日本の認知症の4割は予防可能。 その修正可能因子とは?

中枢神経・脳

超高齢社会における認知症の「防げる未来」を可視化する

日本は世界で最も平均寿命が長い国の一つであり、同時に世界に類を見ないスピードで超高齢社会へと突き進んでいます。2024年時点で65歳以上の人口は約29.3パーセントに達し、2045年には3人に1人が高齢者となる推計です。こうした背景の中、認知症は日本の高齢者における障害調整生存年(DALYs)を損失させる最大の要因となっています。

これまで認知症、特にアルツハイマー型認知症に対しては、アミロイドベータの除去を標的としたレカネマブやドナネマブといったモノクローナル抗体薬が開発され、臨床現場への導入が始まっています。しかし、その高額なコストや臨床的な有効性の限定、さらには導入可能な施設の制約など、治療のみでこの巨大な波を食い止めることには限界が見え始めています。今、我々に求められているのは「治療」のさらに手前にある「予防」の科学です。本研究は、日本の最新データを用いて、私たちが自らの手で変えられるリスク因子が、どれほど認知症の発症に関与しているかを冷徹に、そして希望を持って描き出しています。

本研究のフレームワーク

本研究は、単一の臨床試験ではなく、日本全国の公的な統計データやコホート研究を統合した大規模な疫学推計モデルです。その構造を簡潔なPECO形式で整理すると以下のようになります。

P(対象):日本の一般成人人口

E(曝露):2024年のランセット委員会が定義した14の修正可能なリスク因子(教育歴、難聴、高LDLコレステロール、抑うつ、頭部外傷、身体的不活動、喫煙、糖尿病、高血圧、肥満、過度な飲酒、社会的孤立、大気汚染、未治療の視力障害)

C(比較):各リスク因子に曝露していない、あるいはリスクを10パーセントから20パーセント削減した仮想的な状況

O(アウトカム):認知症の人口寄与分(Population attributable fractions;PAF)および潜在的影響分(Potential impact fractions;PIF)

このモデルにより、日本特有のリスク因子の有病率に基づいた、極めて精度の高い「予防の地図」が完成しました。

既存研究との決定的な違い:なぜグローバルな指標では不十分だったのか

これまで、2017年から数回にわたりランセット委員会が発表してきた認知症リスクに関する報告は、世界的な注目を集めてきました。しかし、それらは主に欧米諸国のデータに基づいたグローバルな平均値であり、必ずしも日本の社会構造や生活習慣を反映していませんでした。

本研究の最大の新奇性は、14のリスク因子すべてにおいて、可能な限り最新の「日本固有の有病率データ」を採用した点にあります。例えば、グローバルなデータでは頭部外傷の有病率は12.1パーセント、教育歴の低さは23.2パーセントと報告されていますが、日本においてはそれぞれ3.1パーセント、7.0パーセントと極めて低い数値となっています。これは日本の高い教育水準や交通安全、治安の良さを反映した結果です。逆に、身体的不活動や高血圧といった生活習慣病に関連する因子は、日本においてより深刻な寄与を示していることが明らかになりました。つまり、欧米のコピーではない「日本人のための予防戦略」の必要性を、データが裏付けたのです。

日本の認知症の38.9パーセントが予防可能である

研究の結果、14のリスク因子をすべてコントロールできた場合、日本の認知症の38.9パーセントが予防可能であるという衝撃的な数値が導き出されました。約10件のうち4件の認知症は、運命ではなく、我々の選択によって変えられる可能性があるということです。

特筆すべきは、共線性(リスク因子間の重なり)を調整した加重PAFのランキングです。最も大きな影響を与えていたのは難聴であり、そのPAFは6.7パーセントに達しました。次いで、身体的不活動が6.0パーセント、高LDLコレステロールが4.5パーセントと続きます。これら上位3因子だけで、全体の予防ポテンシャルの約17.3パーセントを占めています。

一方で、社会的孤立(3.5パーセント)、糖尿病(3.0パーセント)、高血圧(2.9パーセント)、抑うつ(2.6パーセント)、大気汚染(2.5パーセント)、喫煙(2.2パーセント)といった因子も、中等度の寄与を示しており、これらを複合的に管理することの重要性が示唆されました。

なお、この研究においてはMidlife 中年期とは、40歳-69歳としています。

日本における認知症予防の鍵:難聴、身体的不活動、そして代謝異常

1位 難聴

なぜ「難聴」がこれほどまでに大きなリスクとなるのでしょうか。聴覚入力の減少は、脳の側頭葉への刺激を枯渇させ、機能的な萎縮を加速させます。

また、聞こえの悪さはコミュニケーションの意欲を削ぎ、社会的孤立や抑うつを誘発するという、負の連鎖の起点となります。

しかし、日本における難聴自覚者の補聴器使用率はわずか15パーセント程度であり、他の先進国に比べて著しく低いのが現状です。これは、補聴器に対する心理的・経済的なハードルが、脳の健康を損なう大きな壁となっていることを示しています。

2位 身体的不活動

第2位の身体的不活動については、本研究では「30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続していない状態」と定義されています。日本は公共交通機関が発達していますが、デスクワークの増加や都市構造の変化により、意識的な運動をしない層の割合が75.9パーセントと極めて高く、これが認知症リスクを押し上げています。

