はじめに
日本の食卓に並ぶ小鉢や主菜の数、すなわち皿数は、単なる彩りやマナーの象徴にとどまりません。それが私たちの血管や代謝システムを静かに守る強力なシールドとなっている可能性が、最新の疫学調査によって明らかになりました。長寿国として知られる日本ですが、その健康寿命を支えてきた伝統的な一汁三菜の食習慣を、料理の皿の数という極めて直感的な指標で定量化し、循環器疾患リスクとの関連を解き明かした野心的な研究をご紹介します。
研究プロトコールの全貌とPECO概要
本研究は、厚生労働省が毎年実施している国民健康・栄養調査のデータを用いて、日本人における皿数と循環器リスク因子との関連を検証した大規模な疫学研究です。以下に、その研究プロトコールの概要をPECOフレームワークに沿って整理します。
研究デザイン:横断研究
対象者(Population):
2018年および2019年の国民健康・栄養調査に参加した20歳以上の日本人のうち、食事調査に有効な回答をし、かつ血液データが完全に揃っている男女。ただし、すでに高血圧、糖尿病、あるいは脂質異常症の治療薬を服用している者や、糖尿病と診断されている者、妊婦、授乳婦などを厳格に除外した、最終的な解析対象者2,900人(男性1,100人、女性1,800人)。
要因(Exposure):
1日の全食事(朝食、昼食、夕食、間食)における飲料を除いた総皿数(Number of Dishes in All Meals: NDAM)。個人の1日秤量食事記録に基づき算出。同じ料理(例えば、朝・昼・晩にそれぞれ食べた白米)は重複カウントせず、1日あたり1皿として計上。
・グループ1(基準):7皿以下(男性305人、女性393人)
・グループ2:8-9皿(男性221人、女性567人)
・グループ3:10-12皿(男性304人、女性386人)
・グループ4:13皿以上(男性271人、女性454人)
比較(Comparison):
総皿数が最も少ない基準グループである、グループ1との比較。
アウトカム(Outcome):
循環器疾患のリスク因子である、以下の5つの病態の保有。
- 過体重あるいは肥満:BMIが25 kg/m2以上。
- 腹部肥満:腹囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上。
- 高血圧:収縮期血圧が140 mmHg以上、または拡張期血圧が90 mmHg以上。
- 糖尿病:HbA1cが6.5%以上。
- 脂質異常症:LDLコレステロールが120 mg/dL以上、HDLコレステロールが40 mg/dL未満、non-HDLコレステロールが150 mg/dL以上、またはトリグリセリドが150 mg/dL以上のいずれかを満たす病態。
既存研究との決定的な違い:配膳パターンとしての皿数という新規性
これまで栄養疫学の分野において、食事の多様性を評価する際には、食品数スコアや食事多様性スコアといった指標が主流でした※。これらは何種類の食材を食べたか、あるいはいくつの食品群を網羅したかを計測するものです。しかし、このような食材ベースの指標は、研究レベルでは有用であっても、一般市民が日々の生活の中で実践・管理するにはあまりにも複雑であるという致命的な欠点がありました。
これに対し、本研究が提示した皿数(NDAM)という概念は、実際の食卓における配膳パターンそのものを反映しています。一汁三菜に代表される日本の和食文化では、主食、主菜、副菜、汁物がそれぞれの器に分けて盛り付けられます。この伝統的な配膳スタイルそのものが、食材の多様性を担保する優れたインターフェースとして機能しているのではないか、という着眼点こそが本研究の最大の新規性です。
皿数を数えるだけであれば、複雑な栄養価計算や食品成分表を把握する必要はありません。食卓を視覚的に俯瞰するだけで、自らの食事多様性を瞬時に評価できるという、極めて実用的かつ革新的な行動変容アプローチを提示しているのです。
男女で異なるリスク低下のダイナミクス
多変量ポアソン回帰分析を用いて、年齢や喫煙、飲酒、運動、さらには総エネルギー摂取量などの生活習慣要因を厳格に調整した結果、皿数の多さはいくつかの循環器リスク因子の低下と明確に関連していることが示されました。そのダイナミクスは、男性と女性で興味深いコントラストを描いています。
