心臓血管疾患リスクを高める便秘、超音波を活用した管理方法

消化器科

はじめに

慢性便秘は、世界の成人の16%以上が抱える消化器疾患です。特に高齢者ではその割合が上昇し、60歳以上では33%、介護施設入居者では50%を超えるとも言われています。便秘という言葉からは、単なる不快感や日常的な困りごとというイメージを抱きがちですが、近年では、心血管疾患や生活の質(QOL)への悪影響が次々と明らかになっています。

特に注目されるのは、排便回数の低下が心血管イベントの発生率上昇と関連するという疫学データです。日本国内の大規模コホート研究でも、排便頻度の減少と心血管死亡率の増加に強い相関が示されています。単なる「出にくい」という症状が、全身の健康を揺るがすリスクファクターに直結していることを、まず押さえておく必要があります。

慢性便秘の病態分類と診断の課題

便秘は一口にまとめられるものではなく、病態に応じていくつかのカテゴリーに分類されています。国際的にはRome IV基準が広く用いられ、以下の4タイプに整理されています。

  • 機能性便秘(Functional Constipation)
  • 便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)
  • オピオイド誘発性便秘(OIC)
  • 機能性排便障害(Defecatory Disorders)

特に問題となるのが、高齢者や認知症患者、神経難病患者など、主観的な症状を適切に申告できない患者です。Rome IV基準には、排便困難感や残便感といった主観的な項目が多く含まれるため、これらを客観的に評価する術が必要とされています。

従来の診断には、単純X線、注腸造影、CT、MRI、排便造影検査(デフェコグラフィー)などが用いられてきましたが、いずれも侵襲性やコスト、放射線被曝といった課題がありました。こうした背景のもと、近年注目されているのが、直腸の便貯留をリアルタイムかつ非侵襲的に評価できる「超音波検査(POCUS)」です。

直腸超音波検査の特徴と有用性

直腸超音波は、膀胱上から直腸内の便貯留を観察するシンプルな手法です。仰臥位で恥骨上にプローブを当てるだけで、直腸内の便を半月状の高エコー像として捉えることができます。さらに、硬便の場合には音響シャドウを伴うため、便の硬さまで評価可能です。

この簡便さと客観性の高さは、在宅医療や施設介護でも極めて有用です。実際、近年では看護師や介護職も参加する超音波教育プログラムが普及し、現場の多職種がリアルタイムに便貯留を把握する体制が整いつつあります。

超音波所見に基づく便秘ケア・治療アルゴリズム

今回の論文では、こうした超音波評価を基軸とし、直腸内便貯留の状態に応じた新たなケア・治療アルゴリズムが示されました。具体的には、以下の3分類に基づくケア選択です。

直腸に便貯留なし

腸蠕動低下型の便秘が疑われ、生活指導(食事・運動)と腸蠕動促進ケアを優先します。薬物療法としては、腸管内の胆汁酸濃度を上昇させるIBAT阻害薬(エロビキシバット;商品名グーフィス)が第一選択です。必要に応じて、刺激性下剤をレスキューとして補助的に使用します。

直腸内に便貯留があるが、硬い便ではない場合

直腸まで便が到達しているものの、排便誘導が必要な状態です。トイレ誘導や排便マッサージを優先し、補助的に炭酸水素ナトリウム座薬(レスカルボン坐薬など)や浸透圧性下剤(酸化マグネシウムやポリエチレングリコール(PEG;商品名モビコールなど))を使用します。炭酸水素ナトリウム坐薬は、二酸化炭素を発生させて直腸の蠕動運動を促進します。排便欲求消失(LODD)が疑われる場合には、IBAT阻害薬が特に有効です。

直腸内に硬い便が貯留している場合

この場合、まずは自力での排便を促しますが、難しい場合には手指での便摘出を行います。その後、浣腸を行い、硬い便を除去します。硬便を除去した後の維持療法として、IBAT阻害薬やポリエチレングリコール(PEG;商品名モビコールなど)を用い、再発予防に努めます。

IBAT阻害薬の三重効果

注目すべきは、IBAT阻害薬(エロビキシバット;商品名グーフィス)の分子生物学的な作用機序です。エロビキシバットは回腸上皮に発現するIBAT(Ileal Bile Acid Transporter)を阻害し、胆汁酸の大腸流入を増加させます。これにより以下の3つの効果が得られます。

  1. 大腸内水分分泌促進
  2. 腸管蠕動促進
  3. 直腸感覚閾値の低下による排便欲求回復

特にLODDの改善は他の薬剤にはない特徴であり、慢性便秘患者にとって有用です。

IBAT阻害薬に関するLimitation

このアルゴリズムによる便秘の管理は、大枠としてはとても有用なものと思います。しかしながら、これの最大のLimitationの一つは、IBAT阻害薬「グーフィス®」を製造・販売するEAファーマ株式会社から、著者の一部が資金提供を受けている点です。具体的には、Masaru Matsumoto氏、YM氏、NT氏は富士フイルムから資金援助を受ける社会連携部に所属し、MK氏はEAファーマから奨学金を受けています。AN氏もEAファーマを含む複数企業から謝礼を受けています。EAファーマは富士フイルムの連結子会社であり、富士フイルムグループの消化器領域を担う中核企業です。

このように、研究メンバーとIBAT阻害薬メーカーとの間に明確な利益相反(COI)が存在しており、アルゴリズム全体の中立性・信頼性を損なう可能性があることを強く認識する必要があります。特にIBAT阻害薬が、あらゆる場面で「第一選択薬」として繰り返し推奨されている点は、科学的エビデンスよりも企業利益を優先した恣意的なバイアスが入り込んでいる懸念があります。

このアルゴリズムをそのまま受け入れるのではなく、他の選択肢(浸透圧性下剤、プロバイオティクス、生活改善)とのバランスを考慮し、患者ごとの背景や医療現場の状況に合わせた柔軟な治療選択を行うことが重要です。

明日から実践できるポイント

このアルゴリズムは、病院だけでなく在宅や介護施設でも適用可能です。ポータブル超音波装置の普及により、多職種チームが患者の状態を迅速に評価し、適切な治療を選択することが可能となりました。

  • 毎日の排便記録に加え、「便が直腸にあるか」をチェック
  • 在宅でも超音波機器を活用し、不要な浣腸や摘便を回避
  • 排便誘導には生活習慣、運動、食事の三本柱を意識
  • 便秘薬は「腸管水分」「蠕動促進」「排便欲求回復」の三要素で選択

結論

直腸超音波検査に基づく便秘の治療アルゴリズムは、患者の状態を客観的に評価し、適切な治療を選択するための有用なツールです。今後、このアルゴリズムを実際の臨床現場で適用し、その有効性を検証することが重要です。これにより、便秘に悩む患者の生活の質が向上し、医療経済的な観点からも有益であることが期待されます。

参考文献

Kessoku, T., et al. Expert Consensus Document: An Algorithm for the Care and Treatment of Patients with Constipation Based on Ultrasonographic Findings in the Rectum. Diagnostics 2024, 14(1510). https://doi.org/10.3390/diagnostics14141510


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