自分の鼓動を強く感じる理由 – 脳と心臓がつながり「内受容感覚(Interoception)」

中枢神経・脳

夜、布団に入った時に自分の鼓動を強く感じ、不安に襲われることがしばしばあります。心配になり医療機関を受診するが、「問題ない」、「正常です」、「気にし過ぎです」、「気のせいです」などとあしらわれてしまうことも。しかし、それでも気になる、心配。。。。

しかし、心臓自体に異常がなくても、鼓動を感じる、動悸を感じることはあるのです。気のせいではありません。


鼓動を感じるプロセスは単に心臓の動きによるものではなく、脳と心臓が密接に連携することで生まれる「内受容感覚(Interoception)」に深く関わっています。この内受容感覚は、私たちの体の内部状態を感じ取るシステムであり、心臓のリズムを通じて、脳に信号が送られることで、私たちは鼓動を認識しています。近年の研究により、この心拍の内受容感覚がどのように形成され、何が強い鼓動感や不安感に影響を与えるのかが明らかになってきました。

内受容感覚と心拍感覚のメカニズム

心臓が一拍ごとに脳へ情報を送り、脳内で処理されることで、私たちは自分の鼓動を認識します。この情報は「右島皮質」や「前部帯状回」といった脳の部位で処理され、これが鼓動感を生み出す内受容感覚の一部となります。特に右島皮質は、交感神経系(緊張や活動を高める役割)と連携しており、心拍変動に敏感に反応します。右島皮質が過剰に活性化すると、鼓動が通常よりも強く、不安感を伴って感じられることがあります。

この内受容感覚はまた、心理状態にも影響を受けます。たとえば、パニック障害や不安障害のある人々では、心拍感覚が過敏で、心拍の変化に対してより強い不安を感じやすいことが知られています。これは、脳内のα2アドレナリン受容体が過敏であり、ノルアドレナリンの分泌が活発であることに関係していると考えられています。この過敏な内受容感覚が、不安やストレスの状況で鼓動を強く感じる要因となるのです。

内受容感覚と身体の特徴

興味深いことに、内受容感覚の強さは身体の構造とも密接に関連しています。具体的には、BMI(体格指数)が低い人や体脂肪率が低い人ほど内受容感覚が鋭敏で、心拍に対する感覚が高いことが多いと報告されています。これは、体脂肪が少ないと皮膚の感覚受容体が心拍に敏感になり、直接的な心拍感覚が得やすくなるためと考えられています。心臓の拍動の自覚は、体壁に存在する体性感覚のレセプターも関与していることが示唆されます。また、心拍感覚の高い人は不安障害のリスクも高く、一方でうつ病などの症状を持つ人では内受容感覚が鈍化する傾向があるとされています。

さらに、神経伝達物質の影響も無視できません。例えば、ノルアドレナリンの分泌を促進する「ヨヒンビン」を使用した実験では、心拍が一層強く感じられ、不安や緊張が増幅することが確認されています。この反応は、パニック障害や不安障害を持つ人々に特に顕著で、内受容感覚と神経伝達物質の関係が鼓動の自覚に密接に関与していることを示唆しています。

新たな治療の可能性 – 内受容感覚の調整

心拍感覚が強く感じられることが心理的に負担となる場合、治療が必要になることもあります。従来の薬剤治療に加え、近年注目されている治療法に「経頭蓋磁気刺激法(rTMS)」があります。この治療法は、脳の特定部位、特に右島皮質をターゲットにして内受容感覚を調整する方法です。rTMSによって神経信号の経路を抑制し、心拍感覚が不安や不快感として感じられるのを和らげることが期待されています。rTMSは、内受容感覚に関連する神経回路に直接作用し、内受容感覚を調整する可能性があるため、特に非心臓性の強い鼓動感に対して有効な治療法と考えられています。(2024年11月現在、保険適応はありません)

加えて、α2アドレナリン受容体に作用する薬剤も選択肢の一つです。例えば「クロニジン」などのα2アドレナリン受容体作動薬が、心拍感覚を緩和するのに効果的であり、不安やパニック障害が原因でない場合の心拍感覚の緩和にも利用できる可能性があります。(2024年11月現在、保険適応はありません)α2アドレナリン受容体作動薬は元来高血圧の薬ですが、一般的にはあまり使われていません。

まとめ

鼓動が強く感じられるとき、それは心臓だけでなく脳の働きと、内受容感覚によるものである可能性があります。この複雑な心臓と脳の連携は、分子レベルでの神経伝達物質や受容体の働きによって調整されています。自分の鼓動が通常よりも強く感じられるとき、内受容感覚の仕組みを知ることで、その感覚を理解し、安心感を得られることもあるでしょう。

参考文献

Kandiah JW, Blumberger DM, Rabkin SW. The Fundamental Basis of Palpitations: A Neurocardiology Approach. Curr Cardiol Rev. 2022;18(3):e090921196306. doi: 10.2174/1573403X17666210909123930. PMID: 34503434; PMCID: PMC9615214.

参考動画

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