はじめに
近年、「非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)」という呼称は、代謝異常を背景とする病態をより正確に反映するため、「代謝異常関連脂肪肝疾患(Metabolic Dysfunction–Associated Steatotic Liver Disease:MASLD)」へと改称されました。
この新概念は単なる用語変更にとどまらず、脂肪肝を「代謝疾患の表現型」として再定義する重要な転換点です。脂肪肝は、肝臓だけの問題ではなく、心血管疾患やがん、慢性腎臓病など全身の疾患リスクを内包する“代謝症候群の肝臓表現”と理解すべきです。
世界的には成人の約30〜40%がMASLDを有し、2型糖尿病患者では60〜70%、肥満者では70〜80%に達します。心血管疾患が主な死因であり、肝関連死は全体の約10%を占めます。こうした疫学データは、MASLDがすでに世界最大の慢性肝疾患であることを示しています。
発症機構:肝と全身代謝の交差点
MASLDの中心的病態は「肝脂質代謝異常とリポトキシシティ(Lipotoxicity 脂質毒性)」です。脂肪酸が過剰に肝に流入すると、β酸化やVLDLによる輸出能を超えて脂質が蓄積します。この過程は主に4つの要因により進行します。
- 遊離脂肪酸の流入増加:肥満やインスリン抵抗性により脂肪組織からのリポリシス(adipose tissue lipolysis)が亢進します。
- de novo lipogenesisの亢進:過剰な糖質やフルクトース摂取が肝細胞で脂肪酸新生を誘導します。
- 脂肪酸酸化能の低下:ミトコンドリア機能障害や酸化ストレスが関与します。
- トリグリセリド輸送障害:VLDL生成や分泌低下が脂質滞留を助長します。
こうして蓄積したトリグリセリドや遊離コレステロール、セラミドなどが細胞内ストレス応答を活性化し、炎症性サイトカインの産生、細胞死、線維化を引き起こします。特に肝マクロファージと星細胞(hepatic stellate cell:HSC)の活性化がMASH(metabolicdysfunction–associated steatohepatitis:脂肪肝炎)進展の鍵を握ります。
さらに、腸内環境の異常も無視できません。Proteobacteriaの増加や、腸由来内毒素(LPS)の肝流入が、炎症性経路を刺激します。いわば「腸–肝軸」の破綻がMASLDの炎症化を促すのです。
疫学と危険因子:世界規模の代謝疾患
2021年のデータによると、MASLDの年齢調整有病率は10万人あたり15,018例。男性に多く(男性15,731、女性14,310)、45〜54歳でピークを迎えます。
地域別ではラテンアメリカが最も高く(44.4%)、西ヨーロッパが最も低い(25.1%)。中国・インド・スーダンでは2010年から2021年にかけて10%以上の増加を示しました。
2型糖尿病患者の65.3%がMASLDを併発し、そのうち約66%がMASHへ進展しています。組織学的にF2以上の線維化を呈する割合は約41%、進行線維化(F3–F4)※は約15%に上ります。
こうしたデータは、MASLDが糖尿病管理や心血管疾患予防と切り離せないことを明確に示しています。
リスク要因は多面的です。腹部肥満、インスリン抵抗性、糖尿病、高血圧、高トリグリセリド血症、低HDL血症といった代謝異常群に加え、閉経後女性(エストロゲン低下)、およびPNPLA3 I148MやTM6SF2 E167K変異などの遺伝的素因も関与します。
行動要因として、座位生活、喫煙、果糖飲料の摂取、過剰なアルコール(女性>140 g/週、男性>210 g/週)が重要です。
※ 線維化に関しては最下段の補足を参照ください。
診断と評価:非侵襲的評価の進歩
臨床的には無症状のことが多く、軽度のALT上昇や腹部超音波検査で偶然発見されます。肝酵素正常例も多く、2/3の患者ではALT正常です。
診断の基本は「脂肪肝所見+代謝症候群1項目以上+他疾患除外」。画像検査では腹部エコーが第一選択で、中等度〜重度脂肪肝に対する感度80〜89%、特異度87〜90%と報告されています。
非侵襲的線維化評価には、Fibrosis-4 index (FIB-4) が一次スクリーニングとして推奨されます。
