はじめに
甘いものを口にした瞬間の幸福感。それは単なる嗜好品としての喜びにとどまらず、食行動が直接、私たちの脳や身体に働きかける生理現象でもあります。株式会社モンテールがまとめた「スーパー・コンビニ スイーツ白書2025」は、スイーツ消費と幸福感(ウェルビーイング)に関する消費者調査をベースに、このテーマに迫ったものです。
この調査データを批判的に検討しつつ、医学的観点から、甘味と幸福感の科学的基盤を読み解き、日常の行動にどう活かすかを考えていきます。
「スーパー・コンビニ スイーツ白書2025」概要
以下のルールに沿って、「スーパー・コンビニ スイーツ白書2025」の要約と重要ポイント、医学的観点からの問題点・対策をまとめました。詳しくは以下のリンクをご参照ください。
「スーパー・コンビニ スイーツ白書2025」https://www.monteur.co.jp/storage/news/sweetshakusho2025%20.pdf
調査概要
- 2007年から毎年実施しているスーパー・コンビニスイーツの経年調査に加え、「スイーツの喫食としあわせの関係性」を分析。
- 2024年11月に20~60代の男女2,000人を対象にインターネット調査を実施。
- 立命館大学 食マネジメント学部 和田有史教授が監修。
スイーツ購入場所・購入理由
- 購入場所は「スーパー」が11年連続1位(59.5%)、2位「コンビニ」(51.4%)、3位「専門店」(21.6%)。
- 10代のスーパー購入率は前年比11.9ポイント上昇。
- スーパー購入の魅力1位は「価格」、コンビニは「味・おいしさ」が10年連続1位。
- 購入理由は「小腹を満たすため」「自分へのご褒美」「疲れを癒すため」が上位。
人気スイーツランキング
- 1位「シュークリーム」(71.1%)、2位「プリン」(44.3%)で18年連続トップ2。
- 3位「ロールケーキ」(43.1%)、4位「エクレア」(40.0%)。
- 平均購入価格は「219円」、前年比6円ダウン。
スイーツを食べるシーンと時間帯
- 食べる場所1位は「自宅」(95.8%)。
- 食べる時間帯は「午後」(49.8%)が最多、男性は「夜」、女性は「午後」が多い。
- スーパーでは「家族団らん」、コンビニでは「テレビを見ながら」がトップシーン。
スイーツの喫食頻度とウェルビーイング
- ほぼ毎日スイーツを食べる人の57.7%が「とても幸せ」と回答し、食べる習慣のない人との差は12ポイント。
- 家族やパートナーと食べることで幸せ度が上昇。
スイーツを食べたときの心理的変化
- 9割以上が「リラックス」「落ち着く」と回答。
- ネガティブ感情(イライラ、無気力)が低下。
- 幸せを感じる理由は「甘さ」「ご褒美感」「ストレス解消」。
幸せスコアの測定
- 「スイーツを食べる」は「お気に入りのレストラン」「旅行」と同等の幸せスコア。
- 高スコア要素は「お手頃価格」「季節限定」「ボリューム」。
- 理想の喫食頻度は週3.5回だが、実際は週2.5回。
スイーツを食べることへの我慢
- 31%が「週2回以上、我慢している」。
- 我慢しないシーン1位は「自分へのご褒美」。
人気食感・フレーバー
- 人気食感1位「なめらか」、2位「ふわふわ」、3位「もっちり」(昨年10位から大幅ランクアップ)。
- フレーバーは「バニラ」「ミルク」「チョコ」がトップ3。
調査手法と対象
- 調査対象:16~64歳男女(スクリーニングは16,052人、本調査は2,000人)。
- 調査方法:インターネット調査。
- 経年変化分析は2007年以降のデータを活用。
【重要ポイント】
- スイーツの喫食頻度が高いほどウェルビーイング(幸福度)が高い。
- 「スーパー」でのスイーツ購入率が全年代で1位(特に10代の増加が顕著)。
- 平均購入価格は「219円」、物価上昇の中で節約志向が反映。
- 人気スイーツは18年連続「シュークリーム」と「プリン」がトップ2。
- スイーツ喫食により「リラックス」「ストレス緩和」「幸福感増加」が認められる。
- 「甘さ」「ご褒美感」「ストレス解消」が幸せを感じる主要因。
- 「お手頃価格」「季節感」「ボリューム」がスイーツ選択の重要要素。
- 理想頻度(週3.5回)と実際頻度(週2.5回)のギャップが存在。
- スイーツを食べる時間帯は「午後」が最多、男性は「夜」、女性は「午後」に集中。
- スイーツを食べるシーンは「家族団らん」「テレビ視聴」「自分へのご褒美」が中心。
スイーツと幸福感の関連を示すデータのポイント
2025年版スイーツ白書では、月1回以上スーパー・コンビニでスイーツを購入する20〜60代男女2,000名を対象に、「スイーツとウェルビーイング」の関連が分析されています。
注目すべきポイントの1つは、スイーツの喫食頻度と幸福感の明確な相関です。ほぼ毎日スイーツを食べる人の57.7%が「とても幸せ」と感じている一方、スイーツを全く食べない層では45.7%にとどまり、12ポイントもの差が確認されています。
加えて、「スイーツを食べるとリラックスする」「ストレスが和らぐ」と回答した人は9割以上に達しており、スイーツ喫食が心理的安定をもたらす可能性が示唆されています。
