はじめに
心血管疾患(CVD)は依然として世界的な健康課題の最前線に位置しています。2022年、米国心臓協会(AHA)は心血管健康(cardiovascular health; CVH)を測定する新しい枠組みとして「Life’s Essential 8(LE8)」を導入しました。この100点満点のスコアリングシステムは、食事、身体活動、喫煙、睡眠、BMI、non-HDLコレステロール、血糖値、血圧という8つの健康指標を評価します。これまでの研究では、主に単一時点でのCVH測定に焦点を当てていました。しかし、喫煙による「パック年」やLDLコレステロールに関する「累積暴露仮説」が示すような、時間経過に伴う累積CVHがCVDリスクにどう影響するかについての理解は限られていました。
2025年4月に発表されたJAMA Cardiologyの最新研究では、ウォーカーらが若年成人期(18〜45歳)の累積CVHが中年期のCVDリスクとどのように関連するかを検証しています。この研究は、「喫煙量×年数(pack-years)」や累積LDLコレステロール値の概念を応用し、「累積CVH」という新しい視点からの分析を提供しています。
補足:Life’s Essential 8(LE8)について
8つの評価項目
LE8は以下の8つの項目から構成されます:
- 食生活(Diet)
- 身体活動(Physical Activity)
- ニコチン曝露(Nicotine Exposure/喫煙歴)
- 睡眠(Sleep Duration)
- 体格指数(Body Mass Index: BMI)
- 血中脂質(Non–HDL Cholesterol)
- 血糖値(Blood Glucose)
- 血圧(Blood Pressure)
100点満点スコアリングシステム
LE8の特徴的な点は、各項目を0~100点でスコア化する点です。つまり、合計は平均点として0〜100点となります。
- 各項目の点数は、「理想的(100点)」「中間的(50点前後)」「不良(0点)」と3段階評価を基本に、より詳細にスコア化されます。
- 全8項目の平均点が、その人のLE8スコアです。
研究方法
研究チームは、CARDIA(Coronary Artery Risk Development in Young Adults)研究のデータを使用しました。この縦断的コホート研究は1985-1986年に開始され、当時18〜30歳だった5,115人の米国人(黒人と白人)が参加しました。
研究者らは参加者のLE8スコアを時間の経過とともに測定し、18歳から45歳までの「累積LE8スコア」を計算するために曲線下面積(AUC)法を用いました。得点は「ポイント×年」という単位で表され、時間とともにLE8スコアがどう変化したかを示す「傾き」も算出されました。
アウトカムとしては、45歳以降の心筋梗塞、冠動脈血行再建術、心不全、脳卒中、一過性脳虚血発作、不安定狭心症での入院、頸動脈または末梢動脈疾患などのCVDイベントと全死因死亡が測定されました。
主要な結果
累積スコアと心血管リスク
研究対象は、4832名(女性55.7%、男性44.3%)。ベースライン時(1985–1986年)に18〜30歳だった被験者は、以後10回の詳細な健康評価を受けながら、2020年まで追跡されました。平均追跡期間は14.2年(68,591人年)で、この間に285件のCVDイベントと323件の死亡が記録されました。
分析の結果、18〜45歳の累積LE8スコアが高いほど、45歳以降のCVDと死亡のリスクが大幅に低下することが明らかになりました。
累積LE8スコアを4分位(Q1〜Q4)に分けて比較したところ、最も低いCVH群(Q1)と比較して、Q2、Q3、Q4ではそれぞれ以下のようにCVDリスクが低下していました。
- Q2(第2四分位):CVDリスクが56%低下(HR 0.44; 95% CI, 0.32-0.61)
- Q3(第3四分位):CVDリスクが74%低下(HR 0.26; 95% CI, 0.18-0.38)
- Q4(最高四分位):CVDリスクが88%低下(HR 0.12; 95% CI, 0.07-0.21)
死亡リスクについても同様の傾向が見られ、Q2、Q3、Q4はそれぞれQ1と比較して死亡リスクが49%、62%、71%低下しました。
累積スコアの連続変数解析
連続変数として分析した場合、累積LE8スコア20ポイント×年の増加はCVDリスクが3%低下(HR 0.97; 95% CI, 0.95-0.99)、死亡リスクが4%低下(HR 0.96; 95% CI, 0.93-0.98)と関連していました。これらの関連性は、45歳時点でのLE8スコアを調整しても統計的に有意でした。
たとえば、ある人が「平均して毎年80点のCVH」を維持していたとします。もしこの人が生活習慣を改善し、平均スコアが85点になったとすると、20年間で「(85−80)×20=100 point × years」の上乗せになります。これは、CVDリスクで15%(3%×5)、死亡リスクで20%(4%×5)の低下が期待できる、ということになります。
LE8スコアの傾きと心血管リスク
研究はさらに、累積LE8スコアに加えて、18〜45歳の間のLE8スコアの変化(傾き)もCVDリスクと関連していることを示しました。
