BMIが正常でも、腹が出ている人の心臓リスク

医療全般

序論

近年、肥満と心代謝疾患の関連は周知の事実となっていますが、その多くはBMI(Body Mass Index)に基づいた研究に依存しています。しかし、BMIは体脂肪の分布を反映できず、体重は正常でも腹部に内臓脂肪が蓄積した人々が、実際には深刻な心代謝リスクを抱えている可能性が高いことが次第に明らかになってきました。今回紹介するAhmedらによる国際共同研究は、91か国・47万人超のデータを解析し、正常体重で腹部肥満を有する人の有病率と心代謝アウトカムを世界規模で検証した初めての研究です。


研究デザインと対象

本研究は2000〜2020年にWHOが実施したSTEPs調査を用いた横断解析です。対象は15〜69歳の成人471,228人。腹部肥満は女性で腹囲80cm以上、男性で94cm以上と定義されました。正常体重腹部肥満とは、BMIが18.5〜24.9であるにもかかわらず腹囲基準を超える状態です。評価項目は高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症であり、多変量ロジスティック回帰により解析されました。


主な結果

有病率の衝撃

世界全体で21.7%の正常体重成人が腹部肥満を有していました。地域差は顕著で、東地中海地域では32.6%と最も高く、西太平洋地域では15.3%と最も低値でした。国別ではレバノンが58.4%と突出して高く、モザンビークは6.9%と最低値でした。

危険因子の特徴

腹部肥満と強く関連した因子として、以下が挙げられました。

  • 高等教育歴(OR 2.38)
  • 失業(OR 1.25)
  • 果物・野菜摂取不足(OR 1.22)
  • 身体活動不足(OR 1.60)

興味深いことに、アフリカでは高等教育がむしろ腹部肥満リスクを低下させる(OR 0.64)など、社会経済的背景による差異も明らかになりました。

心代謝リスクの上昇

正常体重腹部肥満者は、次のように主要な心代謝疾患リスクが有意に上昇していました。

  • 高血圧: OR 1.29
  • 糖尿病: OR 1.81
  • 高コレステロール: OR 1.39
  • 高トリグリセリド: OR 1.56

女性は特に高血圧との関連が強く(OR 1.66)、男性は高トリグリセリド上昇と強い関連(OR 1.85)を示しました。


分子生物学的視点

腹部肥満のリスクを高める中心的要因は内臓脂肪の代謝活性です。内臓脂肪は炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)やホルモン(レプチン、アディポネクチン)の異常分泌を通じてインスリン抵抗性を促進し、糖代謝・脂質代謝を攪乱します。これにより正常体重であっても「代謝的には肥満と同等以上のリスク」を持つことになります。従来のBMI中心の評価では、こうしたリスク群が見逃されていたことが本研究により数量的に裏付けられました。


新規性

過去の研究は地域単位や特定疾患との関連に留まっていました。本研究は91か国の大規模データを用いて、正常体重腹部肥満と4つの主要心代謝アウトカム(高血圧、糖尿病、コレステロール、トリグリセリド)の関連を網羅的に検証した初の国際解析という点で新規性があります。また、社会経済的要因との相互作用や地域差も同時に示した点は、政策立案への直接的なエビデンスとなります。


公衆衛生・臨床的意義

この研究が示唆する最も重要な点は、BMI単独では不十分ということです。臨床現場でも健康診断でも、腹囲測定を加えることで初めて高リスク群を的確に把握できます。日本で実施されている「特定健診・特定保健指導(いわゆるメタボ健診)」は、その意義を国際的に裏付けるものといえます。

また、行動面での介入も直ちに実践可能です。

  • 日常的な身体活動の増加(600 METs/週以上が推奨)
  • 果物・野菜の摂取拡大(5サービング/日以上)
  • 内臓脂肪に負担をかけにくい食習慣(加工食品の制限、伝統的な穀物・豆類中心の食事)

これらは個人が「明日から」取り入れられる行動であり、腹部肥満のリスク低減に直結します。


Limitation

本研究にはいくつかの制約があります。

  1. 横断研究であるため、因果関係を断定できない。
  2. 各国のデータ収集方法にばらつきがあり、完全な一貫性を保証できない。
  3. 高所得国の一部はWHO STEPs調査に不参加であり、世界的代表性に偏りがある可能性。
  4. 医療アクセスや社会的支援など、未測定の交絡因子の影響を除外できない。
  5. 内臓脂肪の直接的評価(CTやMRI)は含まれておらず、腹囲の代替指標に依存。
  6. 食事・活動量などの生活習慣データは自己申告であり、リコールバイアスを含む可能性。

結論

この国際研究は、世界の成人の5人に1人以上が「正常体重腹部肥満」であり、重大な心代謝リスクを抱えていることを明確に示しました。BMIのみを指標とする従来のアプローチでは、多くのリスク群が見逃されていたのです。
臨床現場ではBMIと腹囲の併用を標準とし、公衆衛生レベルでは食環境改善と身体活動促進を柱とする包括的政策が求められます。個人レベルでも、日常の小さな習慣改善が将来の大きな疾患予防につながります。


参考文献

Ahmed KY, Aychiluhm SB, Thapa S, et al. Cardiometabolic Outcomes Among Adults With Abdominal Obesity and Normal Body Mass Index. JAMA Netw Open. 2025;8(10):e2537942. doi:10.1001/jamanetworkopen.2025.37942

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