はじめに
閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive Sleep Apnea: OSA)は、もはや一部の人々に限られた疾患ではありません。世界で10億人がOSAに罹患しており、そのうち4億2500万人が中等症から重症に分類されます。これは人口の大きな割合に相当し、心血管疾患や代謝疾患の増加と強く関連しています。OSAはしばしば「いびき」や「日中の眠気」といった症状で捉えられますが、その背後には血圧上昇、交感神経活性の亢進、心筋への負担、さらには脳血管イベントのリスク増大といった重大な病態が潜んでいます。
本稿では、2025年に発表されたJAMA Internal Medicineの総説に基づき、OSAの診断と治療を最新のエビデンスから解説し、実際に臨床現場や生活の中でどう活用できるかを示します。
スクリーニング ― STOP-Bang質問票の有用性
OSAを効率的に拾い上げるために、STOP-Bang質問票が一次診療でも広く推奨されています。いびき、日中の眠気、目撃された無呼吸、高血圧、BMI、年齢、頸囲、性別の8項目から構成され、特に中等症以上のOSAに対して感度は93%以上と非常に高いことが示されています。陰性的中率も77〜91%と高く、除外診断にも有用です。
臨床現場での実践的ポイントは、「STOP-Bangで高リスク」と判定された患者は、躊躇なく睡眠検査や専門医紹介を検討すべきだということです。特に高血圧がコントロール不良な患者、肥満が顕著な患者に対しては、無呼吸の存在を念頭に置くことが重要です。
STOP-Bang質問票の使い方
STOP-Bang質問票の構成
「STOP」と「Bang」の8項目です。
- S (Snoring):大きないびきをかきますか?
- T (Tiredness):日中に疲労感や眠気を感じますか?
- O (Observed apnea):睡眠中に呼吸が止まっていると指摘されたことがありますか?
- P (Pressure):高血圧を指摘されていますか?
- B (BMI):BMI > 35 kg/m²ですか?
- A (Age):年齢 > 50歳ですか?
- N (Neck):頸囲 > 40 cmですか?
- G (Gender):男性ですか?
スコアの評価方法
- Yes = 1点、No = 0点。合計0〜8点。
- 低リスク:0〜2点
- 中等度リスク:3〜4点
- 高リスク:5点以上
この論文では、STOP-Bang ≥5 でOSA高リスクと判断し、睡眠検査の実施を推奨しています。さらに、3〜5点の中間リスク群でも臨床的に疑わしい場合は検査が勧められます。
感度と予測値
- 中等症〜重症OSAに対する感度は 93%以上。
- 陰性的中率は 中等症で77%、重症で91%。
→ 「陰性なら重症OSAの可能性は低い」と判断できるのが大きな利点です。
臨床での実践的な使い方
- 外来診療でいびき・日中の眠気・高血圧を訴える患者に簡単に実施できる。
- 5点以上なら「高リスク」として、HSATまたはPSGの検査につなげる。(次項参照)
- 中間スコア(3〜4点)の場合も、肥満や心血管リスクがあれば積極的に検査を考える。
- 低スコア(0〜2点)でも症状が強ければ除外せず、臨床判断で検査を検討。
元文献
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26378880
Chung F, Abdullah HR, Liao P. STOP-Bang Questionnaire: A Practical Approach to Screen for Obstructive Sleep Apnea. Chest. 2016 Mar;149(3):631-8. doi: 10.1378/chest.15-0903. Epub 2016 Jan 12. PMID: 26378880.
