はじめに
心房細動(AF)は現代社会において最も頻度の高い不整脈であり、その最大の脅威は塞栓症、特に脳卒中です。私たちは長年、CHA2DS2-VAScスコアという指標を用いて患者のリスクを推定してきました。しかし、このスコアが同じであっても、なぜか黒人患者や女性患者において脳卒中の発生率が有意に高いという「説明のつかない格差」が厳然として存在しています。Wahajらによる本研究は、この謎の答えが、心臓の奥深くに隠された左心耳(left atrial appendage;LAA)の「かたち」にある可能性を鮮やかに提示しました。
研究プロトコールの概要
本研究はテンプル大学病院で実施された単施設の後方視的観察研究であり、2015年から2022年の間に臨床目的で造影心臓CTを施行された連続211名の患者を対象集団としています。
人種および性別の特定については、電子カルテに記録された自己申告データに基づき、黒人対非黒人、および男性対女性として厳密に分類されました。
左心耳の形態評価にあたっては、2名の訓練を受けた臨床医による初期評価に加え、心臓画像専門医による再確認を経て最終的な判定を下すという多層的な盲検化プロセスを採用しました。
形態の分類は、既存の解剖学的基準に従い
・chicken wing チキンウィング
・windsock ウィンドソック
・cactus カクタス
・cauliflower カリフラワー
の4型に分けられ、それぞれに血栓形成の相対リスクに応じた1点から8点までのスコアが割り当てられています。

統計解析の段階では、グループ間におけるリスクスコアの分布差を評価するために非パラメトリック検定であるWilcoxonランク和検定を、各形態の有病率の有意な差異を確認するためにFisherの正確検定を用いました。最終的に、性別やCHA2DS2-VAScスコアを調整変数として投入した多変量ロジスティック回帰分析を施行することで、人種や性別といった属性が高リスク形態の保有とどのように独立して関連しているかを定量的に算出しています。
補足:左心耳の4つの形態分類
左心耳の形は、主に「主幹部の長さ」「曲がり具合(屈曲)」「分葉(Lobe:枝分かれした小さな部屋)の数と複雑さ」によって分類されます。
Chicken Wing(チキンウィング型)
- 直訳: 鶏の手羽先
- 見た目: その名の通り、食べる「手羽先」のように、途中でくいっと曲がっている(屈曲がある)のが特徴です。通常、大きな一つの部屋(主幹部)で構成され、細かい枝分かれは少ないです。
- 特徴とリスク(低リスク):
- 最も一般的な形です。
- 曲がってはいますが、構造が単純で中が広いため、血液がよどみにくく、スムーズに流れます。
- そのため、4つの中で最も血栓ができにくく、脳卒中リスクが低い形とされています。
Windsock(ウィンドソック型)
- 直訳: 吹き流し(空港、ヘリポート、高速道路などで風の方向と強さを視覚的に示す、筒状、円錐形の布製チューブ)
- 見た目: 風になびく吹き流しのように、細長く伸びた筒状の形をしています。
- 特徴とリスク(中リスク):
- チキンウィングのような強い曲がりはなく、まっすぐ、あるいは緩やかに伸びています。
- 構造は比較的単純ですが、奥行きが深いため、先端部分で血液の流れが少し遅くなる可能性があります。チキンウィングよりはリスクが高いですが、後述する2つよりはマシな「中間リスク」に分類されます。
Cactus(カクタス型)
- 直訳: サボテン
- 見た目: 西部劇に出てくるような、柱サボテン(弁慶柱)を想像してください。中央の太い幹から、いくつかの「腕」が枝分かれしているような形です。
- 特徴とリスク(中~高リスク):
- 主幹部から、複数の分葉(小さな部屋)がポコポコと枝分かれしています。
- この「枝分かれした根元の部分」や「小さな部屋の中」で血液がよどみやすくなります。ウィンドソックよりも構造が複雑なため、リスクはやや高めの中間リスクと考えられています。
Cauliflower(カリフラワー型)
- 直訳: 野菜のカリフラワー
