序論
高血圧は多因子的な病態であり、血管・腎・代謝系の異常が相互に絡み合って進展します。その中でも交感神経系の過活動は長らく注目されてきました。今回のレビュー論文は、安静時心拍数(resting heart rate: RHR)を交感神経過活動の臨床的マーカーとして捉え、その予後的意義を包括的に整理しています。特に RHR ≥80拍/分 という閾値が、心血管リスク増大に直結する独立因子であることを示した点が、本稿の重要な新規性です。
交感神経過活動とRHRの関連
ヒトにおける交感神経機能評価は、血中ノルアドレナリン濃度やスピルオーバー法、筋交感神経活動(MSNA)の直接測定、さらには神経イメージング技術によって行われます。これらのデータにより、高血圧患者は一貫して交感神経過活動を示すことが明らかになっています。
特にRHRと交感神経活動は密接に関連し、RHRが 80拍/分を超える患者では、交感神経活動が有意に亢進していることがミクロニューログラフィーによって確認されています。この点は「RHRは単なるバイタルサインではなく、交感神経過活動を映し出す鏡である」ことを強調しています。
※ミクロニューログラフィー(microneurography)とは、末梢神経の活動電位をヒト生体で直接記録する技術です。特に自律神経系、なかでも交感神経活動をリアルタイムで測定できる唯一の方法として知られています。
高RHRの代謝的・血管的影響
一般集団対象の多数の横断研究と前向きコホートが示すところでは、RHRの上昇は高血圧、肥満、糖尿病、メタボリックシンドロームのリスクと強固に結びついています。
例えば、ベースライン時に心血管疾患のない一般集団対象の中国の研究では RHRが10拍/分上昇するごとにメタボリックシンドロームのオッズ比が1.13 増加しました。また、メタ解析では RHRが10拍/分増加するごとに糖尿病リスクが19%上昇することが示されています。
さらに、動脈スティフネスとの関連も注目されます。HARVEST研究では、夜間心拍数が高いほど将来的な中心血圧や増加指数が上昇し、動脈硬化の進展に寄与することが確認されました。心拍数増加による機械的負荷が血管壁のリモデリングを促進することが、その機序として想定されます。
高RHRは「高血圧と同等かそれ以上に強いリスク因子」
RHRの予後的意義は極めて強力です。メタ解析では、 RHRが10拍/分増えるごとに心血管死亡が8%、全死亡が9%増加することが報告されています。心不全リスクはさらに顕著で、18%増加しました。
興味深いのは、69万人を25年間追跡した国際研究で、高RHR(80–99拍/分)+正常血圧群の寿命短縮(平均10.3年)は、高血圧+正常RHR群(平均5.5年)の約2倍に達した点です。つまり高RHRは「高血圧と同等かそれ以上に強いリスク因子」であることが明確に示されたのです。
この知見は、臨床現場で「血圧を下げれば十分」という考えに対して、心拍数管理の重要性を再認識させるものです。
夜間心拍数の重要性
外来での測定は「白衣効果」により過大評価される可能性があります。そのため、24時間ABPMや夜間ホルターモニタリングの価値が強調されています。
ABP-International研究では、 夜間心拍数が10拍/分増加するごとに心血管イベントリスクが13%上昇しました。Ohasama研究やIDACO研究でも同様に、夜間心拍数が最も強力な予測因子として確認されています。
これは「夜間の心拍数=真の血行動態負荷」を映している可能性を示唆しており、今後の臨床評価の中心となるべき指標です。
RHRはマーカーか因果因子か
長らく議論されてきたのは、「高RHRは交感神経過活動のマーカーにすぎないのか、それとも心血管疾患の因果的因子なのか」という点です。
本レビューは、以下のエビデンスから「因果的因子」としての性格を強調します。
- 心拍数増加自体が大動脈スティフネスを悪化させる介入研究の存在。
- プラーク破綻や冠動脈血流の乱流増加など、病態生理学的に心拍数上昇が直接動脈硬化進展に寄与する可能性。
- 長期追跡研究(UK Biobank、スウェーデン徴兵コホート)で、若年期の高RHRが数十年後の心不全や死亡リスクを有意に増加させたこと。
これらを踏まえると、高RHRは単なる「リスクマーカー」ではなく「独立したリスク因子」という要素が含まれると考えるのが妥当です。
治療的示唆と課題
生活習慣改善は第一選択です。禁煙、節酒、カフェイン制限、定期的運動はいずれもRHR低下に有効であり、交感神経活動を抑制します。
薬物療法に関しては注意が必要です。2025年の大規模メタ解析(Sanidasら, Eur Heart J 2025)は、
- 心筋梗塞や心不全患者ではRHR低下薬が有益(冠動脈疾患リスク16%減、心不全9%減)。
- しかし高血圧単独の患者では、むしろ 脳卒中リスク17%増、全死亡7%増 と逆効果を示す可能性。
このため、現時点では 「高血圧単独における薬理学的RHR低下は推奨できない」 という慎重な立場が示されています。
ただし、RHR ≥80 bpmを閾値に、65–70 bpmを至適目標とする数値的提案は臨床実践に活かせる重要な知見です。つまり、RHR 80 bpm以上は「交感神経過活動+高リスク群」のシグナルであり、65–70 bpmを至適範囲とする知見は、臨床的なリスク層別化と生活習慣指導・薬剤(降圧薬など)選択の指針になります。
本研究の新規性
- RHR ≥80 bpm が交感神経過活動と一致する「臨床的閾値」であることを示した。
- 夜間心拍数やABPMでの測定が外来測定を凌ぐ予後予測能を持つことを強調した。
- RHRを「マーカー」から「因果的リスク因子」へと位置づけ直した。
- 大規模国際データで高RHRが高血圧以上に寿命短縮をもたらすことを明示した。
- 薬理学的介入に関して「心不全やAMIでは有益だが、高血圧単独では有害の可能性」という新しい臨床的示唆を提供した。
臨床への応用
このレビューから得られるメッセージは明確です。
- 外来診療においても「血圧と同時にRHRを測定する」ことを常習化する。
- 特にRHR ≥80 bpm の患者は、交感神経過活動を背景としたリスク集団であると捉える。
- 生活習慣指導を徹底し、必要なら心拍数低下作用を持つ降圧薬(β遮断薬など)を組み合わせる。
- 今後は夜間心拍数を含めた24時間心拍数モニタリングを積極的に取り入れる。
これらは明日からの診療に直ちに活かすことができます。
結論
高血圧患者における高RHRは、交感神経過活動の代替指標であると同時に、独立した心血管リスク因子です。80 bpmという閾値を意識し、RHR管理を臨床実践に取り入れることは、患者の長期予後改善に資する重要なステップになります。血圧と同じように「心拍数を診る」姿勢が、これからの高血圧診療に求められています。
参考文献
Grassi G, Ram CVS, Palatini P. High Heart Rate, Sympathetic Overdrive, And Cardiovascular Risk In Hypertension. Am J Cardiol. 2025; doi:10.1016/j.amjcard.2025.09.022.