診断 ― PSGとHSATの適応
確定診断には、終夜睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography: PSG)または在宅睡眠時無呼吸検査(Home Sleep Apnea Test: HSAT)が用いられます。中等症〜重症OSAにおいては、両者の診断精度に差はありません。
ただし、心肺疾患を合併する患者や低換気、覚醒時低酸素血症を伴う患者、脳卒中の既往がある患者ではHSATは不適であり、PSGが推奨されます。もしHSATで陰性あるいは不十分な結果であっても、臨床的にOSAを強く疑う場合はPSGに進むべきです。診断の精度を担保することが、その後の治療選択と予後改善につながります。
治療の中心 ― CPAP療法の位置づけ
OSA治療の第一選択は、依然として陽圧呼吸療法(Positive Airway Pressure: PAP)です。過度の眠気や生活の質の低下を認める症候性OSAや、高血圧を合併する患者では、重症度を問わずPAPが推奨されます。
一方、無症候性OSAにおける心血管イベント予防効果については証拠が揃っていません。過去の大規模ランダム化試験ではイベント抑制効果は確認されませんでしたが、個人レベルのメタ解析では、1日4時間以上のCPAP使用が心血管イベントの減少と関連していました。さらに、臨床集団の観察データでは、PAP使用時間とイベントリスクの間に用量依存的関係が認められました。
これは「どれだけ続けられるか」が治療効果を左右することを示唆しています。臨床現場で重要なのは、患者に「PAPは毎晩できるだけ長時間使用するほど予後改善につながる」という事実を共有し、実践的な支援を行うことです。
他の治療選択肢
1. 口腔内装置(Oral Appliance: OA)
OAは下顎を前方に移動させることで上気道を広げ、無呼吸を軽減します。特に軽症OSAではCPAPと臨床効果に大差がないとされ、患者の希望や経済的要因を踏まえて選択肢となります。ただし、歯科的副作用や咬合変化のリスクがあるため、歯科医による継続的なモニタリングが必須です。
2. 体位療法(Positional Therapy: PT)
仰臥位で顕著になる「体位依存性OSA」では、体位保持デバイスが有効です。軽症例では単独療法としても機能しますが、加齢や体重増加に伴い非依存型に移行する可能性があるため、定期的な再評価が必要です。
3. 体重減少介入
体重減少はOSA治療の根幹です。生活習慣指導は全ての患者に行うべきですが、肥満合併例ではより積極的な介入が求められます。
- 肥満外科手術:20〜30%の体重減少を実現。
- インクレチン関連薬(セマグルチド、チルゼパチド):最適投与により1年で15〜20%の体重減少が可能。
特にSURMOUNT-OSA試験では、チルゼパチドが肥満合併OSAにおいて有意な減量効果とOSA重症度の改善を示し、2024年にはFDAがOSA治療薬として承認しました。これは薬物療法がOSA治療の新たな地平を切り開いた事例といえます。
4. 外科的治療、舌下神経刺激療法
PAPやOAが不耐容な患者には、外科的介入が検討されます。多部位気道手術※に加え、舌下神経刺激療法は中等症〜重症OSA患者に有効であり、特にCPAPを受け入れられない患者にとって重要な選択肢です。
※「多部位気道手術(multilevel airway surgery)」とは、閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の原因となっている複数の解剖学的部位に対して同時に行う手術です。口蓋・舌根・咽頭・喉頭などがターゲットになります。
代表的な術式の組み合わせ
- 口蓋部(上気道上部)
・口蓋垂口蓋咽頭形成術(UPPP: uvulopalatopharyngoplasty)
・扁桃摘出術 - 舌根部
・舌縮小術(midline glossectomy, lingual tonsillectomy など) - 咽頭側壁
・咽頭側壁形成術 - 喉頭蓋
・喉頭蓋部分切除
これらを患者の解剖学的評価(ファイバー検査やdrug-induced sleep endoscopy)に基づいて組み合わせ、閉塞の主要部位を同時に処理します。
臨床応用 ― 明日からできること
本論文から得られる知見は、臨床医や医療従事者だけでなく、健康に関心を持つ一般人にも有益です。
- 医師は、STOP-Bang質問票を診察室に常備し、疑わしい患者を効率的に拾い上げることができます。
- CPAP治療を導入する際には、患者に「毎晩4時間以上の使用が心臓と脳を守る」ことを具体的に伝えることで、アドヒアランスを高められます。
- 肥満を伴う患者には、薬物療法や手術といった強力な選択肢があることを提示し、生活習慣改善と組み合わせた治療を計画できます。
- 一般の読者は、「強い日中の眠気」「寝ている間の呼吸停止」「血圧が高い」などの兆候を軽視せず、一次医療で相談する行動を明日から実践できます。
結論
OSAは極めて一般的でありながら過小診断されている疾患です。診断と治療の選択肢は年々広がり、PAP療法に加え、口腔内装置、体位療法、体重減少介入、そして外科的治療まで多様なアプローチが可能になっています。特に、チルゼパチドの承認は薬物療法による新しい治療戦略の到来を示しています。
参考文献
Lastra AC, Neborak JM, Mokhlesi B. Diagnosis and Treatment of Obstructive Sleep Apnea. JAMA Intern Med. Published online August 18, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.2318