はじめに
終末糖化産物 (Advanced Glycation End Products;AGEs) は、還元糖とタンパク質、脂質、核酸との間の非酵素的反応によって生成される化合物群です 。AGEs は、体内では高血糖や酸化ストレスの条件下で蓄積が促進されます。さらに、加熱調理された食品や喫煙によって外因的にも摂取され、知らず知らずのうちに体内負荷を高めています。食品の加熱調理過程で風味や香りを良くする一方で、生体内では組織や器官に有害な影響をもたらすことが明らかになっています 。
AGEsは単なる老化マーカーにとどまらず、細胞表面の受容体であるRAGE(Receptor for Advanced Glycation End-products)を介して、タンパク質を直接的に架橋して構造と機能を変化させ、また活性酸素種 (ROS) や炎症性サイトカインを生成することで、炎症、酸化ストレス、線維化といった生体反応を活性化させ、心血管疾患、糖尿病合併症、神経変性疾患、さらには肝・肺・腸・皮膚・生殖機能にも広範な影響を及ぼします。本稿では、AGEsの形成機構から疾患との関連、さらに実践的な介入法まで、2025年の最新レビューに基づき理解を深めていきます。
AGEs の生成と分類:メイラード反応の複雑性
AGEs の生成は、メイラード(Maillard)反応として知られる複雑な一連の化学反応によって進行します 。この過程では、アミノ酸の末端アミノ基や、タンパク質中のリジンやアルギニンの側鎖アミノ基が、グルコース、リボース、トリオーズなどの還元糖のカルボニル基と非酵素的に反応し、不安定なシッフ(Schiff)塩基を形成します 。
酸化ストレス下では、これらのシッフ塩基が転位やグリコキシダーゼを受け、最終的な AGEs や、グリオキサール やメチルグリオキサールなどの反応性の高い 1,2-ジカルボニル化合物を生成します 。
これらのジカルボニル化合物は、グルコースの自己酸化、脂質過酸化、ポリオール経路からも生成され、タンパク質のアミノ基と反応してタンパク質内およびタンパク質間の架橋を形成し、酸化、脱水、重合などのさらなる反応を経て、安定な AGEs を生成します 。
このようにして生成される AGEs には、Carboxymethyllysine (CML) やCarboxyethyllysine (CEL) など、20 種類以上もの多様な構造が存在します 。AGEs は、細胞内および細胞外で内因的に生成されるだけでなく、食品やタバコなどの外因からも摂取されます 。食品中の AGEs の生成量は、調理温度、水分含量、pH、調理時間、調理法などの要因に大きく左右されます 。
AGEsの約10%が食事由来(exogenous AGEs)です。高温調理(180°C以上)や乾燥環境下ではAGEsが劇的に増加するため、焼く、揚げるといった調理法はAGEs摂取量を顕著に増加させます。また、喫煙は呼吸を介してAGEsを直接体内へ導入し、血中AGE濃度を有意に上昇させることが確認されています。

AGEs 関連疾患:多臓器にわたる病態
AGEs
AGEs は、ほぼ全ての哺乳類組織に蓄積し、多岐にわたる慢性疾患の病態に関与します 。AGEs による病態の主なメカニズムとしては、タンパク質の架橋による構造と機能の変化、および AGEs 受容体 (RAGE) を介した細胞内シグナル伝達の活性化が挙げられます 。
AGEs は、細胞外マトリックス (ECM) のコラーゲンやエラスチンと共有結合的に架橋し、これらのタンパク質の分解を遅延させ、柔軟性を低下させます 。この過程は、血管の基底膜の肥厚を引き起こし、血管の脆弱性を高め、出血性病変のリスクを増大させます 。また、AGEs は皮膚のコラーゲンやエラスチンと架橋することで、皮膚の弾力性と水分量を低下させ、皮膚の黄ばみを進行させます 。
AGEs-RAGE-ROS-NF-κB経路
RAGE は、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞表面受容体であり、様々な組織に分布していますが、特に肺、心臓、骨格筋に豊富に存在します 。RAGE は、NF-κB(nuclear factor-kappa B) などの転写因子を活性化し、MAPK、p38、ERK1/2、JAK/STAT、SAPK/JNK などの下流シグナル伝達経路を活性化することで、細胞増殖、血管新生、線維化、血栓形成、アポトーシスなどの多様な細胞応答を誘導し、組織障害を引き起こします 。
