はじめに
男性は多くの癌種において女性より罹患リスクが高いことが知られています。喫煙や飲酒、職業曝露といった環境要因の寄与は従来から強調されてきましたが、実際には環境因子が乏しい癌種においても一貫して男性優位の発症率が観察されてきました。この現象は「生物学的な基盤」があるのではないかと長らく推測されてきました。
今回のスウェーデンを基盤とした大規模コホート研究は、成人身長という「体細胞数の代理指標」に注目しました。身長が高いほど癌リスクが増加するという疫学的事実を、性差の文脈に統合し、男性における癌リスク超過のどの程度が「身長」によって説明できるのかを数量的に検討した点が、この研究の大きな新規性です。
研究デザインと解析手法
対象は1960年から2011年にかけて記録のあるスウェーデン成人6,156,659人(男性3,133,783人、女性3,022,876人)です。身長情報は徴兵検査、母子保健登録、パスポート記録から抽出され、120–220cmに制限されました。追跡期間中に確認された非性特異的癌は285,778例(男性164,237例、女性121,541例)でした。
平均身長は男性179cm、女性165cmと14cmの差がありました。解析にはCox比例ハザードモデルが用いられ、さらに媒介分析を組み込み、「男性で癌リスクが高い」現象のうち、どの程度が身長によって説明されるか(Proportion Explained, PE)が推定されました。この手法は従来の回帰モデルによる補正と異なり、因果的媒介の寄与を数量化できる点に特徴があります。
結果:身長と癌リスクの関連
39種類の癌のうち33種類で男性に有意な過剰リスクが確認されました。特に咽頭癌、食道癌、喉頭癌、肺扁平上皮癌など喫煙・飲酒に強く関連する癌では男性のハザード比(HR)は2を超えていました。
一方で、27種類の癌においては身長が10cm高いごとにリスク上昇を認めました。代表的なものは以下の通りです。
- 結腸癌:HR 1.18(10cm増加あたり)
- 悪性黒色腫:HR 1.31
- 非ホジキンリンパ腫:HR 1.16
- 急性骨髄性白血病(AML):HR 1.27
これらは喫煙や飲酒といった外的因子よりも、内的な細胞分裂の回数や幹細胞数の増加が強く影響していると考えられます。
媒介効果の大きさ
この研究の核心は、男性における癌リスク超過のどの程度が身長で説明されるかという点です。結果はきわめて興味深いものでした。
- 唾液腺癌:PE 140%
- 結腸癌:PE 128%
- 悪性黒色腫:PE 802%
- AML:PE 155%
100%を超える値は、身長で調整するとむしろ男性のリスクが女性より低くなることを意味します。すなわち、身長差がなければこれらの癌では女性のリスクが高い可能性を示唆しています。
さらに、小腸癌(46%)、皮膚癌(44%)、肺癌全体(42%)、脳腫瘍(43%)、非ホジキンリンパ腫(47%)、多発性骨髄腫(31%)などでも30~50%程度が身長で説明されました。
逆に、喉頭癌や膀胱癌、胸膜中皮腫などではPEは5%以下であり、生活習慣因子や職業曝露の寄与が支配的であると考えられます。
分子生物学的視点
身長と癌リスクの関係は「細胞分裂仮説」によって説明されます。すなわち、体が大きいほど組織内の幹細胞数が多く、細胞分裂の回数が増えるため、確率的にがん原性変異が蓄積する可能性が高まります。
特に皮膚や造血系のように細胞回転の速い組織では、この効果が顕著に現れます。大きな体表面積は皮膚幹細胞数を増加させ、より多くの分裂機会を生み出します。同様に、血液量の増加は造血幹細胞の数を増やし、突然変異の蓄積リスクを上昇させると考えられます。
さらに、身長は成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF)、甲状腺ホルモン、性ホルモンなどのホルモン環境によって調整されます。これらホルモンは成長のみならず細胞増殖や腫瘍形成にも関与するため、身長と癌のリスクを結ぶ分子レベルの橋渡し要因と考えられます。
