はじめに
私たちが日常的に口にするコーヒー、紅茶、ジュース。そのどれもが「安全」だと信じて疑わないものです。しかし2025年に発表されたAl-Mansooriらの研究は、この日常の飲み物の中に「合成マイクロプラスチック(MPs)」が普遍的に存在することを明らかにしました。本研究は、英国市場で販売される155試料のホットおよびコールド飲料を対象に、飲料全体からのヒト曝露量を包括的に算定した初の報告です。
これまでの研究の多くは「飲料水」など一部の経路に限られていましたが、本論文は「人間が実際に摂取する総飲料量」を基盤に曝露を評価した点で画期的です。
方法:実際の消費行動を反映した包括的アプローチ
2024年8〜12月、研究チームは英国のスーパーやカフェから31種類・155試料の飲料を収集しました。ホット・アイスコーヒー、紅茶、ジュース、エナジードリンク、ソフトドリンクが対象であり、消費者の実態を反映しています。
試料は真空ろ過(銀膜0.45 μm)で濃縮後、過酸化水素で有機物を分解し、顕微赤外分光法(μ-FTIR)により10 μm以上の合成ポリマーを同定しました。回収率は80〜108 %、ブランク汚染は全体の5 %未満という厳格な品質管理が行われています。
さらに、201名の英国成人(女性123名、男性78名)からオンライン調査で飲料摂取量を収集し、体重あたりの一日摂取量(EDIT: Estimated Daily Intake)を算出しました。
このように実際の飲料消費データを加味して曝露量を推定した点が、本研究の新規性の一つです。
結果:すべての飲料からマイクロプラスチックを検出
驚くべきことに、全ての飲料サンプルからマイクロプラスチックが検出されました。 粒径は10〜157 μmに分布し、断片型(fragment)が約77 %を占め、繊維状は少数派でした。主なポリマーはポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン(PE)であり、これらは飲料容器やカップの素材と一致していました。
飲料別の平均濃度は次の通りです。
- ホットティー:60 ± 21 MPs/L(最高濃度)
- ホットコーヒー:43 ± 14 MPs/L
- アイスコーヒー:37 ± 6 MPs/L
- アイスティー:31 ± 7 MPs/L
- フルーツジュース:30 ± 11 MPs/L
- エナジードリンク:25 ± 11 MPs/L
- ソフトドリンク:17 ± 4 MPs/L
この結果から、ホット飲料の方がコールド飲料より有意に高濃度(P < 0.05)であり、温度上昇による溶出促進が示唆されました。特にティーバッグ由来のマイクロプラスチックは高価なブランドほど多い傾向を示し、素材や製法の違いが影響していると考えられます。
ポリマーの特性と分子レベルの懸念
ポリプロピレン(PP)はカップや蓋などの耐熱部材に多用され、加熱時に分子鎖の熱分解や酸化劣化により微細な断片が生成します。ポリエチレンテレフタレート(PET)は酸性条件下で加水分解を受けやすく、果汁飲料中でのマイクロプラスチック放出が顕著でした。
こうした粒子は静電相互作用や疎水性吸着によりフタル酸エステルや重金属を吸着する性質を持ち、体内での酸化ストレスや免疫応答を惹起する可能性があると報告されています。特に10〜100 μmの粒子は腸上皮バリアを通過し、マクロファージによる貪食・炎症性サイトカイン分泌を誘発することが知られています。
曝露評価:私たちはどれだけ摂取しているのか
英国成人における総飲料摂取を考慮した推定結果では、男性1.6 MPs/kg体重/日、女性1.7 MPs/kg体重/日という値が得られました。主な寄与源は水(約57 %)、紅茶(約15 %)、コーヒー(約12 %)でした。
興味深いのは、この値が「飲料水のみの評価(約1.0 MPs/kg体重/日)」より約60 %も高いことです。つまり、これまで飲料水のみに基づくリスク評価では、実際の曝露量を大幅に過小評価していたことが明らかになりました。
温度と包装材の相互作用:なぜホット飲料が危険なのか
加温による樹脂の熱応力は、分子鎖の酸化断裂や結晶構造の崩壊を促進します。特にポリプロピレン製カップでは、80〜90℃でPP鎖が分断され、平均粒径50 μm程度の断片が検出されました。
一方、アイス飲料では物理的摩擦や氷の衝撃による微粒化が主因であり、主としてPET由来の粒子が多く観察されました。
これらの結果は、「温度×素材」の組み合わせがマイクロプラスチック放出量を決定づけることを意味しています。
健康への含意:未解明ながら無視できないリスク
本研究は毒性評価を直接行っていませんが、先行研究に基づく考察として、マイクロプラスチックが腸内細菌叢の多様性低下、短鎖脂肪酸生成の減少、さらには腸管免疫バランスの破綻を引き起こす可能性が指摘されています。特にポリスチレン微粒子はマウスモデルでIL-6やTNF-α上昇、酸化ストレス亢進を伴う炎症を誘発することが知られています。
したがって、日常的なホット飲料摂取は、微小ながらも慢性的な曝露の蓄積として、将来的な腸管・代謝・免疫系への影響を無視できないと考えられます。
日常への応用:明日からできる小さな工夫
この研究が示唆するのは、完全にプラスチックを排除するのではなく、「曝露を減らす行動」が現実的かつ効果的であるということです。
例えば、
- ホット飲料には陶器やステンレスのマグカップを使用する。
- ペットボトルよりもガラス瓶や缶製品を選ぶ。
- ティーバッグよりもリーフティー(茶葉)を使用する。
これらは単なる生活習慣の選択に見えて、長期的には体内の合成粒子負荷を軽減し得る戦略です。
本研究の新規性と意義
これまでマイクロプラスチックの人体曝露研究は「飲料水」や「海産物」など限定的経路に留まっていました。本研究は、現実の飲料摂取行動全体を統合的に評価した初の試みであり、ホット・コールド・包装材など多次元的要因を解析した点で極めて新規性があります。さらに、155試料という大規模データに基づき、統計的に温度依存性を明確にした点も特筆に値します。
Limitation
- 英国の消費データを基にしており、他国(特に日本など)の飲料文化を反映していないこと。
- μ-FTIR法の検出下限が10 μmであり、より小さなナノプラスチック(<1 μm)は評価対象外であること。
- 飲料製造過程や流通時の汚染寄与を分離できていないこと。
- 健康影響の直接的評価(例えば炎症マーカーや尿中排泄物分析)は行われていない点。
これらの制約を踏まえ、今後はナノ領域の粒子検出技術や生体影響モニタリングの発展が必要とされます。
結論
本研究は、私たちが日常的に摂取する飲料のすべてがマイクロプラスチック曝露源であるという事実を明確にしました。特にホット飲料では温度上昇によりプラスチック断片の溶出が顕著であり、包装材の選択が曝露量を左右します。
「安全な飲み物」という日常の思い込みの裏側に、見えない合成粒子が存在しているというこの発見は、食品安全と環境健康を結ぶ新しい警鐘と言えます。
私たちができる第一歩は、素材と温度を意識した飲料選択です。たとえ小さな行動でも、それが将来の健康リスクを減らす科学的に裏付けられた行動となるのです。
参考文献
Al-Mansoori M, Harrad S, Abdallah MA-E. Synthetic microplastics in hot and cold beverages from the UK market: Comprehensive assessment of human exposure via total beverage intake. Science of the Total Environment. 2025;996:180188. doi:10.1016/j.scitotenv.2025.180188