この「AGEs-RAGE-ROS-NF-κB経路」は、細胞レベルでの慢性炎症状態の基盤となり、細胞外マトリックスの破壊、血管透過性の亢進、アポトーシスの誘導、さらには免疫細胞の機能不全を招きます。加えて、可溶型RAGE(sRAGE)はこの経路の調節因子として注目されており、血中sRAGE濃度の低下は慢性疾患の重症化と相関することが報告されています。
AGEs-RAGE 相互作用は、ミトコンドリアや NADPH 酸化酵素経路を活性化して ROS 産生を増加させ、AGEs のさらなる生成を促進し、細胞内損傷の悪循環を招きます 。
糖尿病と AGEs:合併症発症のメカニズム
糖尿病は、高血糖を特徴とする慢性代謝性疾患群であり、AGEs の生成と蓄積を加速させ、糖尿病合併症の発症と進展に重要な役割を果たします 。高血糖状態では、グルコースがタンパク質と非酵素的に反応して AGEs を生成し、血管内皮細胞、腎臓、神経組織など、様々な組織に障害をもたらします 。
AGEs は、RAGE と相互作用して、SAPK/JNK、MAPK、p38、ERK1/2、JAK/STAT、PKC などの下流シグナル伝達経路を活性化し、炎症、ROS 産生、ミトコンドリア機能不全、β細胞機能障害、アポトーシスなどを誘導します 。これらの病態は、インスリン抵抗性の進行と密接に関連しています 。
さらに、AGEs は、アミロイド様凝集体を形成するアミロイドポリペプチド (IAPP) の糖化を促進し、RAGE を介して NADPH 酸化酵素依存性の ROS 産生を誘導することで、β細胞死を加速させます 。
心血管疾患と AGEs:動脈硬化進展における役割
心血管疾患 (CVDs) は、心臓や血管系に影響を与える致死的な慢性疾患であり、細小血管疾患と大血管疾患に分類されます 。AGEs は、CVDs の発症と進展に深く関与しており、特に糖尿病患者における心血管合併症の重要な病態メカニズムとして注目されています 。
AGEs は、低密度リポタンパク質 (LDL) の糖化を促進し、糖化 LDL は受容体に認識されにくいため、動脈壁に蓄積しやすくなります 。AGEs-RAGE 相互作用は、NF-κB シグナル伝達経路を活性化して接着分子の発現を増加させ、マクロファージや T リンパ球の接着を促進し、持続的な炎症反応を引き起こしてプラーク形成を加速させます 。
さらに、AGEs-RAGE 軸は、マクロファージの泡沫細胞への変化を促進し、動脈平滑筋細胞の増殖と遊走を刺激し、内皮細胞のバリア機能を破壊し、内皮型一酸化窒素合成酵素 (eNOS) の発現を抑制して一酸化窒素 (NO) の産生を減少させ、血管内皮機能障害を引き起こします 。
AGEs は、心筋細胞のカルシウムイオン恒常性に関与するタンパク質の糖化を促進し、心筋の弛緩と収縮を障害し、拡張機能不全を引き起こすことも報告されています 。
慢性腎臓病と AGEs:腎機能低下のメカニズム
慢性腎臓病 (CKD) は、AGEs の過剰産生と蓄積を特徴とし、CKD 関連の罹患率と死亡率の重要な決定因子です 。AGEs は、尿中ウロモジュリンの糖化、メチルグリオキサール由来の AGEs の蓄積、および糖化アルブミンの増加などを介して、腎臓組織に障害をもたらします 。
AGEs は、NADPH 酸化酵素やミトコンドリア経路を活性化して ROS 産生を増加させ、AGEs-RAGE 軸を介して炎症反応を増幅し、Nrf2 標的抗酸化遺伝子の発現を抑制することで、酸化ストレスと炎症を悪化させます 。
さらに、AGEs は、タンパク質を直接的に修飾し、架橋することで、血管の硬化や糖尿病性腎症における基底膜の拡張などの構造変化を引き起こします 。
骨粗鬆症、関節疾患と AGEs:炎症と組織破壊における役割
AGEs は、軟骨、骨、滑膜にも蓄積し、特に 2 型糖尿病患者において、細胞機能を障害し、コラーゲン構造を変化させ、組織破壊を促進し、骨脆弱性を引き起こします 。
AGEs は、軟骨のコラーゲン線維を架橋して硬直化と弾力性低下を引き起こし、骨基質のコラーゲンを変化させて骨の脆弱性を高めます 。
RAGE は、関節組織に高発現しており、AGEs との相互作用を介して炎症性サイトカインや破骨細胞形成マーカーの発現を誘導し、関節の構造的および機能的障害を引き起こすことで、関節疾患の病態に重要な役割を果たします 。
