序論:見過ごされてきた感覚の意味
私たちは視覚や聴覚の異常には敏感ですが、嗅覚の低下にはあまり注意を払いません。しかし高齢者において、嗅覚の衰えは単なる老化現象ではなく、生命予後を左右するサインであることが近年明らかになっています。今回、Chamberlinらによる米国ARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)研究の解析は、嗅覚機能の低下が冠動脈疾患(CHD)の発症リスクと独立して関連することを示しました。しかもそのリスクは追跡初期の4年間に最も強く表れました。この知見は、嗅覚という感覚が全身の血管健康の“鏡”である可能性を示唆する重要なものです。
研究概要:ARICコホートの精密解析
本研究は、ARIC研究の第5回検査(2011〜2013年)に参加した冠動脈疾患既往のない5142名(平均年齢75.4歳、女性62.9%、黒人23.9%)を対象としたものです。
嗅覚は、ドイツ製の12項目Sniffin’ Sticks臭同定テスト(※補足1参照) で評価され、
- 良好(11–12点)
 - 中等度(9–10点)
 - 低下(0–8点)
の3群に分類されました。 
その後、参加者を中央値8.4年(最大9.6年)追跡し、確定または推定冠動脈疾患イベント(致死性・非致死性心筋梗塞)の発症を評価しました。交絡因子として、年齢・性別・人種・教育歴に加え、喫煙、糖尿病、BMI、血圧、脂質、心房細動、脳卒中、心不全、腎機能、さらにはフレイルの有無まで調整された多層モデルが構築されています。
解析には、死亡の競合リスクを考慮したFine–Grayモデルを採用し、時点ごとのリスク比(Risk Ratio: RR)を算出しました。
結果:嗅覚低下が示す2倍のCHDリスク
9.6年間の追跡で280例(5.4%)が新たにCHDを発症しました。内訳は、嗅覚良好群で83例(4.4%)、中等度群で101例(5.9%)、嗅覚低下群で96例(6.3%)です。
時間経過別にみると、嗅覚低下群のCHDリスクは追跡初期に集中しており、
- 2年時点:RR 2.06(95% CI 1.04–4.53)
 - 4年時点:RR 2.02(1.27–3.29)
 - 6年時点:RR 1.59(1.13–2.35)
と有意な上昇を示しましたが、 - 8年時点:RR 1.22(0.88–1.70)
 - 9年時点:RR 1.08(0.78–1.44)
では関連が消失しました。 
この「時間依存的な関連」はCox回帰でも確認され、嗅覚喪失(anosmia)ほどリスクが高く、嗅覚減退(hyposmia)ではやや弱い傾向を示しました。
さらにE値解析により、この関連を完全に説明し得る未測定交絡因子はRR 3.5以上の強い影響を持つ必要があることが示され、観察された関連の堅牢性が示唆されました。
分子生物学的背景:嗅覚と血管機能をつなぐ糸
嗅覚は、単に鼻腔の受容体で匂いを感知するだけでなく、嗅上皮から嗅球・辺縁系を経て前頭葉に至る広範な神経ネットワークで維持されています。これらの組織は血流供給に依存しており、微小血管障害や動脈硬化により容易に機能低下を来し得ます。
先行研究では、嗅覚低下が頸動脈内膜中膜肥厚(IMT)やプラーク数の増加と関連することが報告されています。すなわち、嗅覚低下はサブクリニカルな全身性動脈硬化の指標である可能性が高いのです。さらに、嗅覚障害による食欲低下・栄養不良、抑うつ、活動量低下、社会的孤立などが交感神経系や炎症経路を介して心血管リスクを増幅させることも考えられます。
これらの経路は分子レベルでは、嗅上皮細胞や嗅球ニューロンの虚血性変性、血管内皮機能障害、酸化ストレス亢進などにより説明可能であり、嗅覚障害を「神経血管のセンサー」とみなす見方が強まっています。
考察:なぜリスクは初期に集中するのか
興味深いのは、この関連が追跡初期4年間に限られたことです。著者らは次の3つの仮説を挙げています。
- 逆因果関係(reverse causality)
CHDの前駆的段階で既に嗅覚が障害されている可能性です。すなわち嗅覚低下は「迫りくる動脈硬化の兆候」であると解釈できます。 - 競合リスク(competing risk of death)
嗅覚低下者では死亡率自体が高く(複数の大規模コホート研究で確認されている疫学的事実)、CHD発症前に死亡する例が多いため、長期的な関連が見えにくくなる可能性です。 - リスクの枯渇効果(depletion of susceptibles)