3位 高LDLコレステロール

第3位の高LDLコレステロール(130mg/dl以上)は、脳血管障害を介した認知機能低下のみならず、脳内におけるアミロイドベータの蓄積やクリアランス機能への影響といった、アルツハイマー病の本態的なプロセスへの関与が示唆されています。

分子標的療法の限界と、生活習慣という最強の処方箋

現在の分子生物学的な研究において、ApoE4遺伝子多型といった遺伝的素因は、認知症発症の最大のリスクとされています。しかし、遺伝子は現時点では修正不可能です。一方で、本研究が示した14の因子は、すべて介入が可能な「環境」や「習慣」です。

もし日本全体でこれらのリスク因子を20パーセント削減できれば、約40万7千人の認知症発症を回避できるというPIFの試算は、いかなる最新薬の効果をも凌駕する可能性を示しています。アミロイドベータを除去する抗体薬が1人あたり年間数百万円のコストを要することを考えれば、生活習慣の改善という「処方箋」の医療経済的な価値は計り知れません。

明日から実践すべき予防の三本柱:介入のロードマップ

この研究結果を、私たちは明日からの臨床や生活にどう活かすべきでしょうか。読者が実践できる具体的な行動は以下の3点に集約されます。

第一に、40代から50代の中年期以降、少しでも聞き取りにくさを感じたら、躊躇なく精密な聴力検査を受け、適切な介入(補聴器の早期検討など)を行うことです。難聴の放置は、脳の老化を許容することに等しいと認識すべきです。

第二に、運動を「趣味」ではなく「脳の保護薬」として位置づけることです。週に2回、30分の早歩きを追加するだけで、リスクのPIFを確実に下げることができます。身体を動かすことは、脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌を促し、神経細胞の可塑性を維持する生物学的な報酬をもたらします。

第三に、代謝プロファイルの厳格な管理です。LDLコレステロール値を130mg/dl未満に、血圧を140/90mmHg未満に、HbA1cを6.5パーセント未満に保つことは、全身の血管を守るだけでなく、脳内のアミロイド蓄積を防ぐ防波堤となります。

Limitation(研究の限界)

本研究にはいくつかの限界も存在します。まず、使用された14の因子に関する有病率データは、異なる時期の統計に基づいています。例えば、喫煙や身体的不活動のデータは2019年から2022年のものですが、頭部外傷や視力障害のデータは1990年代から2000年代の古い調査に依存している部分があります。また、リスクの強さを示す相対リスク(RR)については、多くが欧米のコホート研究に基づいたランセット委員会の数値を採用しており、日本人の遺伝的・文化的背景におけるRRと完全に一致するかは今後の課題です。感度分析では日本独自のハザード比を用いた場合、予防ポテンシャルはさらに高まる(41.8パーセント)可能性も示されていますが、依然として全因子の統一的な解析には至っていません。さらに、PIFの推計はあくまで理論上の上限値であり、実際のリスク削減がどの程度の期間を経て認知症発症率に反映されるかという動的な側面までは考慮されていません。

結び:認知症との共生、そして回避への挑戦

38.9%は「認知症全体のうち、これだけの割合が生活習慣や環境の改善で回避できる可能性がある」という、非常に前向きなメッセージを持った数字です

遺伝や加齢といった「どうしようもないこと」が原因のケースもありますが、残りの約4割については、私たちが明日から「運動をする」「耳を大切にする」「健康診断の数値を気にする」ことで、その運命を変えられるかもしれないということを示しています 。

認知症はもはや、一部の不幸な人が患う疾患ではなく、長寿を達成した人類が直面する普遍的な課題です。2024年に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が目指すのは、認知症になっても安心して暮らせる社会ですが、それと同時に、可能な限りの発症を遅らせ、予防することは、個人の尊厳を守るための不可欠な戦略です。

本研究が示した38.9パーセントという数字は、決して楽観的な夢物語ではありません。それは、私たちが「耳を守り」「身体を動かし」「代謝を整える」という、一見地味で基本的な営みの先に、認知症という巨大な影を振り払う確かな光が差していることを科学的に証明したものです。明日からのライフスタイルの選択が、数十年後の脳の景色を変えるのです。

参考文献

Wasano K, Jørgensen K. The potential for dementia prevention in Japan: a population attributable fraction calculation for 14 modifiable risk factors and estimates of the impact of risk factor reductions. Lancet Reg Health West Pac. 2025;m: 101792. Published Online XXX. https://www.google.com/search?q=https://doi.org/10.1016/j.lanwpc.2025.101792.

参考:認知症の修正可能な因子(Lancet 2024)

2024年Lancet誌に発表された研究では、認知症のおよそ45%は予防可能で、その45%を占める要素の中には高LDL血症7%、不活動2%、糖尿病2%、喫煙2%、高血圧2%、肥満1%、飲酒過多1%(全て中年期(18-65歳)において)があり、それぞれの割合を占めていると推定されています。生活習慣に関わるような因子を合わせるとおおよそ17%ということになります。
(Lancet. 2024 Jul 30:S0140-6736(24)01296-0. )

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