関節リウマチ (RA) においては、滑膜組織中の RAGE の発現が亢進しており、マクロファージや内皮細胞において NF-κB シグナル伝達経路を活性化することで、炎症反応を増幅します 。変形性関節症 (OA) 滑膜組織にも CML が検出されており、マクロファージや T 細胞上の RAGE と相互作用して、自己免疫反応を誘発し、関節炎を悪化させる可能性があります 。
神経変性疾患と AGEs:神経細胞死と認知機能低下
神経変性疾患 (NDDs) は、不可逆的な神経細胞損傷と進行性の神経機能低下を特徴とする多様な疾患群であり、アルツハイマー病 (AD)、パーキンソン病 (PD)、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)、プリオン病などが含まれます 。
脳は、酸素消費量とグルコース代謝が高いため、AGEs が蓄積しやすい組織です 。AD 患者の脳組織では、AGEs 陽性神経細胞やグリア細胞の数と割合が有意に増加しており、AGEs はリポフスチン顆粒やアミロイド斑に蓄積しています 。PD 患者の脳組織やレヴィ小体にも AGEs の蓄積が認められています 。ALS 患者の脊髄では、AGEs、特に CEL、CML、ピロール化合物が有意に増加しています 。
これらの知見は、脳組織における AGEs の蓄積が、NDDs の病態進行に重要な役割を果たしていることを示唆しています 。
AGEs は、アミロイドβペプチド (Aβ) の不溶性線維への凝集を促進し、アミロイド斑の形成を加速します 。また、AGEs は、グリコーゲン合成酵素キナーゼ-3 (GSK-3) を活性化して Tau タンパク質の過剰なリン酸化を誘導し、酸化ストレスとミトコンドリア機能障害を悪化させます 。
さらに、AGEs は、血管内皮細胞、アストロサイト、ペリサイトから構成される血液脳関門 (BBB) の機能を障害し、タイトジャンクションタンパク質の発現を低下させ、炎症性サイトカインの産生を増加させることで、神経炎症を惹起し、神経細胞死を促進します 。
皮膚疾患と AGEs:老化、創傷治癒、炎症における役割
AGEs は、皮膚の老化、特に紫外線曝露によって加速される光老化の重要な要因です 。AGEs は、紫外線に曝露された皮膚に蓄積しやすく、コラーゲンやエラスチン線維を架橋して皮膚の弾力性を低下させ、シワやたるみなどの老化兆候を促進します 。
AGEs は、皮膚の炎症反応を増強し、コラーゲンやエラスチンなどの ECM タンパク質の分解を加速させ、ROS 産生を増加させることで、皮膚の構造的完全性を損ないます 。
AGEs は、線維芽細胞の NLRP3 インフラマソームを活性化し、IL-18 などの炎症性サイトカインの放出を促進することで、メラニン生成を亢進させ、肝斑や日光黒子などの色素沈着異常に関与します 。
高 AGEs レベルは、経表皮水分損失 (TEWL) の増加、皮膚水分量の低下、メラニンと紅斑の増加と相関しており、皮膚の質を低下させます 。
AGEs は、糖尿病などの高血糖状態において、創傷治癒を著しく遅延させます 。AGEs-RAGE 軸は、糖尿病性潰瘍において、ROS の過剰産生と炎症反応の亢進を誘導し、線維芽細胞、マクロファージ、内皮細胞などの創傷治癒に関与する主要な細胞のアポトーシスを促進することで、組織修復を妨げます 。
AGEs は、乾癬などの皮膚疾患の病態にも関与しており、皮膚や血中の AGEs レベルは、乾癬の重症度と相関しています 。AGEs-RAGE 軸は、サイトカイン、ケモカイン、ROS の放出を介して炎症反応を増幅し、角化細胞の増殖を促進します 。
その他の疾患と AGEs:多様な病態における役割
AGEs は、肝疾患、眼疾患、肺疾患、肥満、腸疾患、生殖器疾患など、様々な疾患の病態にも関与していることが報告されています。
- 肝疾患: AGEs は、非アルコール性脂肪肝疾患 (MAFLD) やアルコール性肝疾患 (ALD) の発症と進行に関与し、肝線維化や肝細胞癌のリスクを高めます 。
- 眼疾患: AGEs は、白内障、網膜症、加齢黄斑変性などの眼疾患に関与し、水晶体や網膜組織に蓄積して細胞障害を引き起こします 。
