スポーツ観戦と健康の関係:縦断研究

ポジティブ心理学

現代社会において、多忙な生活の中で運動をする時間を見つけるのは容易ではありません。しかし、多くの人々はスポーツ観戦という形で運動への接点を持っています。スタジアムでの熱狂的な応援や、テレビやインターネットを通じた試合観戦は、私たちの生活の一部となっています。本稿では、日本の成人を対象にした縦断的研究を基に、スポーツ観戦が健康および幸福感に及ぼす影響について解説し、特にテレビ観戦に偏りがちな方々に明日から実践可能なヒントを提供します。

既存研究との違いと本研究の新規性

これまでの研究では、スポーツ観戦が精神的健康や幸福感に与える影響を評価したものが多く、その多くは横断研究や短期的な実験研究に限定されていました。これに対し、本研究は縦断的研究として設計され、時間軸に沿った因果関係の解明を試みています。この方法により、スポーツ観戦が健康および幸福感に与える持続的な影響を明確にし、逆因果性のリスクを軽減しています。

縦断的研究方法の概要

本研究は2017年から2019年にかけて、東京周辺に住む6327人(平均50.7歳、男性51%)の成人を対象に実施されました。以下の手法が採用されています:

  1. 縦断デザイン
    • 2017年に基礎データ(社会経済要因、健康指標、スポーツ観戦習慣)を収集。
    • 2018年にスポーツ観戦頻度を評価。
    • 2019年に20種類の健康および幸福感指標を測定。
  2. 統計モデル
    • ロジスティック回帰、修正ポアソン回帰、線形回帰を指標ごとに使用。
    • 多重代入法を用いて欠損データを補完。
  3. アウトカムワイドアプローチ
    • 20のアウトカムを包括的に分析することで、スポーツ観戦の多面的な影響を評価。

このような設計により、スポーツ観戦が異なる健康指標に与える影響の比較を可能にしています。

スポーツ観戦の頻度と健康への影響

この研究では、スポーツ観戦を「メディアを通じて」と「直接観戦」の2種類に分類し、それぞれの頻度が健康および幸福感に与える影響を詳細に解析しました。

メディアを通じた観戦の影響

  • ポジティブな影響
    • 幸福感の向上:週1回以上スポーツをメディアで観戦する人は、幸福感スコアが有意に高い結果となりました(p for trend = 0.048)。
    • 朝食を抜く習慣の減少:週1回以上メディア観戦する人は朝食を抜く割合が低下(リスク比:0.85, 95% CI: 0.75–0.96, p for trend = 0.008)。
  • ネガティブな影響
    • 心血管代謝への悪影響:メディアを通じた観戦頻度の高さは、BMIの増加(p for trend = 0.025)、高血圧(p for trend = 0.026)、および糖尿病(p for trend = 0.018)のリスク増加と関連していました。

直接観戦の影響

  • ポジティブな影響
    • 心理的ストレスの軽減:直接観戦者は、中等度以上の心理的ストレスリスクが減少(リスク比:0.83, 95% CI: 0.72–0.95, p for trend = 0.011)。観戦頻度が高いほど心理的ストレスを抱えるリスクが低下するという関連
    • 健康的行動への意識向上:直接観戦は、食事や運動習慣の改善を意図する割合の増加と関連(リスク比:0.77, 95% CI: 0.64–0.93, p for trend = 0.005)。
    • 脂質異常症リスクの低下:直接観戦者は脂質異常症のリスクが減少(p for trend = 0.049)。

これらの結果は、スポーツ観戦が精神的健康やライフスタイルの改善に寄与する一方で、特にメディアを通じた観戦が座りがちな生活や不健康な食習慣を助長する可能性があることを示しています。

メディア観戦を健康的にするためのヒント

多忙な生活の中でスタジアムに足を運ぶのは難しい方が多いでしょう。その場合でも、以下の実践可能な工夫を取り入れることで、スポーツ観戦の健康効果を最大化しつつ、リスクを軽減できます。

  1. 観戦中に座りっぱなしを避ける 30分ごとに立ち上がり、簡単なストレッチやスクワットを行うだけで、心血管代謝への悪影響を軽減できます。
  2. 健康的なスナックを用意する チップスやソーダではなく、ナッツ、フルーツ、または無糖のお茶を選ぶことで、健康的な体重維持に役立ちます。
  3. 観戦をきっかけに運動を始める お気に入りのスポーツに関連するアクティビティを試してみましょう。サッカー観戦が好きならウォーキングを、野球観戦が好きならキャッチボールを家族と楽しむなど。
  4. チームとの一体感を活用する 応援するチームの試合結果をモチベーションに、同じチームカラーのウェアを着てジョギングや筋トレを行うのも良い方法です。

スタジアム観戦の魅力と実践可能性

この研究では、直接観戦が心理的苦痛を減少させ、健康的行動への意識を高める効果が示されています。直接観戦が持つ特別な魅力は、“その場の熱狂”や“他者との交流”にあります。明確な目標を立てて、年間数回でもスタジアム観戦を計画することで、より深い健康効果を得ることができるでしょう。

研究の限界と今後の課題

本研究にはいくつかの限界もあります。第一に、データが主に自己申告に基づいているため、測定誤差や情報バイアスの可能性があります。第二に、調査対象が主に東京圏に住む労働者であり、農村部や他地域への一般化は注意が必要です。それでも、縦断研究としての強みを活かし、スポーツ観戦が持つ多面的な健康効果を示した点は大きな進展です。

最後に

スポーツ観戦は単なる娯楽以上の可能性を秘めています。研究が示すように、それは私たちの精神的健康、ライフスタイル、さらには職場でのエンゲージメントにも影響を与えます。一方で、観戦方法に配慮しなければ、心血管代謝へのリスクも伴います。忙しい日常の中でも、ちょっとした工夫を取り入れることで、スポーツ観戦を健康的な生活の一部に変えることが可能です。


参考文献

Kawakami, R., Kitano, N., Fujii, Y., Jindo, T., Kai, Y., & Arao, T. (2024). Association of watching sports games with subsequent health and well-being among adults in Japan: An outcome-wide longitudinal approach. Preventive Medicine, 189, 108154. https://doi.org/10.1016/j.ypmed.2024.108154

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