1日わずか1時間睡眠で健康に生きる「ノンソムニア」 

睡眠

ショートスリーパーの堀大輔さんが1日30分睡眠で17年間過ごしているということが話題になっています。懐疑的に見ている人が多いですが、この症例報告を見るとあり得ない話ではないと感じます。(でもとても無理しているように見えるし、ミスMとは違うでしょう。)

睡眠の常識を根底から揺るがす極限症例

人間にとって1日7時間から8時間の睡眠は絶対に不可欠な生理的要求であると、私たちは日頃から信じて疑いません。睡眠不足が続けば集中力は途切れ、免疫機能や代謝調節に悪影響が及ぶという概念は、現代医学における定説となっています。しかし、もし生涯にわたり1日わずか1時間未満の睡眠しか取らず、昼寝も一切行わず、心身ともに極めて健康で活力に満ちた生活を送り続けている人物が存在するとしたら、私たちは睡眠という生命現象をどのように捉え直すべきでしょうか。

1973年に学術誌『Electroencephalography and Clinical Neurophysiology』に報告された「健康な不眠症の極限例(An Extreme Case of Healthy Insomnia)」と題する論文は、まさにこの問いを真正面から突きつける臨床記録です。対象となったのは、引退した70歳の元地域看護師の女性、ミスMです。彼女は「毎晩1時間ほどしか眠らないが、疲労感を覚えることは滅多になく、これは子供の頃からずっと変わらない」と主張していました。

本研究は、厳格な連続監視と脳波(EEG)および眼球運動(EOG)の客観的記録によって彼女の睡眠動態を検証したものです。睡眠医学や神経科学に関心を持つ医療関係者・知識人にとっても、睡眠要求量(スリープ・ドライブ)の個人差や恒常性維持機構の本質について深く考えさせられる重要な知見を提供しています。

症例の背景と事前記録データ

ミスMは、著者の知人の友人という縁で紹介された70歳の女性です。彼女は普段の時間を執筆活動や絵画の制作に費やしており、これらは晩年になってから始めた趣味でした。彼女は活動していない状態(無為に過ごすこと)を嫌っていましたが、面接記録から軽躁状態(hypomania)の兆候は一切認められませんでした。

研究チームによる客観的な測定に先立ち、ミスMは14日間にわたる日々の睡眠日誌を記録しました。その結果、24時間あたりの平均睡眠時間はわずか49分(標準偏差 22分)という極端な短さであることが示されました。

彼女を睡眠研究室に招き、終夜連続脳波記録を実施する計画が立てられましたが、彼女自身は「このような慣れない環境では眠気すら起きないかもしれない」と予測しました。そこで研究チームは、環境要因による影響を配慮し、2段階に分けた調査プロトコルを策定しました。

厳格な2段階の調査プロトコル

被験者が検査室外や観察の目を盗んで睡眠を取る可能性を完全に排除するため、全調査期間を通じて24時間の連続目視監視体制が敷かれました。

第1調査:3夜連続72時間 睡眠研究室に滞在

第1の調査では、ミスMは3夜連続で睡眠研究室に滞在しました。事前の予測通り最初の2夜は全く眠らず覚醒状態を維持し、この間は脳波測定を行いませんでした。3日目の夜に彼女が入眠したため、終夜脳波記録が実施されました。72時間の全観察期間中、研究室以外で一切眠っていないことが連続監視により確認されています。

第2調査:5夜連続 毎晩連続して脳波記録

第2の調査では、5夜連続で研究室に招かれ、彼女の眠気の有無にかかわらず毎晩連続して脳波記録が実施されました。ここでも24時間体制の監視が継続されました。また、この調査の前後にも睡眠日誌が記録され、調査直前の1週間と調査終了後の2週間にわたる家庭内での睡眠時間が追跡されました。さらに、臨床用体温計を用いて4時間間隔(場合によってはそれ以上の頻度)で口腔内温度が測定され、概日リズムの動態が評価されました。

電気生理学的測定

電気生理学的測定においては、Rechtschaffen and Kales(1968)の標準化された手法に可能な限り準拠して睡眠段階の判定が行われました。ただし、ミスMは右側に三叉神経痛の既往があったため、発作を誘発するリスクを最小限に抑える配慮として電極装着は最小限に留められ、頭部左側に限定されました。そのため筋電図(EMG)は記録されず、眼球電図(EOG)も片眼のみの記録となりました。脳波は頭頂部(parietal)および後頭部(occipital)から導出され、記録用紙の送り速度は1.5 cm/sec、時定数はEOGが0.3秒、EEGが0.1秒に設定されました。