男性:脂質代謝の改善
まず、男性においては、脂質代謝の改善効果が顕著に現れました。皿数が7皿以下である最低グループ1と比較して、8皿以上を摂取しているグループでは、脂質異常症の相対リスクが統計的に有意に低下していました。
具体的な数値を見ると、基準群に対するリスク比は、グループ2(8-9皿)で0.869(95%信頼区間:0.766から0.985)、グループ3(10-12皿)で0.932(95%信頼区間:0.878から0.990)、そしてグループ4(13皿以上)で0.955(95%信頼区間:0.919から0.998)となっており、皿数が多いグループすべてにおいて脂質異常症のリスクが約5%から13%減少していることが判明したのです。
女性:肥満の防止および高血圧リスクの低下
一方、女性においては、肥満の防止および血圧管理において好ましい関連が観察されました。
体重管理の観点では、最も皿数の多いグループ4(13皿以上)において、過体重あるいは肥満のリスク比が0.889(95%信頼区間:0.792から0.998)となり、有意な肥満抑制効果が確認されました。
さらに血圧においては、グループ2(8-9皿)でリスク比0.712(95%信頼区間:0.533から0.951)、グループ3(10-12皿)でリスク比0.843(95%信頼区間:0.730から0.974)となり、約15%から29%もの劇的な高血圧リスクの低下が認められたのです。
ただし、糖尿病のリスクに関しては、男女ともに皿数との明確な統計的関連は見出されませんでした。これは糖尿病の進展プロセスが、単一の配膳パターンの多寡のみに依存しない、より複雑な遺伝素因や長期的な膵ベータ細胞の疲弊を伴うためと考えられます。
栄養生理学的アプローチ:なぜ皿数が体を守るのか
なぜ、単に皿の数を増やすだけで、脂質異常症や肥満、高血圧のリスクが低下するのでしょうか。その理由は、皿数を増やすという行為がもたらす、マクロ・ミクロ双方における栄養摂取構造の変化にあります。
食物繊維・不飽和脂肪酸
第一に、食物繊維および不飽和脂肪酸の摂取量の劇的な増加が挙げられます。
本研究の食事成分分析によると、皿数が最も多いグループ4では、野菜や果物、キノコ類、海藻類、大豆製品、魚介類の摂取量が著しく増加していました。これに伴い、男性のグループ4では、食物繊維の摂取量が1000 kcalあたり9.04 g(グループ1は6.83 g)に達し、女性では9.02 gとなっていました。
食物繊維は腸管内でのコレステロールや胆汁酸の吸収を阻害し、便中への排泄を促進することで、血清脂質プロファイルを大幅に改善します。
また、魚介類から摂取されるn-3系多価不飽和脂肪酸は、肝臓でのトリグリセリド合成を抑制し、血中脂質のクリアランスを亢進させます。これが男性で脂質異常症リスクが有意に低下したメカニズムを裏付けています。
食事のエネルギー密度の低下と満腹感
第二に、食事のエネルギー密度の低下と満腹感のコントロールです。
皿数が多いグループ4では、食事のエネルギー密度(kcal/g)が低下しており、男性で1.59 kcal/g(グループ1は1.83 kcal/g)、女性で1.48 kcal/g(グループ1は1.64 kcal/g)となっていました。水分や食物繊維が豊富な副菜や小鉢を多く並べることで、胃が物理的に引き伸ばされ、迷走神経を介して視床下部の満腹中枢に満腹シグナルが伝達されます。
さらに、タンパク質のエネルギー比率もグループ4で高くなっており(男性14.83%、女性15.59%)、タンパク質摂取量の増加は消化管ホルモンであるGLP-1やPYYの分泌を促進し、食事誘発性熱産生を増加させます。これが女性において過体重や肥満リスクの低下につながったと考えられます。
ナトリウム・カリウム比
第三に、血圧調節におけるナトリウム・カリウム比の改善です。
以前の研究では、皿数が多い食事スタイルは醤油や味噌などの調味料の使用回数が増えるため、塩分(ナトリウム)の過剰摂取につながりやすいと懸念されていました。しかし本研究では、皿数が増えるにつれて、カリウムの摂取量がそれ以上に増加しているという極めて重要な事実が発見されました。