- 肺疾患: AGEs は、肺線維症、急性肺損傷 (ALI)、肺癌、感染症などの肺疾患に関与し、炎症や線維化を促進して肺機能を低下させます 。
- 肥満: AGEs-RAGE 軸は、脂肪組織の機能障害や肥満の発症に関与し、脂肪細胞の分化、脂肪分解、熱産生、インスリン抵抗性などを調節します 。
- 腸疾患: AGEs は、炎症性腸疾患 (IBD) や大腸癌の発症と進行に関与し、腸内細菌叢の構成や機能を変化させ、腸管炎症や酸化ストレスを悪化させます 。
- 生殖器疾患: AGEs は、多嚢胞性卵巣症候群 (PCOS)、子宮内膜症、不妊症などの生殖器疾患に関与し、卵巣機能や精子形成を障害します 。
介入戦略:AGEs蓄積を抑えるためにできること
AGE生成阻害
AGEs 関連疾患に対する治療戦略として、AGEs の生成を抑制する化合物が注目されています。これらの化合物は、初期糖化反応の阻害、フリーラジカルの捕捉、アマドリ中間体の捕捉、AGEs 架橋の切断など、多様なメカニズムを介して AGEs の有害作用を軽減します 。
アミノグアニジンやピラジンカルボキサミドなどの化合物は、AGEs形成の初期段階(Amadori化合物生成)を抑制します。また、クルクミンやレスベラトロール、カテキンといった植物由来の抗酸化物質も、AGEsの生成抑制作用を示しています。
合成低分子化合物としては、アスピリン、メトホルミン、ベンフォチアミン、ピリドキサミンなどが臨床試験で評価されていますが、副作用などの問題から、FDA の承認を得ている AGEs 関連疾患治療薬はまだありません 。
AGE架橋の分解
ALT-711(Alagebrium chloride)は、AGEsによるタンパク質間架橋を解消する薬剤として研究されています。特に心血管系への応用が検討されていますが、現在のところ臨床での使用は限定的です。
RAGE経路の遮断
可溶型RAGE(sRAGE)を投与することで、AGEsと細胞膜上RAGEの結合を阻害し、シグナル伝達を遮断する戦略が注目されています。RAGE阻害薬も開発段階にあり、将来的な抗炎症治療の柱となる可能性があります。
AGEs 抑制に向けた食生活の改善とライフスタイルの修正
AGEs の生成を抑制するためには、食生活の改善とライフスタイルの修正が重要です。高炭水化物、高カロリー食、高温調理、喫煙、座りがちなライフスタイルなどの環境因子は、AGEs の生成を促進します 。高温・乾燥調理(揚げ物、焼き物)を避け、蒸す・煮るなどの低温・水分を多く含む調理法に切り替えることで、AGEs摂取量を30〜50%削減できると報告されています。ビルベリー抽出物やシナモン、緑茶カテキンは、AGEsの腸管吸収抑制作用を持ち、食後高AGE負荷を緩和します。
健康的な食生活のためには、加工食品を控え、全粒穀物、乳製品、ナッツ、豆類などの低グリセミック指数食品や低脂肪食品、多様な自然の新鮮な食材を積極的に摂取することが推奨されます 。
地中海食は、一価不飽和脂肪酸や最小限の加工食品が豊富であり、食後の酸化ストレスや炎症を軽減することで、AGEs レベルを下げる効果が期待できます 。
調理法としては、繰り返し加熱した油の使用を避け、可能な限り低温で調理し、酢やレモン汁などの酸性成分を加えて AGEs の生成を抑制することが推奨されます 。また、揚げ物やグリル料理よりも、蒸し料理、煮込み料理、茹で料理などの調理法を選択することが望ましいです 。
食生活の改善に加えて、身体活動を増やし、禁煙することも、AGEs 抑制のための重要な介入戦略です 。
終わりに
AGEsの病理的影響は静かに、しかし確実に私たちの健康を蝕んでいます。本レビューが示すように、AGEsの蓄積は避けられない運命ではなく、食生活や生活習慣の見直し、そして将来的な医薬介入によって軽減可能な「可変的リスク因子」です。
読者が明日からできることとしては、「焼く・揚げる」より「蒸す・煮る」調理法の選択、甘味の取り過ぎ回避、そして緑茶やベリー類など抗AGE食品の積極的摂取が推奨されます。
参考文献
Zhang, Y.; Zhang, Z.; Tu, C.; Chen, X.; He, R. Advanced Glycation End Products in Disease Development and Potential Interventions. Antioxidants 2025, 14, 492.