序論:加工品としての「ジュース」の常識を覆すエビデンス
一般に「果汁ジュースは健康に良くない」という通念が広く浸透しています。食物繊維が減り、吸収が速く、糖負荷が過大になるという指摘は確かに多くの果実飲料に当てはまります。しかし、今回レビューする3つの論文はいずれも、無塩・加糖なしのトマトジュースが例外的に心血管リスクを改善しうることを明確に示しています。
特に2025年Food & Function掲載の二重盲検試験では、リコピン豊富な無塩トマトジュース摂取が血管内皮機能(FMD)を有意に改善することが示され、ジュースに対する従来の“加工品=不健康”という認識を大きく揺さぶる結果となりました。
血管内皮機能の改善:2025年ランダム化二重盲検試験
2025年のRCT(Yoshidaら)は、成人(75名(40–65歳))を通常リコピン含有トマトジュース(TJ:15.0 mg/日)、高リコピン含有トマトジュース(HLTJ:26.7 mg/日)、プラセボ(0.7 mg/日)の3群に無作為に割り付け、12週間の摂取による血管内皮機能(FMD)への影響を検証した試験です。
線形混合モデル(LMM)では時間と介入の交互作用が有意(p<0.001)となり、介入飲料がFMDに明らかな影響を与えることが示されました。
12週時点のFMDは、
- プラセボ:5.4 ± 0.6%
- TJ:6.1 ± 0.5%(p < 0.001 vs placebo)
- HLTJ:7.0 ± 0.7%(p < 0.001 vs placebo)
と、いずれのトマトジュース群もプラセボより有意に高値を示しました。
また、HLTJでは4週(6.2 ± 1.0%)および8週(6.7 ± 0.7%)の時点でもプラセボに対し有意差(いずれも p < 0.001)が認められ、早期からの改善が示唆されました。
一方で、TJとHLTJを直接比較した統計学的検定は行われておらず、群間の優劣について断定的な結論は示されていません。
FMDの3%以上の改善は、既存の心血管研究では臨床的意義のある変化と解釈されることが多く、本試験で観察された改善幅は、日常的な摂取量に近いリコピン量であっても血管内皮機能を改善しうることを示す重要なエビデンスと言えます。〜26 mg/日でこの効果が得られているということで、日常生活での応用可能性が非常に高い点です。
リコピンの抗酸化作用とNO生合成の維持
論文では分子生物学的詳細までは踏み込んでいませんが、示唆されているメカニズムは明確です。
- リコピンは活性酸素種(ROS)を中和し、内皮NO合成酵素(eNOS)の阻害を防ぐ
- 酸化ストレスの減少により、血管平滑筋の弛緩が促進される
- 結果としてFMDが改善
また、介入期間中にLDL酸化の抑制が示唆されており、これは内皮機能改善と極めて整合的です。
中性脂肪とエネルギー代謝の改善:2015年Nutrition Journal試験
2015年のHiroseらによる中年女性対象の試験は、1日200 mLのトマトジュースを2回(計400 mL/日)・8週間という介入でした。
結果は次のとおりです。
- 中性脂肪(TG):−29 mg/dLの低下
- 安静時エネルギー消費量(REE):+100 kcal/日程度の上昇
このデータは、トマトジュースが単なる抗酸化飲料としてだけでなく、脂質代謝と基礎代謝に影響する可能性を示唆しています。
トマト由来成分による脂質代謝調整
論文で示された生化学的変化として、
- 8-isoprostane(酸化ストレス指標)の低下
- IL-8の低下(軽度の慢性炎症の改善)
があり、これらは脂質プロファイル改善と整合します。
特筆すべきは、本研究では加糖されていないトマトジュースを使用しており、果糖負荷の上昇を伴っていない点です。
「液体の糖は吸収が速く脂肪肝を招く」という一般論がトマトジュースには当てはまらないという点が明確になります。
血圧・LDL低下:2019年地域住民1年間コホート
2019年のOdaiらによる研究は、日本の地域住民184名が無塩トマトジュースを好きな量だけ飲むという“実生活型”観察研究です。
主な結果は以下でした。
なお、実際の平均摂取量は、215 ± 84 mL/日(ほとんどが200 mL/日)でした。
血圧(高血圧群のみ)
- 収縮期:141.2 → 137.0 mmHg(−4.2 mmHg)
- 拡張期:83.3 → 80.9 mmHg(−2.4 mmHg)
LDL-C
- 155.0 → 149.9 mg/dL(−5.1 mg/dL)
これらは統計学的に有意であり、日常的な無塩トマトジュース習慣が心血管リスクの改善につながることを示しています。
なぜ観察研究が重要なのか
RCTでは「厳密さ」が担保されますが、一方で実生活での適用性は限定されます。
本研究の強みは、