男性のカリウム摂取量は、グループ1の978 mgからグループ4では1,294 mgへ、女性では1,143 mgから1,446 mgへと大幅に増加しています。その結果、生体内での血圧上昇を抑える重要な生命指標であるナトリウム・カリウム比(Na/K比)が、男性で2.16から1.62へ、女性で2.09から1.52へと劇的に低下していました。カリウムが腎臓におけるナトリウムの排泄を促進し、血管抵抗を低下させることで、高血圧のリスクが有意に抑制されたのです。
研究の限界(limitation)と批判的吟味
本研究の成果は日本の長寿食文化の価値を科学的に裏付けるものですが、医療専門家として冷静に評価しなければならない限界が複数存在します。
最大の問題は、多重比較における統計的調整を適用した際の結果の解釈です。
研究者らは、5つのアウトカムに対して、3つの比較と傾向性テスト(計4回)を行う多重性を補正するため、ボンフェローニ法(アルファ水準を0.05 / 20 = 0.0025に設定)による厳格な補正を行いました。その結果、これまで述べてきた脂質異常症、肥満、高血圧におけるすべての有意な関連は、統計的有意水準を満たさなくなりました。
統計的な厳密さを重視すれば、これらの好ましい効果は「偶然によるものである可能性を否定できない」ということになります。一方で、ボンフェローニ補正はあまりにも保守的であり、第二種の過誤(実際には関連があるのに見落としてしまうリスク)を著しく高めるという批判もあります。本研究の発見を「確実な因果関係」として断定することはできず、あくまで「強力な相関の兆候」として慎重に受け止める必要があります。
また、食事評価がわずか1日間の秤量食事記録に基づいているため、個人の日常的な食習慣や、季節や曜日による日内変動を十分に反映できていない可能性があります。さらに、お弁当やワンプレート料理のように、多様な食材が1つの容器に盛られている場合、データベース上では単一の皿(1皿)としてカウントされてしまい、食事の多様性を過小評価してしまっているバイアスも排除できません。
加えて、この研究は因果関係の方向性を特定できない横断研究です。すでに過体重であるために体重管理目的であえて一皿ものの簡素な食事にして皿数を減らしている人がいるなど、健康状態が食事行動を規定してしまう「逆の因果関係」の可能性にも注意を払う必要があります。
明日からの処方箋:食卓を整え、皿数を数える実践プラン
本研究の知見を、明日からの生活、あるいは患者指導にどう活かすべきでしょうか。最も重要な実践メッセージは、「皿数を毎日8皿以上、理想的には12〜13皿以上にコントロールする」という、極めてシンプルで実行可能な行動指針です。
1日合計で8皿から12皿を達成するための、具体的な食卓プランを以下に提案します。
- 主食ドカ食いからの脱却と、ワンプレートの分解
丼ものやパスタといった1皿で完結する食事は、エネルギー密度が高く、咀嚼回数も減るため、肥満や脂質異常症の温床となります。まずは1つの大皿に盛られた料理を、あえて主菜皿、副菜小鉢へと物理的に取り分け、食卓における皿の数を可視化してください。 - 朝食と昼食にミニ小鉢をプラスする
夕食だけで12皿を稼ぐのは現実的ではありません。朝食時に、納豆、冷奴、もずく酢、あるいはカットフルーツといった「器を移し替えるだけで準備できる小鉢」を2皿プラスします。昼食に外食や弁当を利用する際も、おにぎり単品やラーメン単品を避け、サラダやお浸しなどのサイドディッシュを必ず1皿追加することで、容易に1日あたり合計8〜10皿を達成できます。 - 調味料に頼らない和食のバリエーション
皿数が増えることによる塩分過剰摂取を防ぐため、副菜には出汁(だし)や柑橘類の酸味、薬味を活用します。これにより、ナトリウムの摂取を最小限に抑えつつ、カリウムや食物繊維、魚介類の健康効果を最大化することができます。
食卓を美しく小鉢で飾る。この日本の古き良き配膳文化そのものが、過食を防ぎ、コレステロールをコントロールし、血管のしなやかさを維持するための、最も優雅で科学的な健康長寿の知恵なのです。
参考文献