- 見た目: まさに野菜のカリフラワー(あるいはブロッコリー)の房のように、短い軸から多数の小さな房(分葉)がブワッと密集して多方向に広がっている形です。
- 特徴とリスク(高リスク):
- 最も構造が複雑な形です。
- 主幹部は短く、内部は小さな部屋が無数に入り組んでいます。野菜のカリフラワーを洗うときに房の隙間の汚れが落ちにくいのと同じで、この複雑な隙間に血液が入り込むと、流れが完全に停滞してしまいます(うっ滞)。
- そのため、4つの中で最も血栓ができやすく、脳卒中リスクが非常に高い形とされています。
従来の知見を覆す解剖学的パラドックス
心房細動における脳卒中リスクの評価において、左心耳は血栓形成の主戦場として知られています。特に左心耳の複雑な形態は、内部の血流停滞を引き起こし、血栓形成を促進します。過去の研究では、左心耳の形状を4つの典型的なカテゴリーに分類し、脳卒中リスクとの関連を論じてきました。最も低リスクとされるのが「チキンウィング(手羽先)型」であり、一方で最も高リスクとされるのが多房性で複雑な構造を持つ「カリフラワー型」です。
本研究の驚くべき新規性は、これまで単なる個体差と考えられてきたこの「かたち」の分布が、実は人種や性別によって大きく偏っていることを明らかにした点にあります。
黒人患者におけるカリフラワー型の圧倒的優位
研究結果の核心は、人種間における左心耳形態の顕著な差異にあります。全211名の患者のうち、黒人患者は27パーセント(58名)を占めていました。
全体の解析では、低リスクなチキンウィング型が74%(156名)と大半を占めていましたが、最高リスクであるカリフラワー型の分布を詳しく見ると、衝撃的な数字が浮かび上がりました。
カリフラワー型の保有率は、非黒人患者ではわずか2%(153名中3名)であったのに対し、黒人患者では10%(58名中6名)に達していました。統計的な解析において、チキンウィング型を基準とした場合、黒人患者がカリフラワー型を保有する未調整オッズ比は6.0という極めて高い値を示しました。さらに、性別などの背景因子を調整した多変量ロジスティック回帰分析においても、調整オッズ比は4.8(95%信頼区間:1.1-20.9、P値=0.035)となり、統計的に有意な差が維持されました。
これは、黒人患者が心房細動を発症した場合、解剖学的に「血栓ができやすい環境」を生まれ持っている可能性が非常に高いことを示唆しています。
女性におけるリスク傾向と統計的限界
一方で、性別による差異についても興味深いデータが得られています。カリフラワー型の保有率は、男性の2%に対し、女性では7%と高い傾向を示しました。女性におけるカリフラワー型保有のオッズ比は3.7(調整後、P値=0.11)であり、統計的な有意差には至らなかったものの、臨床的には無視できない差が存在する可能性を示しています。
先行研究では、女性の心房細動患者は男性よりも脳卒中リスクが高いことが示されていますが、そのメカニズムとして心房細動に伴う線維化の進行や閉経後のホルモンバランスの変化が指摘されてきました。今回のデータは、こうした生理学的な変化に加えて、解剖学的な構造そのものが女性における脳卒中の多さを説明する補助的な因子である可能性を提示しています。
CHA2DS2-VAScスコアの死角
本研究におけるもう一つの重要な発見は、現在の臨床指標の限界です。研究チームは、患者のCHA2DS2-VAScスコアと左心耳の形態学的リスクスコア(チキンウィング=1点、ウィンドソック・カクタス=4点、カリフラワー=8点と設定)との相関を分析しましたが、そこに有意な関連は認められませんでした(P値=0.27)。
例えば、チキンウィング型の患者の平均CHA2DS2-VAScスコアは4.0であったのに対し、カリフラワー型の患者は5.0であり、統計的な有意差はありませんでした。これはつまり、現在のガイドラインに従って計算されるリスクスコアが全く同じ「低リスク」の患者であっても、左心耳がカリフラワー型であるために、実際には隠れた塞栓症リスクを抱えている患者が存在することを意味しています。
分子生物学的背景への考察