また、“身長とがんリスク”を説明する細胞分裂仮説は、肥満/高BMIとがんリスクの関係にも理論的に当てはまる部分があります。特に、「細胞数・分裂回数・増殖刺激が多い環境=がんリスクが上がる可能性がある」という点では整合性があります。ただし、肥満のがんリスク上昇は、細胞分裂機会の増加だけでなく、ホルモン・代謝・炎症・脂質・アディポカインなど多様な機序が関与しており、単純な置き換えには限界があります。
臨床的意義
臨床的意義としては、男性に特有の癌リスクの理解に「体格という不可変因子」が大きく寄与することを示した点にあります。これは予防策の標的になるものではありませんが、リスク評価や早期発見戦略を考える上で有益です。特に身長が高い男性では黒色腫や血液腫瘍、結腸癌などに注意を払う必要があることを示唆しています。
新規性
高身長とがんリスクの正の関連を示した研究はこれまでも複数ありました。例えば以下のような研究があります。今回の論文の新規性は、既存の「身長が高いほどがんリスクが上がる」という相関研究を一歩進め、“男性のがんリスク超過”が成人身長によってどの程度説明できるかを、がん部位別に因果推論寄りの枠組み(媒介生存解析)で定量化したところにあります。
- Million Women Study(英国・約130万人)+前向き研究メタ解析
- 10cm高いごとに総がんリスク上昇。部位別でも結腸、直腸、乳房、子宮体部、卵巣、腎、CNS、皮膚(黒色腫)などで正の関連。研究内メタ解析でも高さと総がんの一貫した関連を確認。
- 出典:Green J, et al. Lancet Oncology 2011.
- スウェーデン全国コホート(男女合計550万人、最大54年追跡)
- 10cm増あたりの総がんHR:女性1.19(1.18–1.20)、男性1.11(1.10–1.12)。黒色腫で特に強い関連(女性1.39、男性1.34)。がん死亡も身長と正に関連。
- 出典:Benyi E, et al. J Epidemiol Community Health 2019.
- 韓国・全国健診ベースコホート(2,280万人、平均5年追跡)
- 5cm増あたり全がんHR 1.09。口腔・喉頭、肺、胃、大腸、肝胆膵、乳腺、卵巣、子宮、前立腺、精巣、腎・膀胱、CNS、甲状腺、皮膚、造血リンパ系など多数の部位で正の関連(食道は例外)。非喫煙男性と女性で関連強め。
- 出典:Choi YJ, et al. British Journal of Cancer 2019.
- 欧州7コホートを統合したMe-Can(約58万人、平均12.7年)
- 5cm増あたり総がんHR:女性1.07(1.06–1.09)、男性1.04(1.03–1.06)。黒色腫で最大のHR(女1.17、男1.12)。がん死亡も身長と有意に関連。
- 出典:Wirén S, et al. Cancer Causes & Control 2014.
Limitation
- 身長データの一部は自己申告(パスポート)であり、男性は過大申告しがちです。
- 喫煙や飲酒、BMI、職業曝露といった生活習慣情報は欠落しており、教育歴で代替しましたが完全ではありません。
- 医療受診行動の差による診断遅延が、性差を過小評価している可能性があります。
- 媒介分析の結果は比例ハザードモデルや教育の扱いといった仮定に依存しています。
まとめ
この大規模コホート研究は、男性における癌リスク超過の相当部分が「身長差」によって説明できることを明らかにしました。特に黒色腫、結腸癌、AMLなど環境因子の影響が弱い癌種において顕著でした。
これは「癌の多くは偶発的な体細胞変異によって発症する」という確率論的発癌モデルを支持する強力な証拠です。今後は身長に関連する遺伝的要因やホルモン環境の解明が、性差を含む癌予測モデルの精緻化に寄与すると期待されます。
参考文献
Radkiewicz C, Edgren G, Sjölander A, Benyi E, Lambe M, Dickman PW, Sävendahl L. Body height and the excess cancer risk in men. Int J Cancer. 2025;1–11. doi:10.1002/ijc.70108

