日本の女性における家事ストレスと心理的健康の力学

女性医療

(日本)

はじめに

日本の家庭において、家事や育児は長らく女性の献身によって支えられてきました。
幼い子供を持つ既婚夫婦の間で、1日の家事労働に費やす平均時間は夫が83分、妻の454分と大きな差があります。男性が稼ぎ手であり、女性が家族の責任を負うという、日本人の考え方に根強く残る伝統的な性別役割を反映していると思われます。
家事分担の不平等に加え、日本人女性は家庭内で家事を自らこなす傾向があります。2017年の政府調査によると、女性の約97%が家事代行サービスを利用したことがないことが明らかになり、また、食器洗い機や乾燥機を所有している女性は半数以下です。さらに、家事の質も高く、欧米の新聞は、典型的な日本の夕食は複数の小皿料理で構成され、女性が子供のために用意するお弁当は「芸術作品」だと報じているほどです。このように、日本人女性の家事の量と質は膨大です。
その日々積み重なる重圧が、女性の精神をどれほど摩耗させているのかについては、これまで科学的な光が十分に当てられてきませんでした。

今回ご紹介する研究は、秋田大学のMaedaらによって2019年に発表されたもので、日本の女性が抱える家事ストレスと心理的健康の関連を、産業保健分野で確立された評価モデルを用いて定量的に解き明かした論文です。

研究プロトコールの概要(PECO)

本研究は横断研究であり、概要を整理すると以下のようになります。

P(対象者):25歳から59歳までの、パートナーと同居している日本人女性3,000名(就労女性2,000名、専業主婦1,000名)。

E(要因):家事ストレス(家事要求度および家事コントロール)、ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の葛藤)、職業ストレス。

C(比較):家事ストレスや社会的支援の強弱による心理的健康の差異。

O(アウトカム):自己評価による心理的健康(SF-36のメンタルヘルス・スコアおよび活力スコア)。

家庭内労働の科学的評価:産業モデルの転用

これまで、仕事のストレス評価には「仕事要求度ーコントロールモデル(DCSモデル(job demand-control-support model))」が広く用いられてきました。これは、仕事の負担(要求度)が大きく、かつ自分の裁量(コントロール)が小さいほど、精神的健康が悪化するという理論です。本研究の最大の新規性は、このモデルを家庭内での無償労働、つまり家事に応用した点にあります。

先述のように、日本の現状として、1日あたりの家事・育児時間(幼い子)は、夫がわずか83分であるのに対し、妻は454分という圧倒的な差が存在します。研究チームは、この不均衡な環境下で、家事の要求度とコントロールがどのように女性の心理に影響するかを分析しました。さらに、仕事と家庭の役割葛藤を測定するために、日本語版ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度(Work–Family Conflict Scale ;WAFCS-J)を新たに開発・妥当性を検証し、分析の精度を高めています。

女性のメンタルヘルスに何が関係している?

調査の結果、非常に明確な事実が浮かび上がりました。

家事の負担、家事のコントロール度

就労女性は専業主婦に比べて家事のコントロール度が低く、パートナーや両親からのサポートが高かった(p < 0.001)が、家事の負担と精神的健康状態は両グループ間で類似していました。

就労の有無にかかわらず、家事の要求度が高く、家事のコントロールが低い女性ほど、心理的健康スコアが有意に低いことが示されました。

具体的には、就労女性グループにおけるメンタルヘルス・スコアの平均は46.3、専業主婦グループでは46.6であり、両者に大きな差はありませんでした。しかし、多変量解析によって個別の要因を詳しく見ると、家事の要求度が1ポイント増加するごとに、メンタルヘルス・スコアは負の方向に有意に変動します。

就労女性のwork-to-family conflict

また、就労女性特有のデータとして、ワーク・ファミリー・コンフリクト(work-to-family conflict;WFC)の存在が挙げられます。仕事から家庭への負の影響が強い場合、つまり、仕事の負担が原因で、家庭での役割や生活に支障が出ていると、メンタルヘルスおよび活力の両面で著しい低下が見られました。

専業主婦

専業主婦グループでは、家族の介護に従事していることが心理的健康に強い負の関連を示しており、家庭内でのケア役割が精神的な負担を増幅させている実態が浮き彫りになりました。
一方、子供がいることや両親/義理の両親からのサポートは、自己評価による心理的健康状態と正の関連を示しました。

パートナー支援のパラドックス

本研究における最も興味深く、かつ衝撃的な発見の一つは、パートナー(夫)からの支援に関するデータです。アンケートにおいて、約35%の女性がパートナーからの支援を「良い」または「非常に良い」と回答しました。しかし、統計モデルで他の要因(家事の要求度やコントロールなど)を調整したところ、パートナーの支援と心理的健康の間に有意な関連は見られませんでした