生理学的測定結果と睡眠構築の詳細

第1調査の結果

ミスMは脳波記録を行わなかった最初の2夜を完全に覚醒したまま過ごしました。2日目の夜にはある程度の眠気(drowsiness)が観察されたものの、彼女自身は疲労感を否定しました。

3日目の夜、彼女は午前1時00分に就床し、午前1時33分に入眠しました。合計睡眠時間は99分でした。その内訳は、レム(REM)睡眠が37分(REM潜時は64分)、ステージ2が13分、ステージ3が31分、ステージ4が18分でした。なお、入眠から59分後に3分間の短い中途覚醒が観察されました。

第2調査(5連続夜)の定量的結果

5日間の連続記録における各夜の総睡眠時間および各睡眠段階の持続時間は以下の通りです。

月曜日(第1夜): 総睡眠時間 0分
(ステージ2: 0分、ステージ3: 0分、ステージ4: 0分、REM: 0分)

火曜日(第2夜): 総睡眠時間 82分
(ステージ2: 49分、ステージ3: 16分、ステージ4: 5分、REM: 12分)

水曜日(第3夜): 総睡眠時間 204分
(ステージ2: 81分、ステージ3: 54分、ステージ4: 26分、REM: 43分)

木曜日(第4夜): 総睡眠時間 19分(ステージ2: 19分、ステージ3: 0分、ステージ4: 0分、REM: 0分)

金曜日(第5夜): 総睡眠時間 29分(ステージ2: 21分、ステージ3: 8分、ステージ4: 0分、REM: 0分)

5日間の合計睡眠時間は334分であり、その構成割合はステージ2が170分(50.9%)、ステージ3が78分(23.3%)、ステージ4が31分(9.3%)、REM睡眠が55分(16.5%)でした。

この5日間の24時間あたり平均睡眠時間は67分であり、彼女が当初申告していた数値とおおむね一致していました。水曜日に204分という突出して長い睡眠(彼女自身が「自己最長記録」と呼んだもの)が記録されましたが、この日の昼間に彼女は階段から激しく転落する事故を経験しており、これが夜間の睡眠延長に寄与した可能性があります。

REM睡眠は5夜のうち火曜日と水曜日の2夜のみで観察されました。水曜日には2回の実質的なREM期が認められ、REM潜時は92分、2回のREM期の開始間隔は84分でした。

眼球の緩徐なローリング運動を伴うステージ1睡眠は、全観察期間を通じて一度も確認されませんでした。入眠は、彼女が読書や執筆を行っている最中に生じる傾向がありました。この際、脳波上では低振幅徐波活動の漸増とαリズムの減少が観察され、散発的な低振幅の睡眠紡錘波(spindling)も確認されました。

体温リズムと前後の日誌記録

口腔内温度の測定(総測定回数 N = 33)では、平均36.4℃(標準偏差 0.288)を示し、振幅の浅い概日リズムが明らかになりました。最高体温のピークは午後10時00分から午前2時00分の間に生じ(平均 36.6℃、標準偏差 0.28、N = 12)、最低体温のトラフ(谷)は午前8時00分から午後2時00分の間に出現しました(平均 36.1℃、標準偏差 0.26、N = 8)。36.7℃を超える測定値はすべて午後9時00分から午前2時00分の間に観察されました。

実験直前1週間の睡眠日誌における平均睡眠時間は52分(標準偏差 14分)で、調査前夜の報告は60分でした。調査終了後2週間の日誌における平均睡眠時間は34分(標準偏差 21分)であり、調査直後の夜は75分の睡眠が報告されていました。

既存研究との対比と本症例の新規性

極端な短時間睡眠を示す健常者の先行研究としては、Jones and Oswald(1968)による日常的に3時間未満しか眠らない2名の健康な男性の報告や、Velokら(1968)による検査室で2夜連続で各59分しか眠らなかった70歳男性の報告が知られていました。しかし、Velokらの被験者の睡眠がほぼ完全にREM睡眠のみで構成されていたのに対し、本研究のミスMは全く異なる特徴を示しました。

