スマートウォッチによる心電図記録の可能性 2

Digital Health

はじめに

近年、スマートウォッチは単なる時間を知らせるデバイスから、医療現場でも活用可能な高性能な健康モニタリングツールへと進化を遂げています。本論文では、Apple Watch(AW)を用いて前胸部心電図(ECG)を記録し、その精度と臨床的有用性について検証した結果が示されました。この研究は、200名の対象者を対象に、標準的な12誘導心電図(以下12誘導ECG)とApple Watchの測定結果を比較することで、スマートウォッチの潜在能力を評価しました。本稿では、研究結果を基に、スマートウォッチの可能性と課題について解説します。


研究の概要

被験者と方法

この研究では、心疾患の有無を問わず200名の被験者を対象としました。そのうち67%が心電図異常を有しており、多様な心疾患が含まれていました(例:ST上昇型心筋梗塞(STEMI)、心房細動、右脚ブロックなど)。Apple Watchを使用し、Einthoven誘導(I、II、III)および前胸部誘導(V1、V3、V6)を記録。これらを標準的な12誘導ECGと比較しました。

測定項目

  • 振幅:P波、QRS波、T波の振幅を評価。
  • 持続時間:PR間隔、QRS持続時間、QT間隔。
  • 解析手法:デジタルカリパスを用いて高精度に解析。バイアス、絶対偏差、95%一致限界をBland-Altman解析により評価。

主な結果

  • AWで記録されたEinthoven誘導および前胸部誘導の振幅および持続時間は、全体として12誘導ECGと高い一致を示しました。
    • R波の振幅(前胸部誘導):12誘導ECGと比較して、AWはわずかに過大評価。
      • V1: +0.094 mV(p<0.001)
      • V3: +0.149 mV(p<0.001)
      • V6: +0.129 mV(p<0.001)
    • PR間隔QRS持続時間QT間隔:絶対偏差はそれぞれ最大で32ms、26ms、35ms以内。

これらの結果から、AWは臨床的に許容される範囲内で12誘導ECGと一致しており、特に不整脈や急性冠症候群のような疾患において有用である可能性が示唆されました。


スマートウォッチの医療用途

実践的な応用例

Apple Watchの前胸部誘導心電図機能を活用することで、以下のような場面で早期診断が可能になります。

  1. 心房細動の検出
    • AWはすでにリードIの測定を用いた心房細動(AF)の検出に高い精度を示しています。さらに、リードIIやV1の測定を追加することで、AFの検出率が向上すると考えられます。
  2. Brugada症候群の診断
    • Brugada症候群では、リードV1とV2に特徴的なST上昇が見られます。本研究により、AW-V1でこれらの特徴が捉えられる可能性が示唆されました。
  3. QT延長症候群のモニタリング
    • QT間隔の測定は、特に薬剤性QT延長や家族性QT延長症候群のモニタリングに重要です。本研究では、AWで記録されたQT間隔が12誘導ECGと高い一致を示しました。
  4. 心筋梗塞の早期発見
    • AWの多誘導記録機能により、ST上昇型心筋梗塞の診断が可能になる可能性があります。

実践のための具体的手順

Apple Watchを活用して前胸部誘導を記録する方法は以下の通りです。

  1. 準備
    • 被験者は背もたれのある椅子に座り、リラックスした状態で姿勢を安定させます。
    • Apple Watchを測定する部位(以下参照)に配置します。
  2. 測定部位
    • V1誘導:胸骨の右縁、第4肋間にApple Watchの背面を接触させます。
    • V3誘導:胸骨と左乳頭の間の中央部(第5肋間)に配置します。
    • V6誘導:左乳頭の真下で、左中腋窩線(体側部)に沿った第5肋間に配置します。
  3. 記録
    • Apple HealthアプリまたはECGアプリを起動。
    • デジタルクラウンに右手の指を軽く置き、30秒間の測定を実施します。
  4. データの送信
    • 測定結果をPDF形式でエクスポートし、必要に応じて医師や専門家に送信します。

課題と将来の展望

制限事項

  • リード配置の最適化
    • 現在のAWでは、aVR、aVL、aVFが取得できないため、これらの誘導が必要な診断(例:心筋梗塞の局在診断)には限界があります。
  • 自動解析の精度
    • 不整脈や心筋梗塞の自動検出アルゴリズムはさらに精度向上が必要です。

今後の方向性

  1. 追加リードの取得
    • aVR、aVL、aVFなどの欠損リードを補完する方法として、AIによるリード再構築技術が期待されています。
  2. 患者教育と普及
    • 簡易なトレーニングを通じて、非医療従事者でも質の高い記録が可能になることが望まれます。
  3. 遠隔医療との統合
    • スマートウォッチ心電図を用いた遠隔モニタリングが普及すれば、患者が迅速に医療支援を受けられる体制が整います。

結論

本研究は、Apple Watchが単なる健康管理ツールを超えて、心臓疾患の診断やモニタリングにおいて有用なデバイスとなる可能性を示しました。特に、Einthoven誘導および前胸部誘導を記録できる能力は、従来の12誘導ECGに匹敵する診断能力を持つことを示唆しています。課題は残るものの、将来的には患者の早期診断や遠隔医療の新しい形を構築する上で重要な役割を果たすでしょう。


参考文献

van der Zande, J.; Strik, M.; Dubois, R.; Ploux, S.; Alrub, S.A.; Caillol, T.; Nasarre, M.; Donker, D.W.; Oppersma, E.; Bordachar, P. Using a Smartwatch to Record Precordial Electrocardiograms: A Validation Study. Sensors 2023, 23, 2555. https://doi.org/10.3390/s23052555

タイトルとURLをコピーしました