これは、日本の社会的・文化的背景を反映している可能性があります。伝統的な性別役割分業意識が根強い中では、女性自身がパートナーに対して過度な期待を抱かないように適応しているか、あるいはパートナーが提供する支援の内容が、女性が真に必要としているニーズ(精神的な理解や実質的なタスクの共有)と合致していない可能性が示唆されます。つまり、表面的な手伝いだけでは、女性が抱える根本的な家事ストレスを解消するには至らないという厳しい現実を示しています。

子供の存在と活力の意外な関係

一方で、明るい兆しを見せるデータも得られました。驚くべきことに、12歳以下の幼い子供がいることは、両グループにおいて心理的健康(特に活力)と正の相関を示しました。育児は物理的な家事要求度を確実に高める要因ですが、それ以上に、子供の存在が社会的なサポートを引き出すハブとなったり、母親に心理的な充足感や活力を与えたりするポジティブな側面があることが示唆されました。これは、育児負担という側面だけでなく、家族の絆や役割の意義が精神的レジリエンスとして機能していることを示しています。

本研究の新規性と独自性

本研究の独自性は、以下の3点に集約されます。

  1. 日本で初めて、家事領域にDCSモデルを適用し、家事の質的側面(裁量権)が健康に与える影響を証明したこと。
  2. 就労女性だけでなく、専業主婦も含めた大規模な比較分析を行い、どちらの立場であっても家事の性質そのものが重要であることを明らかにしたこと。
  3. 信頼性の高い日本語版ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度(WAFCS-J)を確立し、今後の日本における家族・労働研究の基盤を作ったこと。

本研究の限界(Limitation)

もちろん、本研究にもいくつかの限界が存在します。

第一に、横断的調査であるため、因果関係を断定することはできません。例えば、心理的健康が悪化しているために、家事をコントロールできないと感じている可能性も否定できません。

第二に、オンライン調査パネルを用いたことによる選択バイアスです。本調査の参加者は大学卒業以上の学歴を持つ割合が約30%から35%と、当時の国勢調査の結果(約15%)と比較して高く、日本の平均的な人口統計とは若干の乖離があります。

第三に、パートナーからの支援を二値化して評価したため、支援の質や具体的な内容までを詳細に捉えきれていない可能性があります。

明日から実践できる、家事ストレスのマネジメント

この研究結果を私たちの生活にどう活かすべきでしょうか。論文から得られる知見をもとに、以下の3つのステップを提案します。

  1. 家事のコントロール(裁量権)を再定義する:家事の負担量(要求度)を減らすことは、物理的な制約から難しい場合があります。しかし、研究結果は「コントロール感」を高めることの重要性を示しています。自分がいつ、どのように家事を行うかを自分で決められる感覚を持つことが、メンタルを守る鍵です。家族の過度な要望に振り回されるのではなく、自分のペースで進められる境界線をパートナーと再確認してください。
  2. ワーク・ファミリー・コンフリクトを可視化する:特に就労女性は、仕事と家庭が互いを侵食している感覚に注意を払う必要があります。開発されたWAFCS-Jの項目にあるように、「仕事のせいで家でイライラする」「家のことで疲れ果てて仕事に集中できない」といったサインが出ていないか定期的にセルフチェックし、必要であれば業務量や家事の優先順位を調整する指標としてください。
  3. 社会的支援の源を多角化する:パートナーからの支援だけでは不十分な場合があります。本研究で活力との関連が見られたように、実家や義実家、あるいは地域やプロのサービスなど、家族以外からのサポートを積極的に取り入れることで、精神的な活力を維持できる可能性が高まります。家族だけで完結させようとせず、外部の目を入れることで、家庭という閉鎖的な空間に風を通すことが重要です。

日本の女性たちが担っている家事は、単なるルーチンワークではなく、高度な調整能力と精神的エネルギーを要する労働です。その価値と重圧を科学的に理解することは、個人の健康を守るだけでなく、より公平な社会を構築するための第一歩となるはずです。

参考文献

Maeda, E., Nomura, K., Hiraike, O., Sugimori, H., Kinoshita, A., & Osuga, Y. (2019). Domestic work stress and self-rated psychological health among women: a cross-sectional study in Japan. Environmental Health and Preventive Medicine, 24(1), 75.

Domestic work stress and self-rated psychological health among women: a cross-sectional study in Japan - Environmental Health and Preventive Medicine
Background Despite the huge burden of domestic work on women in Japan, its effects on their health have been poorly inve...

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