健康診断の心電図検査で「第1度房室ブロック(AVB)」を指摘されたことがある人もいるかもしれません。その際、多くの場合、医師から「深刻ではありません」と説明され、特に治療の必要はないと告げられることが一般的です。しかし、近年の研究は、この「軽微な」異常が単なる無害な所見ではない可能性を示唆しています。ここでは、中国東北部の農村地域を対象にした大規模なコホート研究の結果をもとに、第1度AVBの臨床的意義について解説します。
第1度房室ブロックとは?
心臓の電気的興奮は、洞結節から房室結節、そして心室へと伝わります。この過程で、房室結節を通過する時間(PR間隔)が200ミリ秒を超える場合、第1度房室ブロックと診断されます。この所見は、心電図検査で比較的よく見られる異常であり、特に高齢者や高血圧を有する人でその頻度が高まります。しかし、これが単なる加齢や迷走神経活動の亢進によるものなのか、それともより深刻な病態の前兆なのかは長年議論されてきました。
研究の概要
本研究は、中国東北部農村地域に居住する9,634名を対象に、平均4.65年間追跡した前向きコホート研究です。参加者の平均年齢は53.53歳(±10.39)で、45.2%が男性でした。その中で、126名(1.3%)が第一度AVBを有していました。
第1度房室ブロック(AVB)のある群とない群を比較すると、AVB群では以下の特徴が顕著でした:
- 年齢が高い(平均56.16歳 vs 53.49歳, p = 0.004)
- 高血圧の有病率が高い(62.7% vs 50.2%, p = 0.005)
- 腎機能が低下している(推定糸球体濾過率(eGFR)89.51 vs 93.82 mL/min/1.73m², p = 0.005)
第1度房室ブロックと心血管疾患リスク
追跡期間中、710名が心血管疾患(CVD)または全死因死亡のいずれかに該当しました。そのうち524名が新たなCVD(脳卒中または冠動脈疾患)を発症し、371名が死亡しました。
興味深いのは、第1度AVBを有する人々で以下のリスクが顕著に上昇していた点です:
- CVD全体のリスク:ハザード比(HR)1.96(95%信頼区間(CI)1.18–3.23)
- 脳卒中のリスク:HR 2.22(95% CI 1.27–3.90)
これらの関連は、年齢、性別、BMI、心拍数、血圧、糖尿病、脂質プロファイル、腎機能などの従来のリスク因子で調整した後も依然として有意でした。
さらに、感度分析により、β遮断薬やカルシウム拮抗薬の使用者やベースラインでCVDを有する参加者を除外しても、結果は一貫していました。これにより、第1度AVBが独立したリスク因子である可能性が強調されました。
一方で、全死因死亡率や冠動脈疾患(CHD)との有意な関連は確認されませんでした。この結果は、第1度AVBが特に脳卒中リスクの増加に関連している可能性を示唆しています。
メカニズム
第1度AVBと心血管リスクの関連を理解するには、心臓伝導系の構造的および分子的変化に注目する必要があります。
- 加齢と心臓のリモデリング
- 加齢に伴い、心房や房室結節の線維化が進行し、電気信号の伝導遅延を引き起こします。この線維化は、コラーゲン沈着や炎症性サイトカインの増加によるものとされています。
- 高血圧の影響
- 高血圧は心房圧を増加させ、心房のストレスとリモデリングを促進します。この過程では、アンギオテンシンIIやTGF-βなどの因子が関与しています。
- 不整脈リスクの増加
- 第1度AVBが示すPR間隔延長は、心房細動(AF)の発症リスクと関連しています。AFは脳卒中の主要な危険因子であり、これがAVBと脳卒中リスクの関連を説明する一因と考えられます。
実臨床への示唆
これらの結果は、健康診断で第1度AVBが指摘された場合でも、それを軽視すべきではないことを強調しています。特に、高血圧や腎機能低下を有する患者では、定期的なフォローアップが推奨されます。また、第1度AVBを心血管リスク層別化の一要素として取り入れることで、早期介入の機会を増やす可能性があります。
最後に
第1度AVBは確かに心血管疾患リスクと関連しますが、リスクは多くの場合コントロール可能です。生活習慣の改善や適切な薬物療法によって、高血圧や腎機能低下といった基礎疾患を管理することで、リスクを軽減できます。また、この研究は、第1度AVBが全死因死亡率と直接的な関連を持たないことも示しており、不必要な不安を抱える必要はありません。
この研究の知見は予防医療の新たな指針となる可能性を秘めています。定期的な健康チェックと適切なフォローアップによって、健康な未来を作っていきましょう。
参考文献
Liu M, Du Z, Sun Y. Prognostic significance of first-degree atrioventricular block in a large Asian population: a prospective cohort study. BMJ Open. 2022;12:e062005. doi:10.1136/bmjopen-2022-062005.