嗅覚低下に関連する高リスク者が追跡初期に集中してイベントを起こし、以後の残存集団ではリスク差が縮小するという現象です。 
この「時間依存性」は、著者らが同じARICデータで報告した嗅覚と脳卒中リスクの関係でも同様のパターンが観察されており、嗅覚低下が全身性血管障害の早期警鐘であることを支持しています。
臨床的意義:嗅覚検査が新たな心血管スクリーニングに
本研究の最大の意義は、単回の嗅覚検査が心疾患リスク層別化に利用可能であることを示した点にあります。Sniffin’ Sticksのような簡易検査は、数分で実施でき、侵襲性もありません。特に高齢者においては、血圧や脂質のような従来のリスク因子よりも、「嗅覚低下」という感覚的指標が早期警告となる可能性があります。
日常診療では、患者が「匂いが分かりにくい」と訴えたとき、それを加齢の一言で片づけず、動脈硬化・心疾患リスクのサインとして問診・検査を拡げることが求められます。また、嗅覚機能の低下はうつ症状、栄養摂取の低下、身体活動量の減少にもつながるため、総合的な「ウェルビーイング医療」の観点からも重要なモニタリング項目です。
限界と今後の課題
本研究にはいくつかの制約があります。
第一に、嗅覚評価が1回のみであり、嗅覚低下の発症時期や経時変化を捉えられませんでした。
第二に、対象は米国の白人・黒人高齢者に限られており、他の人種や若年層への一般化には注意が必要です。
第三に、いかに多くの交絡因子を調整しても、残余交絡(residual confounding)の可能性を完全には排除できません。E値解析でも、RR 1.9〜3.5の未測定交絡で有意性が消える可能性があると示されています。
最後に、嗅覚低下がCHDの「原因」なのか、それとも「結果を予告するマーカー」なのかという因果方向は未確定であり、今後の縦断的研究が必要です。
新規性と展望
嗅覚と心疾患の関連を前向きに検討した研究はこれまで極めて少数でした。過去のHealth ABC研究では関連が見られず、National Social Life, Health, and Aging Projectでは傾向止まりでした。本研究はそれらを超え、大規模・長期・厳密なイベント判定を伴うコホートで、有意な関連を示した初の報告です。
嗅覚は神経変性の早期マーカーとして注目されてきましたが、本研究により血管疾患リスクの生物学的マーカーとしての新しい位置づけが浮かび上がりました。将来的には、嗅覚検査を健康診断や高齢者医療に取り入れることで、サブクリニカルな血管病変の早期発見が可能になるかもしれません。
結語
嗅覚という感覚は、単なる匂いの知覚ではなく、神経・代謝・血管の総合的健康状態を映す感覚器です。今回の研究は、高齢者における嗅覚低下が冠動脈疾患リスクの上昇と関連することを初めて明確に示しました。
匂いを感じる力の低下は、心臓の健康が揺らいでいるサインかもしれません。日常の診療でも、患者の嗅覚変化に耳を傾けることが、心血管疾患予防の新たな一歩となるでしょう。
参考文献
Chamberlin KW, Li C, Kucharska-Newton A, et al. Olfaction and Coronary Heart Disease. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. Published online October 30, 2025. doi:10.1001/jamaoto.2025.3740
補足1:Sniffin’ Sticks(スニッフィン・スティックス)検査
Sniffin’ Sticks(スニッフィン・スティックス)検査は、嗅覚機能を客観的かつ定量的に評価するために世界的に広く使われている標準化嗅覚検査法です。ドイツのBurghart社によって開発され、欧米の疫学研究や臨床現場で最も一般的な嗅覚評価ツールの一つです。
1. 検査の基本構造
Sniffin’ Sticksは、外見がマーカー型のペンに似たスティック状の容器に、揮発性のにおい物質(香料)をしみこませたスポンジが内蔵された検査具です。
患者はそれを鼻の近くに差し出され、順に嗅ぎながら回答します。
検査は主に次の3要素から構成されます:
- Threshold(閾値)検査:
におい物質(通常はn-ブタノールなど)を段階的に薄め、被験者が最も低濃度でにおいを感じ取れる濃度を測定します。嗅覚の「感度」を反映します。 - Discrimination(弁別)検査:
3本のスティックのうち、1本だけ異なるにおいがする組を提示し、どれが違うかを当てます。嗅覚の「識別力」を評価します。 - Identification(同定)検査:
よく知られた12種類または16種類のにおいを提示し、それぞれについて4択形式で正答を選びます(例:バナナ・コーヒー・ニンニク・バニラなど)。嗅覚情報を記憶と照合して意味づけする「認知的嗅覚」の指標です。 
2. 採点方法
通常、各項目の正答数を合計してスコア化します。
代表的な形式では以下の通りです:
- 12項目版:最大スコア12点
→ 11–12点:正常(normosmia)
→ 9–10点:中等度低下(hyposmia)
→ 0–8点:低下または喪失(severe hyposmia / anosmia) - “Sniffin’ Sticks Test Battery”完全版(TDIスコア):
Threshold(T)+ Discrimination(D)+ Identification(I)の合計で48点満点。
TDI<16.5で嗅覚喪失、16.5〜30.5で嗅覚減退、30.5以上で正常とされます。 
3. 検査の特徴と利点
- 非侵襲的・安全:鼻腔内に直接挿入せず、感染リスクも低い。
 - 再現性が高い:世界中で標準化され、研究間比較が容易。
 - 短時間で実施可能:簡易版なら5分前後で評価可能。
 - 学習効果が少ない:繰り返し検査でも結果の変動が少ない。
 
4. 臨床・研究での応用
- 神経変性疾患の早期発見:パーキンソン病やアルツハイマー病では、運動症状や認知障害に先行して嗅覚低下が出現することが多く、Sniffin’ Sticksはスクリーニングに有用です。
 - 感染後嗅覚障害の評価:COVID-19などウイルス感染後の嗅覚障害の回復経過を追うために国際的に使用されています。
 - 疫学研究:今回のJAMA Otolaryngology 2025論文のように、大規模コホートで嗅覚と疾患リスク(死亡、心疾患、認知症など)を解析する指標として採用されています。
 
5. 検査で得られる生理学的意味
嗅覚機能は単なる感覚の問題ではなく、
- 嗅上皮細胞の再生能(神経幹細胞機能)
 - 嗅球・嗅皮質への神経伝達効率
 - 血管内皮機能・局所灌流
など、神経・血管・代謝の多面的健康状態を反映します。 
したがって、Sniffin’ Sticksの低スコアは、単なる嗅覚器の異常ではなく、全身的な老化や動脈硬化、神経変性の早期兆候である可能性があるのです。
補足1 のまとめ
Sniffin’ Sticks検査は、嗅覚を「感覚的・神経的・代謝的健康の総合指標」として捉えるうえで非常に有用なツールです。簡便で定量的なこの検査が、神経疾患や心血管疾患の早期リスク評価において今後ますます重要な役割を担っていく可能性があります。
補足2:嗅覚検査に関し、日本の現状は?
嗅覚検査は耳鼻咽喉科領域では古くから行われていますが、日本の臨床現場(特に一般クリニック)では、欧米と比べるとまだ限られた実施状況にあります。
1. 日本で標準的に用いられている嗅覚検査法
日本では、嗅覚障害の診断は厚生労働省の基準(嗅覚障害の診断基準)に基づき、以下の3種類の検査法が主に用いられています。
(1) 基準嗅力検査(T&Tオルファクトメーター)
日本で最も古く、保険診療上の標準検査です。
五十嵐勇ら(1978年)によって開発され、“T&T法”として知られています。
- 検査内容:
5種類の標準臭(β-フェニルエチルアルコール=バラ、メチルシクロペンテノロン=焦げ臭、イソ吉草酸=汗臭、γ-ウンデカラクトン=桃様臭、スカトール=糞臭)を10段階に希釈して提示。
被験者がにおいを感じた段階(検知閾値)と、何のにおいか分かった段階(認知閾値)を評価します。 - 評価指標:
両側5臭平均値をスコア化(−2~5)。
平均スコアが2以上で嗅覚障害と判定されます。 - 特徴:
定量的で再現性が高いものの、臭気瓶の準備や提示に熟練が必要で、検査時間(20〜30分)を要します。
そのため、大学病院や耳鼻科専門施設では標準的ですが、一般クリニックでの実施はまれです。 
(2) 簡易嗅覚検査(Open Essence®:大日本住友製薬)
現在、日本で最も実用的に普及している嗅覚スクリーニング法です。
嗅覚障害の疫学調査やCOVID-19後遺症外来などで多用されています。
- 検査内容:
12種類の「匂いカード」を開封し、においを嗅いで選択肢から回答(例:コーヒー、石けん、みかん、靴下など)。
