血圧は、心血管の健康状態を反映する重要な指標であり、高血圧は世界的な健康問題として知られています。世界保健機関(WHO)の2023年の報告によれば、30人の人口の中で1人が高血圧の問題を抱えているという分析が出ています。その半数が問題に気づいていないという悲観的な事実からも分かるように、早期謹行や指導が大切です。しかし、実際の場合には、デバイスの便利性や経済的な制約により、実行性に走っていない事情が突きつけられています。
本稿では、光電容積脈波(Photoplethysmography, PPG)を活用した血圧モニタリングの技術と、その実用化に向けた課題、サーカディアンリズムとの関わりについて解説します。
血圧測定の現状と課題
従来の血圧測定方法は大きく2つに分けられます。第一は、カフを用いた非侵襲的な方法であり、第二は、動脈カニューレを用いる侵襲的な方法です。それぞれの特性と課題について見ていきましょう。
- カフを用いた方法:
- 測定は断続的であり、血圧の日内変動(早朝高血圧や夜間高血圧)を十分に把握できない。
- 測定中の不快感が大きく、特に長期間の使用には向かない。
- 日常生活の中での携帯性に欠ける。
- 侵襲的な方法:
- ICUなどの専門的な医療環境でのみ使用可能。
- 高コストであり、患者の負担が大きい。
このような課題を解決するために、非侵襲的かつ連続的な血圧モニタリングが重要視されており、PPG技術が注目を集めています。
PPGを用いた血圧測定の方法論
光電容積脈波(PPG)は、光を皮膚に照射し、血液量の変化による光の吸収や反射の変化を計測する技術です。この技術を用いて血圧を推定する方法には、大きく以下の3つが挙げられます。
- パルス波速度(Pulse Wave Velocity, PWV)法:
- PWVは、動脈を伝播する脈波の速度を測定する手法であり、血圧と密接な関係があります。
- 動脈の硬さ(コンプライアンス)がPWVに影響を与えるため、この値を用いて血圧を推定します。
- 実際の測定では、複数のセンサーを用いて脈波の到達時間差を計算します。
- 脈波到達時間(Pulse Transit Time, PTT)法:
- PTTは、心電図(ECG)のR波から対応するPPG信号のピークまでの時間差を測定することで得られます。
- 血圧が上昇するとPTTが短縮し、これをモデル化することで血圧を推定します。
- PTTの計測には、心電図とPPGセンサーを組み合わせたデバイスが必要です。
- 単一PPG波形分析(Pulse Wave Analysis, PWA)法:
- PPG波形そのものの特徴を解析して血圧を推定します。
- 波形の立ち上がり時間、振幅、面積などが血圧と相関しており、これらを機械学習や深層学習モデルに入力することで精度を向上させています。
これらの方法論に基づき、PPG信号は血圧推定のための有望な手法とされていますが、課題も残されています。
ノイズと信号品質の課題
PPG信号の精度向上における最大の課題はノイズの除去です。運動や環境光、皮膚とセンサーの接触不良など、さまざまな要因がPPG信号にノイズを加えます。以下に、ノイズが発生する具体的な要因とその対策をまとめます:
- 運動アーティファクト:
- 手指や腕の動きがPPG信号を乱します。
- 機械学習や深層学習を活用したモデルによるノイズ検出が有効。
- 環境光の影響:
- 測定環境の光源が信号に影響を与える。
- 波長選択的なセンサーやフィルターの導入が進められています。
- 接触不良:
- センサーと皮膚の接触圧が変動することでノイズが生じます。
- ウェアラブルデバイスのデザイン改良が求められています。
最新の研究では、PPG信号の品質評価にスキュー指数(SSQI)やサポートベクターマシン(SVM)などの機械学習手法が利用されています。例えば、運動中に取得されたPPG信号から低品質な部分を除外することで、血圧推定の精度が大幅に向上しました。
サーカディアンリズムと血圧モニタリング
血圧には、サーカディアンリズム(24時間周期)に基づく変動があります。通常、夜間には血圧が10%から20%低下しますが、このパターンが崩れると心血管リスクが大幅に上昇することが知られています。
- ノンディッパー型:
- 夜間血圧の低下が10%未満のタイプ。
- 冠動脈疾患や脳卒中のリスクが高まる。
- リバースディッパー型:
- 夜間血圧が昼間を上回るタイプ。
- 心不全のリスクが特に高い。
PPGを用いた研究では、昼間に得られた信号から夜間の血圧変動を推定する方法が模索されています。LSTMニューラルネットワークを利用した最近の研究では、夜間血圧の減少を RMSE (Root Mean Square Error、二乗平均平方根誤差) 3.12 mmHgの精度で予測することに成功しています。
実用化への課題と未来の展望
PPGを活用した血圧モニタリングの実用化には、以下の課題が残されています:
- 頻繁なキャリブレーション:
- 長期間の使用で精度が低下するため、定期的な校正が必要です。
- 個体差の考慮:
- 年齢、性別、体格、皮膚の特性などが信号に影響を与える。
- 個別化されたモデルの構築が求められています。
- データの標準化と共有:
- 公開データセットの不足が、研究の進展を妨げています。
未来の研究方向性としては、以下が挙げられます:
- モデルの軽量化とリアルタイム処理:
- ウェアラブルデバイスでの使用を想定し、高速かつ省エネルギーなアルゴリズムの開発が重要です。
- サーカディアンリズムを考慮したモデルの開発:
- 血圧の日内変動を正確に捉えるためのモデルクラスターの構築が必要です。
- 新しい検証基準の確立:
- 長期間の安定性や、身体の動きによる影響を考慮した検証が求められます。
結論
光電容積脈波(PPG)とサーカディアンリズムを活用した血圧モニタリングは、非侵襲的で連続的な測定の未来を切り開く技術です。これにより、高血圧管理の質が向上し、患者の負担が軽減されるだけでなく、健康寿命の延伸にも寄与します。最新の研究成果は、この技術の実現可能性を示しており、私たちの日常生活に変革をもたらす日も遠くないでしょう。
参考文献
Gang Chen, Linglin Zou, and Zhong Ji, “A review: Blood pressure monitoring based on PPG and circadian rhythm,” APL Bioengineering 8, 031501 (2024); doi: 10.1063/5.0206980