日本の冬に欠かせない習慣である「お風呂」。その一方で、入浴中に突然死が発生するリスクが高齢者を中心に存在します。
2017年に発表された論文「Sudden Death Phenomenon While Bathing in Japan」は、この問題を詳しく調査し、多くの重要な知見を提供しています。ここではその研究結果を解説します。
入浴中突然死の実態
この研究は、東京都、山形県、佐賀県の3地域における2012年10月から2013年3月までの冬季に発生した入浴関連の心停止や死亡事故を調査しました。その結果、次のような興味深いデータが得られました:
- 死亡数と死亡率
- 調査対象期間中、全体で4,599件の入浴関連事故が報告され、そのうち1,527件(33%)が心停止に該当しました。
- 粗死亡率(10万人あたり)は、東京都で10.0、山形県で11.6、佐賀県で8.5でした。これを全国規模で推定すると、冬季(10月~3月)の死亡者数は約13,369人(95%信頼区間: 10,862~16,887)にのぼります。
- 年齢層別の死亡率
年齢が上がるにつれて死亡率が顕著に増加する傾向が見られました。- 70~74歳の死亡率は21.4(10万人あたり)、75~79歳で39.0、80~84歳で69.2、85歳以上では驚異の91.6に達しました。
- 高齢者(65歳以上)の割合は全体の約90%を占めています。
- 事故発生場所と状況
- 約93%の事故は自宅で発生し、そのうち92%以上が浴槽内で起こりました。
- 心停止が発生したケースのうち、82%以上で被害者の顔が湯に浸かっている状態で発見されました。これは溺水が主要因である可能性を示しています。
- アルコール摂取が事故に関連したケースは全体の14%と比較的少数でした。
メカニズムの考察:寒冷環境と循環器への影響
入浴中突然死の背後には、急激な体温変化や循環器系への負荷が関与しています。
- 急激な血圧変動
温浴による血管の拡張と寒冷環境からの急激な体温上昇が血圧を急激に変動させ、特に脳や心臓への血流不足(脳虚血や心筋虚血)を引き起こします。この現象は、高齢者や循環器疾患を持つ人々にとって致命的なリスクとなります。
ちなみに、このような病態を「ヒートショック」と表現することがありますが、これは正式な医学用語ではなく俗称です。医師はあまりこの表現を使いません。 - 寒冷刺激による交感神経の過活動
寒冷刺激は交感神経系を活性化させ、カテコラミン(アドレナリンやノルアドレナリン)濃度を急上昇させます。この影響で心拍数や血圧が一時的に急激に上昇し、不整脈(特に心室細動)が誘発される可能性があります。 - 意識障害と溺水
脳虚血や循環器系の急変により意識障害が発生し、顔が湯に浸かった状態で溺水に至るケースが多く見られます。
健康な中年女性の突然死:リスクは高齢者だけではない
健康で活躍中の俳優、50代女性が入浴中に突然死したニュースは、多くの人に衝撃を与えました。このケースは、若年層や中年層においても、過労、ストレス、高血圧、未診断の心疾患といったリスク因子が存在する場合、同様の危険があることを示しています。心臓や循環器の健康状態を定期的に確認することが全世代にとって重要です。
リスク軽減のための対策
このような事態を防ぐために、以下の対策が推奨されます:
- 温度管理
脱衣所と浴室を十分に暖めることで、寒冷刺激を軽減します。浴槽の温度は40℃以下に設定しましょう。 - 入浴前後の準備
入浴前に軽い水分補給を行い、血液の循環を助けます。急に熱い湯に入らず、かけ湯をして徐々に体を温めましょう。 - 一人での入浴を避ける
特に高齢者や持病を持つ人は、家族や介助者が付き添うことで緊急時に迅速な対応が可能になります。 - 定期的な健康診断
未診断の高血圧や心血管疾患を早期に発見し、適切な治療を受けることが不可欠です。
入浴は日本の文化に根ざした癒しの時間ですが、リスクを正しく認識し適切な対策を講じることで、安心して楽しむことができます。寒い冬でも、温かいお風呂の心地よさを安全に享受し、健康を保ちながら日々を過ごしましょう。
参考文献
Suzuki M, Shimbo T, Ikaga T, Hori S. Sudden Death Phenomenon While Bathing in Japan - Mortality Data. Circ J. 2017 Jul 25;81(8):1144-1149. doi: 10.1253/circj.CJ-16-1066. Epub 2017 Apr 8. PMID: 28392545.