地域住民が“好きなタイミング・好きな量”で飲んで結果が出ている
という点で、臨床現場の患者指導に極めて応用しやすい点にあります。
三つの論文から導かれる統合的示唆
トマトジュースへの従来の誤解をどう修正するか
一般的に、食べ物は加工すればするほど栄養成分は劣化します。例えば、オレンジそのものは身体に良いですが、オレンジジュースにすると食物繊維などが失われ、液体にすることで果糖の吸収速度が上がり血糖値スパイクを生じやすくなり、結果として動脈硬化や体重増加につながりやすくなります。
このような現象は果汁飲料においては一般的に正しいものの、今回の3研究はいずれも反例を示しています。
- 加工品=不健康 → 無塩トマトジュースは当てはまらない
- 果汁ジュースは糖が速吸収 → 無塩トマトジュースは糖含有が極めて少ない
- ジュース化で食物繊維が喪失 → トマトはもともと不溶性繊維が多く、ジュースにも残る
特に2025年RCTは、加工という行程が本質的にリスクを増すのではなく、添加物と果糖負荷が問題であることを裏付けています。
明日からの行動指針
論文に基づき得られる、実生活で再現可能な示唆は以下です。
- 無塩・加糖なしのトマトジュースを選ぶ
- 1日15〜27 mgほどのリコピンを含む量(200〜300 mL程度)の継続が内皮機能改善に有効
- 400 mL/日まで増やすと脂質代謝改善の可能性がある
- 高血圧やLDL高値の人では、毎日1杯(150〜200 mL)でも改善が期待できる
- 食事に混ぜる必要はなく、好きなタイミングで飲んでよい(2019年研究)
Limitation
- 2025年RCTは8週間であり、長期的な臨床アウトカム(心筋梗塞・脳卒中)は評価されていません。
- 2015年試験は単群試験で、プラセボ対照群がありません。
- 2019年研究は観察研究であり、因果関係の証明には向きません。
- いずれの研究も「トマトジュースの種類(品種・加工工程)」による効果差を評価していません。
- 日本人中心であり、他民族への外挿には注意が必要です。
まとめ
今回紹介した3本の研究はいずれも、無塩・無加糖のトマトジュースが血管内皮機能、血圧、脂質代謝といった心血管リスク指標を改善しうることを示していました。特に2025年のランダム化二重盲検試験では、市販品に近いリコピン量(15〜27 mg/日)の範囲でFMDが有意に上昇し、高リコピン群では早期から改善がみられました。2015年と2019年の研究でも、中性脂肪の低下、安静時代謝の改善、血圧やLDLコレステロールの低下といった有益な効果が報告されています。
これらの結果を総合すると、トマトジュースは「加工品=不健康」という一般論には当てはまらず、むしろ日常生活に取り入れやすい科学的根拠を持った心血管保護的飲料といえます。大きな負担なく実践できる方法として、まずは無塩トマトジュースを1日1本続けることが、明日から取り入れられる有用な選択肢になります。
参考文献
- Yoshida K, Nakazawa Y, Takahashi S, Suzuki S.
Improvement of vascular endothelial function by intake of lycopene-rich tomato juice in healthy adults: a randomized, placebo-controlled, double-blind, parallel-group comparative study.
Food Funct. 2025;16:7812–7822. doi:10.1039/d5fo01397f - Hirose A, Terauchi M, Tamura M, et al.
Tomato juice intake increases resting energy expenditure and improves hypertriglyceridemia in middle-aged women: an open-label, single-arm study.
Nutr J. 2015;14:34. doi:10.1186/s12937-015-0021-4 - Odai T, Terauchi M, Okamoto D, et al.
Unsalted tomato juice intake improves blood pressure and serum low-density lipoprotein cholesterol level in local Japanese residents at risk of cardiovascular disease.
Food Sci Nutr. 2019;7:2271–2279. doi:10.1002/fsn3.1066

