更年期・閉経のホルモン補充療法と心血管疾患リスク

女性医療

更年期を迎えた女性たちにとって、ホルモン補充療法(HRT)はホットフラッシュや睡眠障害といった不快な症状を和らげ、生活の質を大きく改善する可能性があります。しかし、HRTを開始する際に懸念されるのが、心血管疾患のリスクです。このリスクは、使用するホルモンの種類や投与経路によって大きく異なります。ここでは、スウェーデンの全国登録データを基にした最新の研究をもとに、HRTが心血管リスクに及ぼす影響について解説します。

HRTの多様性と心血管疾患リスク

この研究では、2007年から2020年の間にスウェーデン全国で50-58歳の女性919,614人を対象に、閉経ホルモン療法(HRT)の心血管疾患リスクへの影響が評価されました。その結果、HRTの種類や投与経路ごとに心血管疾患リスクが大きく異なることが明らかになりました。

特に経口療法では、 以下のリスク増加が確認されています:

  • 経口連続併用療法:静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクが61%増加(ハザード比1.61、95%信頼区間1.35-1.92)。
  • 経口断続併用療法:VTEリスクが100%増加(ハザード比2.00、95%信頼区間1.61-2.49)。
  • 経口エストロゲン単独療法:VTEリスクが57%増加(ハザード比1.57、95%信頼区間1.02-2.44)。

一方、経皮療法ではこれらのリスク増加が見られず、心血管疾患に対して安全性が高い選択肢であることが示されました。

ティボロン(tibolone)の影響とリスク

ティボロン(tibolone)は、エストロゲン、プロゲステロン、アンドロゲン作用を兼ね備えた合成ホルモンですが、今回の研究では心血管リスクにおいて特異な特徴を持つことが分かりました。

  • 脳梗塞のリスク:97%増加(ハザード比1.97、95%信頼区間1.02-3.78)。
  • 心筋梗塞のリスク:94%増加(ハザード比1.94、95%信頼区間1.01-3.73)。
  • 静脈血栓塞栓症:増加は見られず(ハザード比0.76、95%信頼区間0.38-1.53)。

これらの結果は、ティボロンが動脈性血栓(心筋梗塞や脳梗塞)には影響を与えるが、静脈性血栓(VTE)には影響を与えないことを示しています。この違いは、ティボロンの複雑な分子作用機序に起因すると考えられます。特に、ティボロンはC反応性タンパク(CRP)の濃度を上昇させる可能性があり、これが動脈硬化性プラークの不安定化を招き、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高める可能性があります。

投与経路による影響の違い:経口療法と経皮療法

エストロゲンの投与経路は、心血管リスクの重要な決定因子となります。

  • 経口療法:肝臓での初回通過効果により、凝固因子の産生が促進され、血栓形成リスクが高まります。
  • 経皮療法:肝臓での初回通過を回避し、凝固因子への影響を最小限に抑えます。その結果、心血管疾患リスクを増加させる可能性が低いとされています。

この経路依存性は、HRTの選択において重要なポイントとなります。心血管リスクが高い女性には、経皮療法が推奨されることが多いのはこのためです。

安全性とリスクのバランス 

スウェーデンの最新ガイドラインでは、閉経後10年以内または60歳未満でHRTを開始することが推奨されています。このタイミングは、ホルモン補充が血管の健康に与える影響を最小限に抑えるために重要です。実際、この研究でも、閉経後10年以内にHRTを開始した女性では、心血管疾患リスクの増加が軽減される傾向が確認されています。

分子生物学的視点 

エストロゲンは、血管内皮の機能を保護する作用を持ち、血管拡張や抗酸化作用を通じて心血管系にプラスの影響を与えます。しかし、プロゲステロンの追加がエストロゲン作用を増強し、結果として凝固因子の生成をさらに促進する可能性があります。分子レベルでは、エストロゲンが一酸化窒素(NO)の産生を促進し、血管拡張をサポートする一方、プロゲステロンはこの効果を部分的に相殺することが示唆されています。この相互作用が、HRTにおけるリスクとベネフィットのバランスに影響を与える鍵となるでしょう。

最後に

本研究の結果から、不適切なHRTの使用は心血管疾患リスクを高める可能性がありますが、正しい選択と適切な管理の下でHRTは安全に使用できます。特に経皮療法やエストロゲン単独療法は、多くの女性にとってリスクが少なく、効果的な選択肢です。また、生活習慣の改善(例えば、適度な運動や健康的な食事)と組み合わせることで、さらに安全性を高めることが期待されます。

閉経ホルモン療法は、更年期症状を軽減し、生活の質を向上させる強力なツールです。ただし、その使用にあたっては、患者個々のリスクプロファイルを考慮し、投与経路やホルモンの種類を慎重に選択することが重要です。


参考文献

Johansson, T., Karlsson, T., Bliuc, D., et al. “Contemporary menopausal hormone therapy and risk of cardiovascular disease: Swedish nationwide register based emulated target trial.” BMJ 2024;387:e078784. DOI:10.1136/bmj-2023-078784.

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