膜剥離術
  32. 乳児に対する鼻涙管ブジー
  33. 小児に対する電気けいれん療法

補足すると、この33項目は「日本の急性期病院レセプトで測定可能なLVC」として構築されたもので、研究では4.9%の患者が少なくとも1つのLVCを受け、年間医療費は少なくとも約1000億円規模と推計されました。

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