はじめに
アルコール使用障害(Alcohol Use Disorder, AUD)は、世界的に重大な公衆衛生上の問題となっています。アルコールは200以上の疾患の原因となり、毎年260万人以上の死亡に寄与していると推定されています。さらに、2020年以降のアルコール関連肝疾患の増加が米国でのアルコール関連死亡率の29%上昇に影響していると報告されています。
その一方で、AUDに対する治療の選択肢は極めて限られています。FDA承認の治療薬はナルメフェン、ナルトレキソン、アカンプロサート、ジスルフィラムなどわずか数種類しかなく、これらの治療が実際に活用される割合も極めて低いのが現状です。薬物療法を受ける患者は全体の2%未満と報告されており、治療へのアクセスの障壁が大きな課題となっています。
このような状況の中、糖尿病や肥満の治療薬として広く用いられているGLP-1受容体作動薬(Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonists, GLP-1RAs)が、アルコール摂取を抑制する可能性があることが示唆されてきました。本稿では、JAMA Psychiatry誌に掲載された最新の研究をもとに、セマグルチドがAUDに及ぼす影響について解説します。
こちらも参考に。
研究の目的と方法
目的
この研究の目的は、週1回のセマグルチド投与がアルコール使用障害(AUD)患者のアルコール摂取量および渇望(craving)に与える影響を評価することでした。
研究デザイン
本研究は第2相の無作為化二重盲検プラセボ対照試験であり、2022年9月から2024年2月にかけて、米国の大学医療センターで実施されました。対象はAUDの診断基準を満たす成人48名であり、全員が治療を希望していない非治療志向者でした。
試験のプロトコル
- 48名の参加者がセマグルチド群(n=24)またはプラセボ群(n=24)に無作為に割り当てられた。
- セマグルチドは以下のスケジュールで投与された:
- 0.25 mg/週(4週間)
- 0.5 mg/週(4週間)
- 1.0 mg/週(1週間)(最終週のみ)
- 主要評価項目として、アルコール自己投与試験(Laboratory Alcohol Self-Administration Test)における摂取量(g-ETOH)および呼気アルコール濃度(BrAC)が測定された。
- 二次評価項目には飲酒日ごとの飲酒量、重度飲酒日数、アルコール渇望(Penn Alcohol Craving Scale, PACS)が含まれた。
- 副次的な評価として、セマグルチド群における体重変化や喫煙本数の変化も検討された。
アルコール自己投与試験(Laboratory Alcohol Self-Administration Test)とは
アルコール自己投与試験とは、参加者が研究室環境で任意にアルコールを摂取できるよう設計された試験です。この手法は、薬物がアルコール摂取行動に与える影響を客観的かつ標準化された条件下で評価するために用いられます。
本研究では、以下のような構成が取られました:
- 参加者には自分の好むアルコール飲料(ブランド指定可)が提供されます。
- 飲酒の開始を遅らせるごとに金銭的報酬が得られる「遅延選択」パート(最大50分間)が設定され、その後120分間の自由飲酒パートに移行します。
- アルコール摂取量(g換算)と呼気アルコール濃度(BrAC)が30分ごとに測定され、ピークBrACと総摂取量が主な評価指標になります。
この方法は、薬物介入が「飲みたい衝動(渇望)」や「報酬反応性」に与える影響を可視化する手段として、薬理学的研究において高い信頼性を持つものとされています。
研究結果
アルコール自己投与試験の結果
セマグルチドを投与された群では、プラセボ群と比較して、アルコール摂取量(g-ETOH)が有意に減少しました。
- g-ETOH:β = -0.48(95% CI: -0.85 ~ -0.11, P = .01)
- 最大BrAC:β = -0.46(95% CI: -0.87 ~ -0.06, P = .03)
ここでのβ = -0.48は、標準化された線形回帰モデルにおいて、セマグルチドを投与された群がプラセボ群に比べてアルコール摂取量(g-ETOH)を約0.48標準偏差分、有意に少なく消費したことを意味します。βが負の値であることは、「治療によってアウトカムが減少した」ことを示しており、その大きさが-0.48であるということは、臨床的にも意味のある変化と捉えることができます。(標準化係数βは、異なるスケールの変数間でも比較が可能であり、介入の影響力を定量的に評価するうえで有効な指標です。)
また、これは中等度から大きな効果量(Cohen’s d > 0.5)を示しており、セマグルチドがアルコール摂取を抑制する可能性を強く示唆する結果でした。
Cohen’s dとは、2群間の平均差を標準偏差で割ることで計算される効果量の指標で、介入や治療の実質的な影響の大きさを表します。
統計学的には、以下のように解釈されます:
- 0.2未満:ごく小さな効果
- 0.2〜0.5:小さな効果
- 0.5〜0.8:中等度の効果
- 0.8以上:大きな効果
つまり、Cohen’s dが0.5を超えているということは、臨床的にも意味のある差が認められるということです。この研究ではg-ETOHおよび最大BrACのいずれもが中等度以上の効果量を示しており、GLP-1RAであるセマグルチドが飲酒行動を実際に変容させる可能性を明確に示しています。
飲酒行動の変化
- 飲酒日ごとの飲酒量:β = -0.41(95% CI: -0.73 ~ -0.09, P = .04)
- 重度飲酒日数:β = 0.84(95% CI: 0.71 ~ 0.99, P = .04)
- アルコール渇望スコア(PACS):β = -0.39(95% CI: -0.73 ~ -0.06, P = .01)
セマグルチドは飲酒行動に対して「量を減らす効果はあるが、完全禁酒に導くわけではない」という特徴を示しました。
副次的な影響
- 喫煙本数の減少:セマグルチド群では喫煙本数が有意に減少(β = -0.10, 95% CI: -0.16 ~ -0.03, P = .005)。
- 体重変化:セマグルチド群では平均5%の体重減少が確認された(P < .001)。
分子生物学的メカニズム
GLP-1受容体作動薬はもともと食欲抑制とインスリン分泌促進を目的として開発されましたが、ドーパミン報酬系や神経伝達物質シグナル伝達に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
動物モデルでは、GLP-1RAが側坐核や腹側被蓋野のドーパミン放出を抑制し、アルコールやニコチンの報酬効果を減弱させることが示されています。
研究の意義と今後の課題
これまでの研究では、GLP-1RAがアルコール摂取を抑制する可能性が示唆されていましたが、ヒトを対象としたランダム化比較試験は限られていました。この研究は、セマグルチドがAUD患者のアルコール摂取量と渇望を減少させることを初めて前向き無作為化試験にて示した点で新規性があります。
今後の課題
- 長期的な効果の検討:試験期間が9週間と短いため、長期的な飲酒パターンの変化は不明。
- 治療を希望するAUD患者への適用:今回の研究は治療を求めていない患者を対象としたため、治療希望者での効果は未検証。
- 高用量での効果:今回の試験では最大1.0 mg/週までの投与であり、2.4 mg/週などの高用量での効果は未検討。
結論
この研究は、低用量のセマグルチドがAUD患者のアルコール摂取量と渇望を減少させることを示しました。これらの知見は、GLP-1RAがAUD治療の新たな選択肢となる可能性を示唆しており、今後の大規模臨床試験の実施が期待されます。
※ 2025年3月時点で、もちろんAUD患者へのセマグルチドの保険適応はありません。
参考文献
Hendershot CS et al. “Once-Weekly Semaglutide in Adults With Alcohol Use Disorder: A Randomized Clinical Trial” JAMA Psychiatry. 2025. doi:10.1001/jamapsychiatry.2024.4789