甘味刺激が脳内報酬系にもたらす影響
この幸福感の背景には、甘味刺激が脳内報酬系を活性化する分子生物学的メカニズムが存在します。
甘味受容体T1R2/T1R3は舌だけでなく腸管にも発現しており、甘味刺激は迷走神経を介して脳幹に伝わります。さらに視床下部、側坐核(NAcc)を含む報酬系回路を直接活性化し、ドーパミン分泌を促します。
このドーパミンは、快楽と動機づけに深く関与し、「甘味=快」と記憶に刻み込まれることで、次回以降のスイーツ摂取への欲求を増幅するのです。
また、スイーツ喫食時の血糖上昇はインスリン分泌を刺激しますが、インスリンは脳内でドーパミン分解を抑制する作用も持ちます。つまり、甘味+血糖上昇のコンビネーションが、報酬系を二重に強化しているのです。
スイーツ喫食とオキシトシン分泌の関係
興味深いことに、スイーツを家族やパートナーと楽しむ頻度が高い人ほど幸福度が高い、というデータも示されています。
この背景には、共食行動そのものがオキシトシン分泌を促進する可能性があります。オキシトシンは視床下部から分泌され、社会的絆形成やストレス緩和に深く関わるホルモンです。
スイーツ喫食によるドーパミンの快感と、共食によるオキシトシンの安心感。この2つが組み合わさることで、「スイーツ=幸福」という認知がさらに強化されると考えられます。
ストレスホルモンへの影響と自律神経の変化
スイーツ喫食による幸福感は、ストレスホルモンであるコルチゾール低下とも関連する可能性があります。甘味刺激によるセロトニン分泌増加は、視床下部-下垂体-副腎(HPA)系の過剰な活性を抑制します。
加えて、スイーツを食べることで「副交感神経」が優位になり、心拍数の低下や消化管運動の促進が起こります。ストレス下で過剰になりがちな交感神経優位の状態を、スイーツが緩和する効果も示唆されます。
スイーツ喫食が及ぼす代謝負荷と健康リスク
一方で、スイーツ白書には明記されていませんが、頻回なスイーツ摂取が「慢性的な高インスリン状態」や「糖化ストレス」を引き起こす可能性も無視できません。
特に高GIスイーツは血糖スパイクを生みやすく、AGEs(終末糖化産物)の蓄積につながります。AGEsは血管内皮機能を低下させ、動脈硬化リスクを高めるため、「幸福感」と「健康リスク」のトレードオフを意識する必要があります。
潜在するバイアス
「スーパー・コンビニ スイーツ白書2025」の調査設計や結果には、いくつか潜在的なバイアスが存在する可能性があり、注意して読み解く必要があります。
サンプルバイアス(Selection Bias)
調査対象の偏り
- 対象が「スーパー・コンビニスイーツを月1回以上購入する人」に限定されている。
- つまり、「普段からスイーツを食べる人」のみが調査対象。
- スイーツをほとんど食べない人や、健康志向でスイーツを避ける層(糖尿病患者、ダイエット中の人など)は除外されている。
- 「スイーツ=幸福感」という結果に偏る可能性が高い。
- スイーツにポジティブな印象を持つ人が中心なので、全体の意見としてはポジティブ過多になる。
- 「スイーツを食べる=幸せ」という結論が強調されやすくなる。
リコールバイアス(Recall Bias)
記憶に基づく回答
- 「最近30日間のスイーツ喫食頻度」などを問う設問があり、記憶の曖昧さに左右される。
- 特に、日常的にスイーツを食べる人は回数を多く見積もりがち(ポジティブな体験は記憶に残りやすい)。
- 実際の摂取頻度より高く報告される可能性がある。
社会的望ましさバイアス(Social Desirability Bias)
「スイーツ=幸せ」への誘導効果
- 調査全体が「スイーツと幸せの関係性」をテーマにしているため、回答者は「スイーツを食べると幸せを感じる」と答えやすい心理的誘導が働く。
- 企業側の目的(スイーツ消費促進)に沿った回答が増える傾向がある。
- 本音でなく、調査趣旨に合う答えを選ぶ可能性がある。
フレーミングバイアス(Framing Bias)
設問や選択肢の誘導効果
- 「スイーツを食べると幸せを感じますか?」のように肯定的な枠組みで質問されると、「感じる」と答えやすい。
- ネガティブな選択肢(「罪悪感を感じる」「健康が心配」など)はほぼ提示されていない。
- ポジティブな側面だけを強調する設問設計が、回答にバイアスをかける。
エコーチェンバーバイアス(Echo Chamber Bias)
スイーツ好きによる肯定的意見の増幅
- 調査対象者同士がSNSや口コミを通じて、「スイーツ好き」という価値観を共有・強化する可能性がある。
- そのため、集団としてスイーツを肯定する傾向が強まりやすい。
スポンサー・企業バイアス(Sponsor Bias)
モンテールの意図が反映
- 調査主体がスイーツメーカーであるため、「スイーツと幸せの関係性」を強調する方向に結果や解釈が誘導される可能性。
- 客観的な中立調査ではなく、企業プロモーションの一環としての調査という点で、元々のバイアスがかかっている。
ウェルビーイング概念の恣意的解釈(Conceptual Bias)
幸福感=ウェルビーイング?
