プラスチック添加物と心血管疾患:見過ごされてきた地球規模の脅威

心臓血管

はじめに

プラスチックに含まれる化学添加物の安全性は、ここ数十年にわたり議論されてきました。その中でもジ(2-エチルヘキシル)フタレート(Di(2-ethylhexyl)phthalate); DEHP)(フタル酸ジエチルヘキシル)は、柔軟性を付与する可塑剤としてPVC(ポリ塩化ビニル)製品に広く使用されてきた物質です。DEHPは可塑化効果と引き換えに、生体への移行性が高く、経口・吸入・経皮さらには医療機器からの直接曝露が知られています。近年の疫学研究や実験的研究により、DEHPが心血管疾患(cardiovascular disease, CVD)の発症・進展に寄与する可能性が強く示されています。

今回紹介する研究は、世界規模でDEHP曝露によるCVD死亡および損失寿命年(years of life lost, YLL)を推計した初めての報告であり、国際的なプラスチック規制の議論に科学的根拠を提供する重要な成果です。

※ 損失寿命年(years of life lost, YLL)=「早死によって失われた寿命の合計」


研究の背景と新規性

これまでDEHP曝露とCVDリスクの関連は、米国など一部地域のコホート研究で示されてきました。しかし、地域ごとの曝露状況や人口構造を反映した世界的な疾病負担の推計は存在しませんでした。本研究は、200か国を対象に、曝露レベルの地域差、10年の曝露–発症ラグを考慮し、世界全体のDEHP起因CVD死亡者数とYLLを定量化した点が新規性です。さらに、DEHPの98%がプラスチック由来であるという前提から、プラスチック産業に起因する健康負担の規模を明らかにしています。


方法の概要

対象は世界銀行が定義する200か国、年齢層は55〜64歳です。曝露指標として、DEHPの主要代謝産物であるMEHP、MEHHP、MEOHP、MECPPの尿中濃度を採用しました。

MEHP(Mono(2-ethylhexyl) phthalate, モノ(2-エチルヘキシル)フタレート)
MEHHP(Mono(2-ethyl-5-hydroxyhexyl) phthalate, モノ(2-エチル-5-ヒドロキシヘキシル)フタレート)
MEOHP(Mono(2-ethyl-5-oxohexyl) phthalate, モノ(2-エチル-5-オキソヘキシル)フタレート)

各国の曝露データは、地域別バイオモニタリング調査や系統的レビュー(Acevedoら, 2025)から収集し、データ欠損は代謝産物間比率で補完しました。

曝露年は2008年、アウトカム年は2018年とし、10年間のラグを設定しました。曝露–死亡リスクはTrasandeら(2022)の米国コホートに基づき、0.05 μmol/L以上の曝露に対してハザード比(HR)1.10を対数スケールで適用しました。

CVD死亡率データは2018年のInstitute for Health Metrics and Evaluation(IHME)統計を使用し、人口寄与割合(population attributable fraction, PAF)から過剰死亡数とYLLを算出しました。さらに、DEHPの98%がプラスチック由来という前提でプラスチック起因分も推計しました。

なお、この論文では尿中濃度の絶対値ではなく地域内での相対分類を用いています。国ごとに測定方法や採尿条件が異なり、絶対値では比較が歪む可能性が高いためです。また、地域ごとの基礎曝露水準が大きく異なるため、絶対値では低曝露群が存在しない地域も出てしまいます。相対分類なら各地域で均等に低・中・高曝露群を設定でき、地域特有の曝露分布に沿ったリスク比較が可能になります。


結果:同年齢層の全CVD死亡の13.497% YLLは1,047万年

2018年、世界55〜64歳人口におけるDEHP曝露起因CVD死亡は356,238人であり、これは同年齢層の全CVD死亡の13.497%に相当しました。YLLは1,047万年に達しました。プラスチック由来分に限定しても、死亡は349,113人、YLLは1,026万年でした。

地域別では、南アジア・中東地域が最も負担が大きく、全CVD死亡の16.807%がDEHP曝露起因と推計されました。次いでラテンアメリカ(13.500%)、東アジア・太平洋(13.001%)が続きます。これらの地域は、新興のプラスチック生産部門を持つ国が多く、DEHPによる不均衡な影響を受けていることが示唆されています。
対照的に欧州は8.374%と最も低い値でした。

国別では、インドが103,587人(YLL 2,904,389年)で最大、次いで中国が60,937人(YLL 1,935,961年)、インドネシアが19,761人(YLL 587,073年)でした。興味深いことに、米国やアフリカ地域では曝露レベルの高低による死亡率格差が顕著で、高曝露群は低曝露群より28〜31%も死亡率が高いという結果でした。一方、南アジアや東アジアでは低曝露群でも死亡率が比較的高く、広範な曝露が背景にあることを示唆します。


生物学的メカニズム 

DEHPは脂溶性のため、体内では血漿タンパク質やリポタンパク質に結合し、加水分解を受けて一次代謝産物MEHPとなります。MEHPはさらに酸化を受けてMEHHP、MEOHP、MECPPなどへ変換され、主に尿中に排泄されます。