Jones and Oswaldの被験者で見られたようなREM睡眠に対する強い圧力(REM pressure)の亢進は、ミスMには認められませんでした。彼女のREM潜時は正常範囲内であり、総睡眠時間中に占めるREM睡眠の割合(16.5%)も通常よりやや少ない程度でした。また、徐波睡眠(ステージ3およびステージ4)を含む睡眠各段階の構成比率(表1)は、総時間は極度に短いものの、通常の睡眠パターンと質的に大きな乖離を示していませんでした。

さらに、先行研究の短時間睡眠者が2時間から3時間程度の睡眠を必要としていたのに対し、ミスMは実質1時間未満という極限的な睡眠時間で長年生活していた点において、極めて特異的かつ新規性の高い報告となっています。

考察:「不眠」ではなく「ノンソムニア」という概念

著者らは、ミスMの状態を通常の不眠症患者(insomniac)と明確に区別し、「ノンソムニア(non-somnia)」という概念を提唱しました。

通常の不眠症は、睡眠を欲しているにもかかわらず入眠や維持が困難な状態を指します。一方、ノンソムニアは「入眠や睡眠維持の障害」ではなく、「睡眠への要求(睡眠圧)そのものが極度に減弱している状態」を指します。ミスMは日中の眠気や睡眠不足感を一度も訴えず、むしろ長時間眠る他者に対して「これほど多くの時間を無駄にする理由が理解できない」と述べていました。

彼女の生育歴として、1902年に母親が死亡した難産で生まれ、二分脊椎に近い状態(near spina bifida)であったこと、10歳で海水療法を受けるまで歩行ができなかったこと、小児期から喘息を患っていたことなどが聴取されていますが、これらが短時間睡眠と直接関連しているかは不明です。

体温リズムについては、一般の人々が体温低下を示す深夜帯(午後10時〜午前2時)にピークを迎え、覚醒・活動時間帯である午前にトラフを示すという逆転に近い位相を示していました。ただし著者らは、これが短時間睡眠の原因というよりは、彼女特有の睡眠覚醒パターンの結果として生じたものである可能性が高いと考察しています。

何より注目すべきは、第1調査で56時間以上連続で覚醒し、その後の睡眠がわずか99分であったにもかかわらず、また第2調査で1週間の平均睡眠時間が67分であったにもかかわらず、彼女の活動性や明朗さは終始維持され、睡眠制限による認知的・身体的機能低下の兆候が一切見られなかった点です。これは、生体や精神の回復過程には大量の睡眠が必須であるという一般的な生理学的見解に対して、極めて重要な再考の契機を投げかけています。

研究の限界(Limitation)

本研究の限界として、以下の点が挙げられます。

三叉神経痛の誘発を避けるため、電極配置が頭部左側のみに制限され、筋電図(EMG)の記録が行われず、眼球運動も片眼のみの導出であったため、微細な睡眠段階の判定において制約が存在すること。

単一症例(N = 1)の記述的臨床記録であり、統計的な一般化や因果関係の特定が困難であること。

第2調査の水曜日に階段転落事故という外的要因が加わり、自然な睡眠構築の一部に修飾がかかった可能性があること。

私たちが明日からの生活と臨床に活かせる視点

この極限の症例記録から、私たちは日常の健康管理や睡眠に対する向き合い方において、どのような示唆を得ることができるでしょうか。

第一に、「睡眠の必要量には極めて大きな個人的・生理的多様性が存在する」という事実を正しく認識することです。「誰しもが必ず7時間から8時間眠らなければ健康を損なう」という画一的な固定観念に囚われすぎると、短時間睡眠で自然に覚醒する体質の人が無理に寝床に留まり、かえって睡眠の質を落としたり、不要な不安を抱いたりする原因になります。

第二に、睡眠の評価において重要なのは「時計の上の睡眠時間」そのもの以上に、「日中の覚醒度、疲労感の有無、活動性」という生体側の機能的反応であるという点です。ミスMのように日中の眠気がなく活力に満ちて過ごせているのであれば、睡眠時間が短くても生理的要求が満たされている可能性があります。

明日からの睡眠習慣においては、他者の基準や一般的な平均値に過度に縛られるのではなく、起床時のすっきり感や日中の集中力といった自身の心身のサインを客観的に観察し、自分自身の最適な睡眠時間とリズムを見極める指標として活用することが推奨されます。

参考文献

MEDDIS, R., PEARSON, A. J. D. and LANGFORD, G. An extreme case of healthy insomnia. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 1973, 35: 213-214.

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