Sniffin’ SticksのIdentificationテストと同様の同定課題型(forced-choice)検査です。 - 評価:
12点満点で、- 9点以上:正常
 - 6〜8点:軽度低下
 - 0〜5点:中等度〜高度低下
と分類されます。 
 - 特徴:
5分程度で実施可能、器具を使わない、保険適用(D006-3:簡易嗅覚検査 50点)。
そのため、嗅覚外来・一般耳鼻科・COVID後外来などで広く実施可能です。
海外のSniffin’ Sticks Identification Testに相当します。 
(3) アリナミンテスト(嗅覚神経機能検査)
嗅神経機能を評価する日本独自の検査法です。
- 方法:
ビタミンB1誘導体(アリナミンF®)を静注し、呼気中に出現する特有のにおい(ニンニク臭)を感じるまでの時間を計測。
嗅神経から中枢への伝導機能を評価します。 - 特徴:
嗅覚経路の伝導障害(嗅神経・嗅球レベル)を検出できる一方で、におい同定能力までは評価できません。
主に嗅覚障害の部位診断に利用されます。 
2. Sniffin’ Sticks検査の日本での位置づけ
(1) 現状:まだ一般的ではない
Sniffin’ Sticksは欧州では標準的ですが、日本では保険適用外であり、
- 臨床研究や大学病院での学術的使用
 - 国際比較研究のためのデータ整合
などの目的に限定されています。
一般クリニックで導入している例はほとんどありません。 
理由としては:
- 検査キットが輸入品で高価(1セット数十万円)
 - 臭気の文化的差異(日本人に馴染みのないにおいが含まれる)
 - 国内嗅覚基準との互換性が十分に確立していない
 
といった課題があります。
(2) 一部研究施設での活用
日本嗅覚学会や大学病院(例:金沢医科大学、東京大学、筑波大学など)では、Sniffin’ Sticksを日本語適応化(Japanese version)する試みが進められています。
日本人に馴染みやすいにおい項目(例:味噌汁、緑茶、柚子、醤油など)への置換を検討する研究も報告されています。
(3) 臨床的な選択肢としての展望
今後、嗅覚障害が神経変性疾患や心血管疾患の早期マーカーとして注目されるにつれ、
- 簡便かつ国際比較可能な定量検査
としてSniffin’ Sticksの国内導入が進む可能性があります。
特にウェルビーイング医学や老年医学、生活習慣病管理の文脈では、「嗅覚スコア」を新しいバイタルサインの一部として取り入れる動きも出てくると考えられます。 
3. 補足2のまとめ
| 検査法 | 内容 | 所要時間 | 保険適用 | 実施場所 | 特徴 | 
|---|---|---|---|---|---|
| T&Tオルファクトメーター | 5臭10段階の閾値・認知評価 | 約30分 | あり | 専門耳鼻科・大学病院 | 標準法(定量的・時間長) | 
| Open Essence(簡易嗅覚検査) | 12種の匂いカード選択式 | 約5分 | あり | 一般耳鼻科・クリニック | 簡便・スクリーニング用 | 
| アリナミンテスト | 静注後のにおい感知時間 | 約10分 | あり | 耳鼻科 | 嗅神経伝導の評価 | 
| Sniffin’ Sticks | 欧州標準の嗅覚総合検査 | 5〜30分 | なし | 研究施設・一部大学 | 国際比較可能、保険外 | 
結論
日本の臨床現場では、Open Essence(簡易嗅覚検査)が最も現実的で広く普及しています。
一方、Sniffin’ Sticksは日本では研究レベルの使用にとどまっており、保険診療では一般的ではありません。
しかし、嗅覚障害の臨床的・予防医学的意義が高まる中で、将来的にはSniffin’ Sticksのような国際標準検査の導入と日本版標準化が重要な課題になると考えられます。
おまけ
参考
嗅覚低下 vs 味覚低下:死亡リスク上昇メカニズムの比較
| 項目 | 嗅覚低下(Olfactory dysfunction) | 味覚低下(Taste dysfunction) | 
|---|---|---|
| 主な研究エビデンス | Pinto JM et al., PLoS ONE 2014(NSHAPコホート、5年死亡リスクOR 3.37) Ekström I et al., J Am Geriatr Soc 2017(認知症有無にかかわらず死亡率上昇) Pang NY et al., JAMA Otolaryngol 2022(メタ解析:死亡リスク1.52倍)  | Zhu et al., JAMA Otolaryngol 2025(NHANES 2011–2014 n = 7340、味覚低下でHR 1.47 [95% CI 1.06–2.03]) | 