- 調査では「スイーツを食べると幸せ」といった瞬間的な幸福感を「ウェルビーイング」として扱っている。
- しかし、WHOの定義するウェルビーイングは「身体的・精神的・社会的に良好な状態」であり、食生活全体や健康も含めた長期的概念。
- 短期的快楽(ヘドニア)と長期的ウェルビーイング(ユーダイモニア)を混同している可能性がある。
こちらも参考に。
ヘルシーユーザー・バイアスの排除
健康意識が高い層が見えない
- 健康意識が高く、「スイーツを控える」「食生活に気をつける」層がデータから排除されている。
- 健康的なライフスタイルの中に適度なスイーツを取り入れている層との比較がないため、バランスのとれた実像が把握できない。
文化的バイアス(Cultural Bias)
日本特有の価値観への依存
- 日本特有の「甘いもの=癒し」「コンビニスイーツ=手軽なご褒美」という文化的背景が強く影響。
- 他国では「甘いもの=罪悪感」「ヘルシー志向」など文化によって全く異なる反応がある。
- 日本文化に依存した解釈が、グローバルには通用しない可能性。
時代的バイアス(Temporal Bias)
コロナ禍や物価高騰の影響
- 調査は2024年11月に実施。
- コロナ禍の反動や物価高騰により、「手軽に幸福感を得たい」「プチ贅沢したい」といった時代的影響が反映されている可能性。
- 長期的なトレンドとして普遍的かは疑問が残る。
バイアスに関するまとめ
この調査は「スイーツを食べると幸せ」というストーリーを作るためのマーケティング的調査であり、科学的に「スイーツがウェルビーイングを高める」と断定できるデータではありません。
特に注目すべきバイアス
- スイーツ好きの偏り(サンプルバイアス)
- 設問・選択肢の誘導(フレーミングバイアス)
- 短期的快楽をウェルビーイングと解釈(概念バイアス)
- モンテールという企業の意向(スポンサー・バイアス)
どうしてもスイーツを楽しみたい人へ
スイーツは「食後」に楽しむ
食後のインスリンスパイクは抑制されるため、空腹時より血糖負荷を減らせます。スイーツ白書でも「食後のスイーツ」が最も幸福感スコアが高いと報告されています。
週2回程度の「プチご褒美」に
理想喫食頻度は週3.5回とされていますが、週2回程度に留め、食事バランスを整える方が長期的にはウェルビーイングを高めます。
高カカオチョコやナッツスイーツの活用
ポリフェノールや食物繊維を含むスイーツなら、抗酸化効果や血糖上昇抑制効果も期待できます。
食べるシチュエーションの工夫
「家族や親しい人と食べる」「お気に入りのカフェでゆったり食べる」など、オキシトシン分泌を促す環境づくりも重要です。
最後に
この調査は「スイーツを食べると幸せ」というストーリーを作るためのマーケティング的調査であり、科学的に「スイーツがウェルビーイングを高める」と断定できるデータではありません。
スイーツがもたらす快楽は、短期的快楽(ヘドニア)であり、幸せやウェルビーイングの本質である長期的ウェルビーイング(ユーダイモニア)ではありません。
一瞬の快楽であっても、幸福感やストレス緩和に寄与する可能性はあります。しかし、その背後には代謝負荷や甘味依存といったリスクも潜んでおり、賢い付き合い方が鍵を握ります。
参考資料
株式会社モンテール. スーパー・コンビニ スイーツ白書2025. 2025年2月20日.
https://www.monteur.co.jp/storage/news/sweetshakusho2025%20.pdf