Takabayashi S., Okada E., Takimoto H. et al. Association of dietary diversity measured by the number of dishes with cardiovascular risk factors among Japanese adults: findings from the National Health and Nutrition Survey, 2018-19. Nutr J (2026). https://doi.org/10.1186/s12937-026-01326-6
※ 補足:食品数スコア(Food Variety Score: FVS)・食事多様性スコア(Dietary Diversity Score: DDS)
食品数スコア(Food Variety Score: FVS)や食事多様性スコア(Dietary Diversity Score: DDS)は、どちらも食事の「バラエティ(多様性)」を定量化するために栄養疫学で広く使われてきた指標です。
これらは主に、1日(または一定期間)に摂取した食品や食品群の種類をカウントすることで測定します。それぞれの具体的な測定方法は以下の通りです。
食品数スコア(Food Variety Score: FVS)
FVSは、シンプルに「食べた食品の具体的な品目数」をそのままカウントする指標です。
- 測定の手順:
- 食事記録(または24時間思い出し法など)から、摂取したすべての食材を洗い出します。
- 飲料や調味料を除くなど、一定のルールに基づいて個々の食品(米、豚肉、キャベツ、にんじん、豆腐など)を1品目としてカウントします。
- 同一の食品が1日のうちに複数回登場した場合は、重複してカウントせず「1品目」とします(例:朝と夜にトマトを食べてもカウントは1)。
- 特徴: 「1日に30品目を目標に」という昔の健康指針に近いイメージです。食材の純粋な種類数を測るには適していますが、例えば「ジャガイモ、サツマイモ、里芋」のように同じような栄養特性の食品ばかりを多く食べてもスコアが高くなってしまうため、全体の栄養バランスを正確に反映しているとは限らないという弱点があります。
2. 食事多様性スコア(Dietary Diversity Score: DDS)
DDSは、食品そのものではなく、「あらかじめ定義された食品群(グループ)を何種類網羅できているか」をカウントする指標です。
- 測定の手順:
- 対象とする食事を、特定の食品グループ(例:穀類、肉類、魚介類、野菜類、果物類、乳製品、豆類など)に分類します。基準となるグループ数は、研究や国際機関(FAOやWHOなど)のプロトコルによって「5群」「10群」「14群」などと決められています。
- 1日の食事の中に、それぞれの食品群が「一定量以上」含まれていた場合、そのグループに「1点」を与えます(微量すぎる調味料程度の場合はカウントしないルールが一般的です)。
- 最終的に、獲得した点数の合計(例:10群中7群を網羅していれば7点)をスコアとします。
- 特徴:特定の栄養素に偏らず、幅広いグループからバランスよく食べているかを評価するのに適しています。
従来の指標の共通する課題
これらの指標を正確に測定するためには、以下のような複雑なプロセスが必須でした。
- 料理の「原材料」まで細かく分解して把握する必要がある(例:カレーライスであれば、米、牛肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、油脂などにすべて分解して重量や品目を割り出す)。
- 対象者に詳細な食事日記をつけてもらうか、専門の管理栄養士が聞き取り調査を行う必要がある。
このように、データの収集と解析に膨大な手間がかかるため、「研究としては優秀でも、一般の人が毎日の食卓でパッと自給自足的に管理するにはハードルが高すぎる」という実務上の課題がありました。
だからこそ、今回の論文で提示された「食卓に並んだ皿の数を数えるだけ」というNDAM(総皿数)という指標が、シンプルでありながら和食の配膳システム(一汁三菜)を介してこれらの多様性を間接的に担保できる、極めて実用的なアプローチとして注目されているわけです。