FIB-4<1.3で進行線維化を除外できる確率は約85〜90%です。FIB-4>1.3の場合、vibration-controlled transient elastography(肝弾性測定)やELFテストによる二次評価が推奨されます。
これらの段階的評価により、肝生検を行わずとも進行リスクを高精度に層別化できます。
病態進展:脂肪肝から肝癌までの道筋
単純脂肪肝の15〜40%がMASHへ進展し、線維化速度は平均7〜14年に1段階。
F3線維化症例の22%が2年以内に肝硬変に至ると報告されています。
肝硬変では年間約10%が代償不全化(腹水・肝性脳症・静脈瘤出血)、2.5%が肝細胞癌を発症します。
したがって「線維化ステージ」は最も重要な予後因子です。
治療:行動変容から新薬まで
行動療法
最も強力な治療は体重減少です。MASH患者293例を1年間追跡した研究では、体重5%減少で脂肪肝改善、7〜10%減少でMASH寛解と線維化改善が確認されました。
体重10%以上の減量でMASH寛解率は90%に達し、線維化改善も45%(vs 16%)と有意でした。
地中海型食事(果物・野菜・魚・全粒穀物・オリーブ油中心)と週150分の中等度運動が推奨されます。
薬物療法
現在、FDAが条件付き承認した薬剤は2種類です。
- Resmetirom(レセメチロム):甲状腺ホルモン受容体β選択的作動薬。
F1〜F3線維化MASH 966例の試験で、MASH寛解率29.9%(vs 9.7%)、線維化改善25.9%(vs 14.2%)。
ALT −26%、LDL −16%、トリグリセリド −19%、Lp(a) −35%。体重変化の影響を受けず、肝特異的作用が示唆されます。 - Semaglutide(セマグルチド):GLP-1受容体作動薬。
F2–F3線維化MASH 800例で、MASH寛解62.9%(vs 34.3%)、線維化改善36.8%(vs 22.4%)。
体重 −10.5%、ALT −52%、肝硬度 −25%以上減少が60%で認められました。
外科療法
BMI>35の重度肥満例ではバリアトリック手術が推奨されます。
5年後、MASH寛解84%、線維化改善70%。
10年追跡で肝関連イベントは非手術群8.5%に対し手術群2.3%(HR 0.12)、心血管イベントも有意に減少しました。
予後:肝だけでは終わらないリスク
線維化が進むほど、全死亡率・肝関連死が急増します。F4はF0に比し、全死亡HR 3.42、肝関連死HR 11.1。
スウェーデンの全国データでも、MASLD群の全死亡HRは1.85、心血管死HR 1.54、がん死HR 1.47でした。
さらに、メタ解析ではMASLDが心血管疾患HR 1.45、心不全HR 1.50、慢性腎臓病HR 1.43、心房細動HR 1.20、2型糖尿病HR 2.19、消化器癌HR 1.6〜1.9と関連しました。
MASLDは肝疾患を超えた全身疾患であり、その管理は「代謝リスクの統合的治療」を意味します。
今後の展望と臨床への応用
次世代治療として、チルゼパチド(GLP-1/GIPデュアル作動薬)、FGF21アナログ、PPARパンアゴニスト(lanifibranor)などが第3相試験中です。
また、肝弾性測定や血中線維化マーカー、ポリジェニックリスクスコア、腸内細菌叢プロファイルを組み合わせた個別化医療が進むでしょう。
臨床的には、「早期スクリーニングと生活介入の徹底」が鍵です。肥満や糖尿病の患者にエコーやFIB-4を導入することは、今日から実践可能な予防医学的行動です。肝臓を“代謝のバロメーター”として捉え、生活習慣の調律を図ることが、心血管疾患やがんを含む全身の健康維持につながります。
参考文献
Tilg H, Petta S, Stefan N, Targher G. Metabolic Dysfunction–Associated Steatotic Liver Disease in Adults: A Review. JAMA. Published online November 10, 2025. doi:10.1001/jama.2025.19615
補足:肝線維化ステージ
「F3」「F4」というのは、肝線維化(fibrosis)の進行段階を示すスコアで、
