はじめに
心血管疾患(CVD)と慢性腎臓病(CKD)は世界的に主要な死亡原因であり、両者は病態生理的にも密接に関連しています。高血圧、糖代謝異常、脂質異常、喫煙などの危険因子は、血管内皮障害や炎症反応を介して心腎連関を悪化させ、比較的若年期から将来の疾患リスクを規定します。従来の研究は、主に中年期の単一時点で測定した心血管健康指標をもとに予後を評価してきました。しかし、若年期における健康行動やリスク因子の累積的影響については十分に解明されていませんでした。本研究は、30〜40歳の10年間における累積心血管健康(CVH)スコアと、その後の中年期における心血管および腎イベントの関連を大規模に検討した点に新規性があります。
研究の背景と意義
米国心臓協会は、2022年に「Life’s Essential 8」を提唱し、従来の7項目に睡眠を加えた8要素で心血管健康を包括的に評価する枠組みを示しました。本研究では食事と睡眠データが利用できず6要素での評価となりましたが、BMI、血圧、血糖、コレステロール、喫煙、身体活動という基本的因子を0〜100点でスコア化し、10年間の「点数×年」の累積値を算出しました。これは、喫煙における「pack-years」や、LDLコレステロールの「mg/dL×years」と類似する概念であり、長期にわたる曝露量を定量化する手法として極めて直感的かつ説得力があります。
方法
研究対象は韓国の国民健康保険サービス(NHIS)の健診データを用いた24万1924人(男性78.1%)です。全員が30歳時と40歳時の健診を受診し、さらに途中1回以上の健診データを持つ者に限定されました。中央値は8回。多くの人は10年間で6〜10回の健診データをもとにCVHスコアが算出されています。いずれも40歳までにCVDやCKDの既往はなく、解析のバイアスを抑えた設計です。主要アウトカムはCVDイベント(心筋梗塞、虚血性脳卒中、心不全、心血管死)と腎イベント(新規CKD、腎代替療法、腎関連死)であり、中央値9.2年追跡されました。
結果
追跡期間中に発生したイベントはCVD 2,748件、腎イベント 2,085件、複合イベント 4,775件でした。累積CVHスコアの最高五分位(Q5, 735 points×years以上)の群では、最低群(Q1, 493 points×years以下)に比べて発症率が顕著に低下しました。具体的には、CVD発症率は年間0.05%、腎イベントも同じく0.05%であり、調整後ハザード比はCVD 0.27(95% CI 0.22–0.32)、腎イベント 0.25(95% CI 0.21–0.31)でした。
さらに、累積CVHが100 points×years高いごとにCVDリスクは34%低下(HR 0.66, 95% CI 0.64–0.69)、腎リスクは35%低下(HR 0.65, 95% CI 0.62–0.67)するという線形かつ用量依存的な関連が示されました。この効果は性別、所得水準、都市・農村の居住地、併存疾患の有無によらず一貫していました。
考察
本研究の重要なメッセージは、「若年期の累積的な健康行動が、その後の中年期における心腎アウトカムを強力に規定する」という点です。たとえば、運動を週0分から90分に増やし、それを10年間維持することでCVHスコアが10点上昇し、結果的に100 points×yearsの差となり、CVDや腎イベントのリスクが約3割減少する計算になります。これは生活習慣改善が長期にわたり積み重なることで、分子レベルでは血管内皮の炎症抑制、酸化ストレスの低下、腎糸球体硬化の進展抑制といった効果が得られることを示唆します。
さらに注目すべきは腎イベントの明確なリスク低下です。心血管と腎臓は血行動態と代謝の両面で深く結びついており、早期の血圧・血糖・脂質管理が腎機能維持に直結することを裏付けています。従来の研究は心血管イベント中心でしたが、本研究はCKDを主要アウトカムに含め、心腎代謝連関の視点を取り入れた点で新規性が高いといえます。
臨床的意義
臨床現場での応用可能性は非常に高いです。30歳前後の健診世代において、単なる現時点の異常有無を見るのではなく、CVHスコアを長期的に追跡し、「点数×年」の累積値を意識させることが、効果的な予防戦略になります。これは患者への説明においても説得力を持ち、「今の生活習慣の改善が10年後、20年後の腎臓と心臓を守る」という具体的なメッセージとして伝えやすいです。
既存研究との比較と新規性
米国のCARDIA研究でも累積CVHとCVD死亡率の関連が示されましたが、腎アウトカムは検討されていませんでした。本研究はその空白を埋め、腎イベントを含めた心腎アウトカムにまで累積CVHの重要性を拡張した点が新規性です。また、対象が24万人という大規模で、韓国の全国データベースを利用したことも、エビデンスの強さを裏付けています。
Limitation
いくつかの制約も存在します。第一に、食事や睡眠データが含まれず、CVHスコアの完全版ではないこと。第二に、女性の一部データが妊娠期に取得された可能性があり、評価に影響を与える恐れがあること。第三に、アウトカムは診療報酬データ(ICD-10コード)に基づくため、臨床的判定精度に限界があること。さらに、対象は韓国人に限定されており、他国への一般化には注意が必要です。
結論
30〜40歳という比較的若い時期における心血管健康の累積的な維持は、中年期の心血管疾患および腎疾患リスクを劇的に減少させます。従来の「その時点のリスク因子管理」ではなく、「長期にわたる健康の積み重ね」が重要であることを、本研究は明確に示しました。臨床現場でも、この「点数×年」の概念を患者教育に活用することで、行動変容を促し、将来の心腎疾患予防につなげられる可能性があります。
参考文献
Jhee JH, Ha KH, Son D, et al. Cumulative Cardiovascular Health Score Through Young Adulthood and Cardiovascular and Kidney Outcomes in Midlife. JAMA Cardiol. Published online October 1, 2025. doi:10.1001/jamacardio.2025.3269