心血管への有害作用は複数の経路で説明されます。
まず、MEHPは活性酸素種(ROS)の産生を促進し、血管内皮の一酸化窒素(NO)生成を阻害します。これにより血管拡張機能が低下し、動脈硬化が進展します。
また、アンドロゲン作用を阻害し、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)の発現を増加させます。PPAR経路※を介して脂質代謝や糖代謝を撹乱し、インスリン抵抗性や脂質異常症を悪化させます。
さらに炎症性サイトカインの産生増加、カルシウムチャネル機能の障害なども報告されています。これらの作用はCVDリスクを高める既知の病態と一致します。

※PPAR経路とは、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(Peroxisome Proliferator-Activated Receptor, PPAR)を介した遺伝子発現調節経路のことです。PPARは核内受容体ファミリーに属し、脂質代謝・糖代謝・炎症制御などに関わる多くの遺伝子のスイッチを入れたり切ったりします。

さらに、マイクロプラスチックやナノプラスチック(MNP)も、DEHPの健康影響を増幅させる可能性が指摘されています。これらは、あたかも大気中の微粒子状物質のように身体への物理的刺激物として作用するだけでなく、DEHPなどの有毒化学物質の運搬を促進する働きも持っています。最近のある研究では、頸動脈プラーク内のマイクロプラスチックの存在が、心筋梗塞、脳卒中、死亡のリスク増加と関連していることが示されました。このように、DEHP暴露は、単一の経路ではなく、複数の複雑な生物学的経路を通じて心血管系の健康を損なっているのです。


公衆衛生的意義と実践への応用

この推計は、DEHP曝露が世界規模で心血管死亡に寄与していることを明確に示しました。特に、プラスチック製造や廃棄が急増する新興国では、曝露削減策が急務です。明日からできる実践的アクションとしては以下が挙げられます。

  • 個人レベルでは、食品を高温でプラスチック容器に接触させない、脂肪分の多い食品の長期保存にPVCを使用しない
  • 医療現場では、可能な限りDEHPフリーの医療機器(ポリオレフィンやTPE素材)を選択する
  • 政策レベルでは、製品表示の透明化や廃棄物管理の強化、国際的規制枠組みへの参画が必要です

Limitation

本研究にはいくつかの限界があります。まず、アフリカなど一部地域では曝露データが乏しく、推定誤差が大きいことが挙げられます。また、一部の代謝産物濃度は他の値からの推定で補完しており、実測データではありません。曝露–死亡のリスク推定は主に米国コホートに基づいており、他地域への外挿には不確実性があります。さらに、本解析はDEHPのみを対象とし、他のプラスチック添加物や複合曝露、気候変動を介した影響は考慮されていません。これらの点から、本推計はむしろ控えめな値であり、実際の健康負担はさらに大きい可能性があります。


結論

本研究は、DEHP曝露が世界規模で心血管死亡の約13.5%に寄与している可能性を示し、その大部分がプラスチック由来であることを明らかにしました。この成果は、国際的なプラスチック規制や医療機器安全基準の見直しに直結するインパクトを持ちます。曝露削減は個人レベルから政策レベルまで多層的に進める必要があり、特に医療現場や食品包装における代替材導入が鍵となります。


参考文献

Hyman S, et al. Phthalate exposure from plastics and cardiovascular disease: global estimates of attributable mortality and years life lost. eBioMedicine. 2025;102:105119. doi:10.1016/j.ebiom.2025.105119

おまけ:現在の日本で、DEHPが含有している身近な製品は?(AIに聞いてみた)

現在の日本では、法的規制で禁止されている分野(乳幼児用玩具、食品容器の一部など)を除けば、DEHPが含まれている可能性のある身近な製品はまだ存在します。以下は日常生活や医療現場で接触する可能性がある代表例です。


医療関連製品

  • 透析回路・血液チューブ
  • 輸血バッグ・輸液チューブ
  • カテーテル類(導尿用、中心静脈カテーテルなど)
  • 人工呼吸器の回路やマスク部材
  • 胃管・栄養チューブ

※特にPVC製で柔軟性が必要なチューブ類に多いです。医療機関によってはDEHPフリー製品に置き換えている場合もありますが、完全には移行していません。


日用品・家庭用品

  • シャワーホースやビニール製水道ホース
  • 延長コードや電気ケーブルの被覆
  • ビニール製の床材や壁紙
  • 合成皮革製のバッグや家具カバー
  • ビニール製レインコート、エプロン

食品関係

  • 一部の食品用ラップフィルム(特に業務用PVCラップ)
  • PVC製の食品加工チューブやコンベヤ部材
  • 一部の輸入食品包装材

※家庭用のポリエチレン(PE)製ラップはDEHPを含まないのが一般的です。


産業・趣味用途

  • DIYや園芸用のビニールシート
  • プール用ビニール製品(ビニールプール、浮き輪)
  • PVC製のスポーツ用品(ヨガマットの一部など)
  • 車の内装材(ダッシュボードカバー、シートの一部)

補足

  • 日本では、乳幼児向け製品や食品接触材は規制が厳しくなっていますが、医療機器や建材、産業用途では依然としてDEHPが使われるケースがあります。
  • 医療分野では透析や長期輸液の患者、小児や妊婦で曝露リスクが特に高くなります。
タイトルとURLをコピーしました