肝生検あるいは非侵襲的検査(FIB-4やFibroScanなど)で評価される線維化ステージのことです。
ここでの「F」は「Fibrosis(線維化)」の略です。
1. 線維化ステージとは何か
肝臓が炎症や脂肪蓄積のダメージを繰り返すと、修復反応としてコラーゲンが沈着し、肝臓が「硬く」なっていきます。
この線維化の進行度を定量的に表すのがMETAVIRスコアまたはNAS(NAFLD Activity Score)に準じたFステージです。
一般的な分類(METAVIRスコア)
| ステージ | 病理像の特徴 | 臨床的意味 |
|---|---|---|
| F0 | 線維化なし | 健常または可逆的変化 |
| F1 | 門脈周囲(肝小葉の入口部)に線維化がみられる | 軽度、早期の慢性炎症反応 |
| F2 | 線維化が門脈域同士を結び始める(bridging) | 中等度、可逆性あり |
| F3 | bridging fibrosisが進み、肝小葉構造が歪む | 進行線維化、前肝硬変状態 |
| F4 | 結節性再生を伴うびまん性線維化=肝硬変 | 非可逆的、合併症(腹水・食道静脈瘤など)リスク高 |
2. MASLDにおけるFステージの臨床的意義
脂肪肝(MASLD/MASH)では、このFスコアが最も強い予後指標です。
肝酵素値や脂肪量よりも、線維化ステージが死亡・肝癌・心血管イベントをより正確に予測します。
Tilgら(JAMA 2025)によると:
- F0〜F1:通常は肝関連死リスクが低い。
- F2:線維化進展の始まりで可逆的段階。生活介入で改善可能。
- F3:前肝硬変(advanced fibrosis)。代償性肝不全や門脈圧亢進の前段階。
- F4:肝硬変(cirrhosis)。非可逆的。肝細胞癌や肝不全、食道静脈瘤などの合併が多発。
また、大規模コホート研究では:
- F4はF0に比べて肝関連死亡のハザード比(HR)11.1
- 全死亡リスクもHR 3.4と高く、心血管・腎疾患リスクも上昇しています。
3. 非侵襲的にどう評価するか
肝生検が不要なケースでは、次のような非侵襲的指標が用いられます。
① FIB-4 index
(年齢 × AST) / (血小板 × √ALT)で計算されます。
- FIB-4 < 1.3 → 進行線維化(F3–F4)を85〜90%除外。
- FIB-4 > 2.67 → F3–F4の可能性が高い。
② 肝弾性測定(VCTE / FibroScan)
音波で肝硬度(kPa)を測定します。
- <8 kPa → F0–F2
- 8–12 kPa → F3(進行線維化)
- >12–14 kPa → F4(肝硬変)
③ MRIベースの評価
MRI ElastographyではF3以上を感度95%、特異度92%で診断できると報告されています。
4. 可逆性と治療効果の目安
脂肪肝由来の線維化は早期(F1–F2)であれば可逆的です。
体重を7〜10%減らすことで、組織学的に線維化改善(1段階以上後退)が認められます。
臨床試験でも:
- Resmetirom投与群では線維化改善率24–26%(対照14%)。
- Semaglutideでは線維化改善36.8%(対照22.4%)。
つまり、薬物療法や生活介入によってF3からF2、F2からF1へと改善することが実際に確認されています。
5. 臨床現場での読み方と行動への応用
日常診療では、F3やF4が示された場合には次のような対応が求められます。
- F3(前肝硬変):
肝臓専門医紹介。半年〜1年ごとのエコー・線維化マーカー・肝癌スクリーニング(AFP, PIVKA-II)を実施。
食事制限と体重減少(7〜10%)を目標に、GLP-1受容体作動薬やResmetiromも選択肢に入ります。 - F4(肝硬変):
定期的な肝癌サーベイランス(6か月ごと)。
食道静脈瘤評価、肝性脳症や腹水への注意。薬剤・アルコールの厳重管理が必要です。
補足のまとめ
- 「F3」「F4」は肝線維化の進行度を示す臨床スコアであり、F3は前肝硬変、F4は肝硬変を意味します。
- MASLDでは、このスコアが予後を最も強く規定します。
- 早期段階(F1–F2)では可逆性があり、体重減少や薬物療法で改善可能です。
- 非侵襲的検査(FIB-4やFibroScan)を用いた定期評価が、重症化を防ぐ鍵となります。