同じ累積LE8スコアを持つ2人の若年成人を比較した場合、LE8スコアの傾きが正(改善を示す)であった人は、傾きが負(悪化を示す)であった人と比較してCVDリスクが35%低い(HR 0.65; 95% CI, 0.45-0.95)という結果でした。
(累積スコアが同等でも、LE8スコアが年齢とともに改善した群(positive slope)は、改善していない群と比べてCVDリスクがさらに38%低いことが示されました(HR 0.65)。)
年齢層別の分析
研究チームは年齢層別の分析も行い、32〜45歳の累積LE8スコアが45歳以降のCVDリスク(HR 0.91; 95% CI, 0.88-0.94)および死亡リスク(HR 0.95; 95% CI, 0.92-0.98)と有意に関連していることを見出しました。しかし、18〜31歳の期間ではこの関連性は有意ではありませんでした。
18〜31歳の累積LE8スコアが「将来のCVD・死亡リスクと有意な関連を示さなかった」理由は、「累積しにくい」からというよりも、「相対的に後年のCVHがより重要だった」からと解釈されます。
18〜31歳のCVHは、直接的なリスク低下との関連はやや薄く見えますが、「将来に向けた健康軌道の形成期」として重要と考えられます。
人種間の差異
興味深いことに、累積LE8スコアをモデルに組み込むことで、黒人と白人の間のCVDリスクと死亡率の差が消失しました。つまり、心血管健康の違いが、従来観察されていた人種間の心血管アウトカムの差の大部分を説明できる可能性を示唆しています。
臨床的意義と実践への応用
「ポイント×年」の概念の有用性
研究者らは「ポイント×年」が高リスクの若年成人を特定し、一次予防およびゼロ次予防(Primordial Prevention)戦略のターゲットにするための有用な方法になる可能性を示唆しています。
例えば、Q1からQ2へのわずか200ポイント×年の累積LE8スコアの増加が、CVDと死亡のリスクをおよそ半分に減少させました。これは、20年間にわたって週に0分から90分の中程度の身体活動を増やす(1日13分に相当)ことで達成できる変化です。
「ポイントアップ」:CVH改善の価値
研究は「ポイントアップ」(CVHスコアの改善)の概念も提案しています。同じ累積LE8スコアを持つ若年成人でも、スコアが時間とともに改善(正の傾き)した人は、スコアが悪化(負の傾き)した人よりもCVDリスクが低いことが示されました。この知見は、CVHの改善が過去のスコアに関わらず価値があることを強調しています。
臨床コミュニケーションへの応用
「ポイント×年」と「ポイントアップ」の概念は、医療提供者が患者とCVHについてコミュニケーションを取るための効果的なツールになり得ます。これらは、健康行動の変化が長期的にCVDリスクにどう影響するかを具体的に説明するのに役立ちます。
年齢と介入のタイミング
研究結果から、32〜45歳の期間のCVHが特に重要であることが示唆されています。これは喫煙研究で見られる「禁煙後の年数」の概念と一致し、より遅い年齢でのCVH改善も価値があることを示しています。
研究の限界
研究者らは以下の限界を認識しています:
- LE8の非加重アプローチ:AHAはCVH測定のために非加重アプローチを選択しており、これはCVDリスク予測よりもCVH状態の評価に適しています。
- 睡眠データの制限:CARDIAの睡眠データは研究15年目以降にしか収集されておらず、それ以前のデータは補完が必要でした。ただし、感度分析では補完による有意な差は見られませんでした。
- コホートの制限:CARDIAコホートは黒人と白人の参加者で構成されており、他の人種・民族集団への一般化可能性が限られています。
- 測定の限界:累積CVHと傾きの測定では、個人のCVHにおけるすべての変動を捉えられない可能性があります。
- 残余交絡の可能性:統計的調整を行ったものの、未測定の交絡因子が結果に影響している可能性があります。
結論と今後の展望
ウォーカーらの研究は、若年成人期の累積CVHが中年期のCVDリスクと強く関連することを示した初めての研究です。特に注目すべきは、単一時点の測定を超えて、時間を通じたCVHの累積と変化の重要性を明らかにしたことです。
この研究結果は、早期のCVH維持と改善の重要性を強調しています。一般の人々にとっては、若年期からCVHに注意を払い、健康的な生活習慣を築くことの重要性を示唆しています。医療従事者にとっては、「ポイント×年」と「ポイントアップ」の概念を用いて患者のCVHをモニタリングし、改善のための具体的な助言を提供する新しいアプローチとなる可能性があります。
この研究は心血管疾患予防の時間的側面の重要性を強調し、「いつ」と「どれだけの期間」健康的な生活習慣を維持するかが、「何を」するかと同じくらい重要であることを示しています。
参考文献
Walker J, Won D, Guo J, Rana JS, Allen NB, Ning H, Lloyd-Jones DM. Cumulative Life’s Essential 8 Scores and Cardiovascular Disease Risk. JAMA Cardiol. Published online April 23, 2025. doi:10.1001/jamacardio.2025.0630