はじめに
家族歴が疾患の発症リスクに及ぼす影響は、古くから指摘されてきたが、具体的にどの程度のリスク上昇をもたらすのか、また、どのように活用できるのかについては、必ずしも明確ではなかった。今回取り上げる研究は、2型糖尿病(T2DM)、高血圧、脂質異常症に関する家族歴(親、兄弟姉妹、祖父母)が、それらの疾患の有病率および発症率にどのように関連するかを検討することを目的としている。Toranomon Hospital Health Management Center Study(TOPICS24)のデータによる41,361人の日本人を対象にした横断的(cross-sectional)および縦断的(longitudinal)研究である。
横断研究の結果:家族歴と疾患リスクの強い関連
対象者は1997年から2007年の間に虎の門病院健康管理センターで定期健康診断を受けた41,361人の日本人。平均48歳、男女比は男性71.1%、女性28.9%であった。
本研究の最大の強みは、家族歴の詳細な定量化にある。本研究の横断研究結果によると、親や兄弟姉妹、さらには祖父母を含む家族歴を考慮した場合、各疾患の発症オッズ比(OR)は次のように増加した。
2型糖尿病(T2DM)
- 1人の家族歴がある場合:OR = 2.73(95% CI: 2.47–3.02)
- 2人の家族歴がある場合:OR = 6.22(95% CI: 5.16–7.48)
- 3人以上の家族歴がある場合:OR = 12.00(95% CI: 7.82–18.41)
- 3世代にわたる家族歴がある場合:OR = 20.43(95% CI: 11.0–37.8)
高血圧
- 1人の家族歴がある場合:OR = 1.92(95% CI: 1.81–2.04)
- 2人の家族歴がある場合:OR = 2.90(95% CI: 2.67–3.14)
- 3人以上の家族歴がある場合:OR = 4.12(95% CI: 3.56–4.78)
- 3世代にわたる家族歴がある場合:OR = 3.57(95% CI: 2.73–4.67)
脂質異常症
- 1人の家族歴がある場合:OR = 2.65(95% CI: 2.36–2.97)
- 2人の家族歴がある場合:OR = 3.81(95% CI: 2.89–5.03)
- 3人以上の家族歴がある場合:OR = 4.49(95% CI: 1.72–11.75)
- 3世代にわたる家族歴がある場合:OR = 5.26(95% CI: 3.56–7.76)
高血圧や脂質異常症についても、家族歴があることが発症リスクを有意に上昇させた。
この結果から明らかなのは、家族歴が重なるほどリスクは指数関数的に増加するという事実だ。
縦断研究の結果:家族歴と疾患発症のリスク増加
本研究では、12,710人を対象にした縦断研究も実施され、家族歴と疾患発症リスクの関係が評価された。
本研究の追跡期間(観察期間)の中央値は以下の通り。
- 2型糖尿病(T2DM):5.8年
- 高血圧:5.6年
- 脂質異常症:5.0年
この追跡期間の間に、T2DMの発症率は3.2%、高血圧は11.2%、脂質異常症は38.4%であった。
縦断研究の結果、家族歴があることが疾患の発症リスクを有意に増加させることが示された。
2型糖尿病(T2DM)
- 家族歴なし:HR = 1.00(基準)
- 家族歴あり:HR = 2.40(95% CI: 1.93–2.98)
高血圧
- 家族歴なし:HR = 1.00(基準)
- 家族歴あり:HR = 1.43(95% CI: 1.26–1.62)
脂質異常症
- 家族歴なし:HR = 1.00(基準)
- 家族歴あり:HR = 1.41(95% CI: 1.08–1.83)
この結果から、家族歴がある人は疾患の発症リスクが高く、長期的な健康管理が必要であることが示唆される。
遺伝か環境か?家族歴が持つ情報の本質
遺伝学の進展により、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症に関連する多数の遺伝子多型(SNP)が明らかになっている。特に、PPARG, TCF7L2, KCNJ11などの遺伝子変異がT2DMの発症に関与していることが分かっている。
一方で、本研究では、ポリジェニックリスクスコア(Polygenic Risk Score;PRS)と家族歴のリスクは独立していることも示唆されている。つまり、
- 家族歴には、環境要因(食生活、運動習慣など)の影響も含まれる
- 遺伝的リスクが低くても、家族歴があればリスクは上昇する
この点は重要であり、家族歴がある人は、遺伝子検査の有無にかかわらず、疾患予防のための介入が必要であるという臨床的意義を持つ。
※ ポリジェニックリスクスコア(PRS)は、複数の遺伝的変異(SNP: 一塩基多型)を統合して、ある疾患の発症リスクを数値化した指標である。単一の遺伝子変異ではなく、多数の遺伝的要因の総合的な影響を反映することで、個人の遺伝的リスクをより精密に評価できる点が特徴である。
肥満との相互作用:リスクは指数関数的に増加する
さらに興味深いのは、家族歴と肥満(BMI≧30)の相互作用だ。研究によると、
- 家族歴があり、BMIが30以上の場合、T2DMのオッズ比は13.75(95% CI: 9.67–19.55)
- 高血圧のオッズ比は18.99(95% CI: 14.99–24.07)
つまり、家族歴と肥満が重なることで、単独のリスク因子よりもはるかに高いリスクを生じる。遺伝的素因に加えて、環境要因(食習慣や運動不足)が加わると、疾患リスクはさらに増幅する。
このことから、
・家族歴がある人は、肥満を回避することが極めて重要
・特にBMI 30以上の肥満者は、早期スクリーニングや生活習慣の見直しが必須
といった具体的な行動指針が導き出される。
実践的な提言:明日からできること
本研究の知見を基に、明日から実践できることを整理すると、
- 家族歴を正確に把握する
- 直系親族(親・兄弟姉妹・祖父母)の病歴を確認し、自分のリスクを把握する。
- BMIを正常範囲(18.5~24.9)に保つ
- たとえ家族歴があっても、BMIを適正範囲に保つことでリスクは大幅に低減できる。
- 早期スクリーニングを受ける
- 家族歴がある場合、T2DMならHbA1cや耐糖能検査、高血圧なら家庭血圧測定、脂質異常症ならLDLコレステロールや中性脂肪測定を定期的に行う。
- 生活習慣の見直し
- 食事:糖質・脂質の過剰摂取を避け、地中海式食事やDASH食を取り入れる。
- 運動:週150分以上の中等度運動(ウォーキング、ジョギングなど)を実践。
- 家族と情報を共有する
- 本研究の知見を家族に伝え、家族全体で健康意識を高める。
結論
本研究は、家族歴がT2DM、高血圧、脂質異常症の発症リスクに強い影響を与えることを明確に示した。特に、多世代にわたる家族歴の影響は強く、環境要因と遺伝要因が相互に影響を及ぼすことが示唆された。
本論文の知見を活かし、「家族歴を知ること」=「未来の健康を守ること」として、早期介入を積極的に行うことが求められる。
参考文献
Ikeda I, Igarashi R, Fujihara K, et al. Cross-sectional and Longitudinal Associations Between Family History of Type 2 Diabetes Mellitus, Hypertension, and Dyslipidemia and Their Prevalence and Incidence. Mayo Clin Proc. 2024;nn(n):1-13. doi:10.1016/j.mayocp.2024.10.020.