論文の考察セクションでは、なぜこのような人種差が生じるのかについて、分子生物学的な視点からも触れられています。これまでの知見として、黒人患者は非黒人患者に比べて利尿ペプチド(NT-proBNP)のレベルが低い傾向にあることが報告されています。NT-proBNPの低値は心房細動の発症に対しては保護的に働く一方で、発症後の心房の電気的・構造的リモデリングには異なる影響を与える可能性があります。
また、自己申告による人種は遺伝的背景の代替指標でもあります。黒人を自認する人々の75パーセント以上がアフリカ系祖先、白人を自認する人々の75パーセント以上がヨーロッパ系祖先という遺伝的背景を持っていることが先行研究で示されています。左心耳の形成過程に関与する遺伝子発現の差異が、カリフラワー型という複雑な形態を形作っている可能性は否定できません。
研究の限界(Limitation)
本研究の知見を臨床に適用する際には、いくつかの制約を理解しておく必要があります。
第一に、単一施設におけるレトロスペクティブ(回顧的)な研究であり、サンプルサイズが211名と比較的限定的であることです。特に最高リスクであるカリフラワー型の症例数は合計9名と少なく、これが性別における有意差の欠如や、広い信頼区間につながっています。
第二に、本研究は左心耳の「形態」と「属性」の関連を示したものであり、実際に脳卒中が発症したかどうかという臨床アウトカムまでは追跡していません。したがって、カリフラワー型であることが直接的に脳卒中を引き起こすという因果関係を証明したものではなく、あくまで「血栓リスクが高い形状が特定の人種に多い」という相関関係の提示に留まっています。
第三に、左心耳の容積や血流速度といった、形状以外の重要な機能的パラメータは今回の解析には含まれていません。
明日からの臨床実践にどう活かすか
この論文から得られる知見は、私たちの日常診療における意思決定をより個別化されたものへと進化させる力を持っています。読者が明日から実践できる行動指針を以下に提案します。
まず、心房細動患者の診療において「スコア至上主義」から脱却することです。CHA2DS2-VAScスコアが低い場合でも、黒人患者や女性患者においては「目に見えない解剖学的リスク」が潜んでいる可能性を常に念頭に置くべきです。特に、他の理由で撮影された心臓CTや経食道心エコーの報告書がある場合は、単に血栓の有無を確認するだけでなく、左心耳の「かたち」についての記述を詳細に確認してください。もし「カリフラワー型」や「多房性」というキーワードがあれば、例えスコアが低くても抗凝固療法の導入や継続をより強く検討する材料となります。
次に、患者への説明において「解剖学的な多様性」という視点を導入することです。脳卒中リスクの説明は、往々にして年齢や高血圧といった数値データに偏りがちですが、患者の心臓そのものが持つ構造的特徴がリスクに寄与していることを伝えることで、抗凝固療法の必要性に対する理解を深めることができるかもしれません。
最後に、将来的な臨床試験のデザインにおいて、人種や性別の多様性を確保することの重要性を再認識することです。本研究が示したように、解剖学的基盤そのものが集団間で異なるのであれば、一律の治療戦略は必ずしも最適とは言えません。
まとめ
Wahajらの研究は、心房細動における人種・性別間のアウトカム格差という長年の課題に対し、左心耳の形態という極めて具体的かつ視覚的な解答を提示しました。黒人患者において高リスクなカリフラワー型が約5倍も多いという事実は、医療における真の個別化には、社会的なカテゴリーの背後にある解剖学的な真実を見極める目が必要であることを教えてくれています。
参考文献
Wahaj A, Mauri ME, Bocchese MJ, Quinn AGG, Yu D, Lu X, Garber RS, Yesenosky GA, Basil A, Fiss DM, et al. Sex and Racial Differences in Left Atrial Appendage Morphology. J Am Heart Assoc. 2026;15:e042619. doi: 10.1161/JAHA.125.042619.