| 死亡リスク上昇の独立性 | 年齢・性別・喫煙・併存疾患を調整しても有意。 嗅覚低下は「神経変性・血管疾患・栄養不良」の総合的マーカー。  | 嗅覚が保たれていても味覚低下単独で死亡リスク上昇。 特に塩味・酸味低下で顕著(HR 1.65〜1.69)。  | 
| 感覚器の生理学的特徴 | 嗅上皮(嗅神経I)→嗅球→嗅皮質・辺縁系(扁桃体・海馬)に至る神経経路。 神経再生が限られ、加齢や血管障害の影響を受けやすい。  | 味蕾(VII, IX, X脳神経)→延髄孤束核→視床→味覚皮質。 末梢受容体の再生能力あり、薬物・感染・栄養状態の影響を受けやすい。  | 
| 主な生物学的メカニズム | ① 神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病)の早期徴候 ② 微小血管障害・内皮機能低下のマーカー ③ 食欲・栄養摂取量低下によるフレイル進行 ④ 社会的活動減少・抑うつ  | ① 味覚受容体損傷や神経伝達異常(薬剤、感染、亜鉛欠乏) ② 食行動変化(味を感じにくくなり塩分・糖分過剰摂取、または摂食低下) ③ 食品安全検知機能低下(腐敗物の識別不全) ④ 口腔・消化機能・腸内環境の悪化  | 
| 代謝・栄養経路との関係 | 匂い刺激の欠如→摂食欲求低下→低栄養・体重減少。 また嗅覚障害はインスリン抵抗性・血管炎症とも関連。  | 味覚低下→塩分・糖分の過剰摂取や偏食→高血圧・肥満・糖尿病リスク上昇。 また低摂食による低アルブミン・サルコペニア経路も。  | 
| 神経・血管系との関連 | 強い(嗅球萎縮、白質病変、内皮障害)—脳血管疾患・神経変性の指標。 | 中等度(味覚路障害や末梢神経障害)—薬剤性や炎症性病態の影響が主体。 | 
| 心理・行動面の影響 | 食事の楽しみ喪失、抑うつ傾向、社会的孤立。 QOL低下が死亡リスクを媒介。  | 食事満足度低下・味覚刺激の鈍麻→摂食行動異常(食べすぎ/食べなさすぎ)。 フレイル・サルコペニア進行。  | 
| 心血管疾患との関係 | 冠動脈疾患・脳卒中リスク上昇(嗅覚低下群でHR ≈ 1.6〜1.8)とする報告。 | 味覚低下による高塩分摂取が高血圧・CVDを介して間接的に死亡リスクを高める。直接的関連は限定的。 | 
| 臨床での検出法 | Sniffin’ Sticks test、UPSIT(University of Pennsylvania Smell Identification Test)、T&T olfactory test(日本)など。 | Electrogustometry(電気味覚検査)、濾紙ディスク法、味覚試験液(4基本味定量)。 | 
| 臨床的介入の方向性 | 神経・血管評価(頸動脈エコー、MRI)や生活習慣病対策を強化。 認知症・フレイル予防の指標に。  | 味覚低下者では栄養状態・塩分摂取・薬剤影響(降圧薬、抗うつ薬など)を確認。 食事指導・亜鉛補充・口腔ケアなどが実践的。  | 
| 研究上のLimitation | 嗅覚評価の主観差・横断的データ中心。 死亡との因果関係を証明するのは難しい。  | 味覚低下は主観評価が多く、嗅覚との分離が困難。 味覚受容体の個体差や薬剤性影響が交絡。  | 
嗅覚低下 vs 味覚低下 要点まとめ
- 嗅覚低下も味覚低下も全死因死亡リスク上昇と関連しているが、寄与経路が異なる。
 - 嗅覚低下は神経変性・血管病変の全身マーカーとして機能する。
 - 味覚低下は栄養・摂食行動異常を介した代謝経路でリスクを高める。
 - 味覚低下では特に塩味・酸味の識別低下がリスク上昇に直結。
 - 嗅覚低下は動脈硬化・冠動脈疾患リスクとの関連が示される。
 - 味覚低下は塩分過剰摂取・低栄養の両方向性リスクを持つ。
 - 嗅覚低下は神経変性疾患(アルツハイマー・パーキンソン)の早期徴候となる。
 - 味覚低下は薬剤性・炎症性・亜鉛欠乏など可逆的因子が多い。
 - 臨床的には、嗅覚低下ではSniffin’ Sticks、味覚低下では味覚試験液/電気味覚検査が有用。
 - 感覚低下は老化の指標にとどまらず、フレイル予防・生活習慣病管理の入口として活用可能。
 

  
  
  
  
