小児期からの血圧と動脈硬化リスク

心臓血管

はじめに

血圧は心血管疾患(CVD)の最も重要なリスク因子の1つであり、動脈硬化の進行に大きな影響を与えます。幼少期から中年期までの血圧管理が中年期以降の健康にどのような影響を与えるかについて、Muらの研究(2025年)が示す「収縮期血圧(SBP)のターゲット範囲内維持時間(TTR)」をふまえ、解説します。

研究概要

Muらの研究は、中国のHanzhong Adolescent Hypertension Studyのデータを用い、幼少期から中年期までのSBP-TTRが動脈硬化リスクに与える影響を調査しました。この研究の開始時における対象者(1959人、男性55.5%)の平均年齢は13歳(6-18歳)であり、追跡期間は36年間でした。ベースライン期間と、1987年3月10日から2023年6月17日までの7回の追跡調査で収集されたデータを使用しました。動脈硬化は上腕-足首間脈波速度(baPWV)が1400 cm/sを超えることで評価されました。この方法は動脈の剛性を非侵襲的に評価する標準的な指標であり、特に中年期の血管健康を測定する際に広く使用されています。

研究の結果、SBP-TTRが高いほど、中年期の動脈硬化リスクが顕著に低下することが示されました。特に、SBP-TTRが最も高いグループ(50%-100%)は、最も低いグループ(0%-16.7%)に比べて、動脈硬化リスクが約43%低下するという明確な結果が得られました(オッズ比: 0.642; 95% CI: 0.452-0.911; P = 0.013)。
この研究が特に注目されるのは、TTRが動脈硬化の予防において重要な独立因子であることを示した点です。さらに、平均SBPやSBPの変動性を調整しても、TTRと動脈硬化リスクの負の相関は一貫していました。
ただし、男性ではTTRと動脈硬化リスクの負の相関が有意である一方で、女性では明確な関連が認められませんでした。

幼少期のSBP正常値

米国小児科学会の臨床実施ガイドラインに沿って、米国高血圧スクリーニングプログラムが発行した血圧表に基づいて定義されました。
幼少期の血圧は成長発達に伴い変化するため、年齢、性別、身長に基づくパーセンタイルで評価します。

  • 90-95パーセンタイル
    幼少期におけるSBPの正常範囲として一般的に90-95パーセンタイルが用いられます。
    • 例: 10歳の平均的な身長の男児では、正常範囲のSBPはおおよそ 90-110 mmHg とされます。
    • 高血圧は95パーセンタイルを超える場合と定義されます。

中年期のSBP正常値

成人期のSBP目標範囲は、高血圧患者に対する米国の現在のガイドラインおよびTTRに関する公表された研究で採用されている成人の治療範囲110~130 mmHgに従って定義されました。

  • 110-130 mmHg
    成人では、収縮期血圧(SBP)が110-130 mmHgの範囲が正常とされます。
    • 130-139 mmHg: 高血圧の前段階(高値血圧)。
    • 140 mmHg以上: 高血圧。

SBP-TTRの意義

TTRとは、血圧がターゲット範囲内に維持される時間の割合を指し、長期的な血圧管理をより正確に反映する新しい指標です。幼少期のターゲット範囲は性別、年齢、身長に基づく90-95パーセンタイルで定義され、成人期では110-130 mmHgとされます。TTRは、単に平均血圧や血圧変動性だけでなく、血圧制御の一貫性を評価する点で優れています。

動脈硬化と血圧管理の生理学的メカニズム

動脈硬化は、血管の弾性低下と壁構造の変性を伴う疾患です。高血圧は、血管内皮細胞に過剰な機械的ストレスを与え、内膜の損傷を引き起こします。この損傷は、コラーゲンの蓄積やエラスチンの分解を促進し、血管の剛性を増加させます。高いTTRを維持することで、以下のような生理学的な利益が得られると考えられます。

  1. 血管内皮の保護: 安定した血圧は、内皮細胞の機能を維持し、血管壁の損傷を防ぎます。
  2. 剪断応力、ずり応力(shear stress)の一貫性: ずり応力の一貫性が高まると動脈の内弾性板の裂傷や断片化が減少し、動脈硬化の発生、進展を防ぎます。
  3. 炎症反応の抑制: 血圧の急激な変動を抑えることで、慢性的な炎症反応を防ぎます。
  4. 病的リモデリングの抑制: 血管壁の適応的リモデリング(adaptive remodeling)が病的リモデリング(maladaptive remodeling)に進行するのを防ぎます。

性別による違いとホルモンの役割

研究によれば、男性ではTTRと動脈硬化リスクの負の相関が有意である一方で、女性では明確な関連が認められませんでした。この性差には、エストロゲンが関与している可能性があります。エストロゲンは血管拡張を促進し、血管の弾性を保持する役割を果たします。しかし、閉経後の女性ではこの保護効果が失われるため、男性と同様のリスクプロファイルに移行することが示されています。

実践への応用

幼少期からの血圧管理が重要である理由は、動脈硬化の進行を早期に予防するためです。この時期の血圧が安定していることは、成長中の血管の健康維持に寄与し、将来の高血圧や心血管疾患のリスクを低減します。以下の具体的な行動は、日常生活でTTRを高め、動脈硬化リスクを低減するのに役立ちます。

  1. 定期的な血圧測定: 学校や地域の健康診断を通じて、定期的に血圧を測定し、そのデータを保管しておくことで、過去の血圧値を参照しやすくなります。
  2. リスクの高い子供の家庭血圧測定: 血圧が高めの子どもの場合、適切なサイズの血圧計を用いて、定期的な家庭血圧測定を行うことを提案します。
  3. 栄養教育: 塩分摂取を制限し、果物や野菜、全粒穀物を多く含む食事を推奨します。子どもの頃から健康的な食習慣を形成することが重要です。
  4. 適度な身体活動: 子どもの成長に合わせた有酸素運動(例: 毎日の遊びや運動習慣)は、血圧を安定させる効果があります。
  5. 親子での健康チェック: 親子で一緒に健康診断を受けることで、子どもの血圧測定を自然に取り入れられます。
  6. 医療機関との連携: 家庭で異常が見られた場合やリスクが高い場合、定期的に小児科医に相談し、専門的な評価を受けることが推奨されます。

これらの行動は、幼少期から血圧管理を実践するための現実的なアプローチであり、将来の健康を守る基盤となります

今後の課題と研究の方向性

本研究は、TTRが血圧管理の重要な指標であることを示しましたが、以下の課題が残されています。

  • 多様な人種や地域での検証: 本研究は中国の漢民族を対象としており、他の人種や地域での一般化には慎重な検討が必要です。
  • 環境要因や遺伝子の影響: TTRと動脈硬化リスクの関連に影響を与える他の要因(例: 環境、腸内細菌叢、遺伝的要因)についてのさらなる研究が求められます。

結論

本研究は、幼少期から中年期にわたる高いSBP-TTRが中年期の動脈硬化リスクを有意に低減することを明らかにしました。これにより、血圧管理の重要性が再確認され、特に長期的なTTRを高める努力が健康維持において不可欠であることが示されました。

参考文献

Mu, J. J., Wang, Y., Qi, H., Jia, H., et al. (2025). Long-Term Time in Target Range for Systolic Blood Pressure Since Childhood and Midlife Arterial Stiffness. JACC Asia, 5(1), 101-112. https://doi.org/10.1016/j.jacasi.2024.10.021

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