はじめに
睡眠の質や量が健康に及ぼす影響は多くの研究で証明されてきましたが、睡眠規則性――つまり、日々の睡眠と覚醒のスケジュールの一貫性――が健康に及ぼす影響については、これまで十分に解明されていませんでした。最近発表された論文では、イギリスの成人72,269名を対象とした前向きコホート研究を通じて、睡眠規則性指数(Sleep Regularity Index, SRI)と主要心血管有害事象(MACE: Major Adverse Cardiovascular Events)の関連が明らかにされました。本解説では、この研究の概要と結果を示し、具体的な実践的アドバイスや今後の可能性を交えながら解説します。
睡眠規則性指数(Sleep Regularity Index, SRI)とは何か
SRIは、日々の睡眠と覚醒のパターンがどれだけ規則的であるかを0—100のスケールで評価する指標です。SRIは、就寝時間、起床時間、睡眠時間、および睡眠中の覚醒の日常的な変動を捉え、0(睡眠と覚醒の時間がランダム)から100(完全に規則的な睡眠覚醒パターン)までのスコアで評価されます。
研究デザインと対象者
本研究は、UK Biobankプロジェクトの一環として実施されました。対象者は40—79歳の男女で、加速度計を7日間装着することで睡眠パターンを記録しました。
- 対象者数: 72,269名
- 追跡期間: 平均7.8年間
- 平均年齢: 62.1歳
- 性別: 男性42.9%、女性57.1%
- 評価対象: 心筋梗塞、心不全、脳卒中を含む主要心血管有害事象(MACE)
加速度計データに基づく睡眠規則性の評価は、日々の睡眠スケジュールの安定性を測定し、SRIとしてスコア化されました。MACEは入院記録や死亡記録をもとに確認され、全体で4,887件のMACEが発生しました。
主な研究結果
SRIの分類
本研究では、上位25%、中間50%、下位25%を基準に下記のように分類しました。
- 規則的: SRI > 87.3
- 中程度不規則: 71.6 ≤ SRI ≤ 87.3
- 不規則: SRI < 71.6
本研究では、SRIの測定に加速度計を使用しており、主観的報告に基づく従来の評価法よりも精度の高い解析が可能となっています。
SRIの分類の具体例
SRIの数値のみではイメージがつきづらいので、典型的なイメージを挙げてみました。
- 規則的 (SRI > 87.3):
- 毎晩22:00に就寝し、6:30に起床する生活を送る。
- 平日・週末を問わず同じスケジュールを守り、睡眠時間が7時間半で安定。
- 夜間の中途覚醒もほとんどなく、目覚めの時間も一定。
- 中程度不規則 (71.6 ≤ SRI ≤ 87.3):
- 平日は22:30に就寝し、6:30に起床するが、週末には24:00就寝、8:00起床となることがある。
- 睡眠時間は一定しているものの、週2日程度で中途覚醒が発生する。
- 就寝・起床時刻がずれることで睡眠スケジュールにばらつきが生じる。
- 不規則 (SRI < 71.6):
- 平日は23:00に就寝し6:00に起床するが、週末は26:00に就寝、10:00起床など、スケジュールが乱れる。
- 夜間に頻繁に目が覚めたり、昼寝が多く含まれる不安定なパターン。
- 睡眠時間が5〜10時間と日ごとに大きく変動する。
- また、夜勤の業務に従事している人のSRIスコアは、通常、不規則に分類される可能性が高いです。
睡眠規則性とMACEリスクの関係
- SRIが規則的(>87.3)の参加者と比較して、
- 不規則(<71.6)の参加者はMACEリスクが26%増加(HR 1.26, 95% CI 1.16—1.37)。
- 中程度不規則(71.6—87.3)の参加者は8%増加(HR 1.08, 95% CI 1.01—1.70)。
- SRIスコアが高いほど、リスクが線形的に減少する傾向が見られました。
睡眠時間の影響
- 適切な睡眠時間(7—9時間)は、中程度不規則な参加者におけるリスクをある程度軽減しました(HR 1.07, 95% CI 0.96—1.18)。
- しかし、不規則な参加者では適切な睡眠時間を確保しても、リスク軽減効果は限定的でした(HR 1.19, 95% CI 1.06—1.35)。
MACEの内訳
- 心不全: HR 1.45(95% CI 1.21—1.75)
- 心筋梗塞: HR 1.23(95% CI 1.11—1.36)
- 脳卒中: HR 1.22(95% CI 1.01—1.48)
睡眠不規則性が心血管リスクを増加させるメカニズム
- 概日リズムの破綻:
- 不規則な睡眠は、内因性の体内時計(概日リズム)と外的な時間的シグナル(光、食事時間、活動パターン)との同期を乱します。
- 概日リズムの破綻は、ホルモン分泌の異常(コルチゾール、メラトニンなど)や免疫応答の低下を引き起こします。
- 交感神経系の活性化:
- 睡眠不規則性により、交感神経系が過剰に活性化され、血圧上昇や心拍数の変動性低下を招きます。
- これにより、心血管系への負担が増加します。
- 炎症と代謝異常:
- 睡眠の断片化や不規則性は、慢性的な炎症状態を引き起こします。
- 高感度C反応性タンパク(hs-CRP)の上昇やインスリン抵抗性が観察されており、これが動脈硬化や心血管疾患の発症リスクに寄与します。
- 食事のタイミングとの連鎖:
- 不規則な睡眠は食事タイミングの乱れを引き起こし、血糖値や脂質代謝の変動を助長します。これらは動脈硬化性疾患のリスク因子です。
実践的なアプローチ
睡眠規則性を高めるためのヒント
- 毎日同じ時間に寝起きする:
- 就寝・起床時刻を固定し、週末も平日と同じスケジュールを維持しましょう。
- 睡眠環境を整える:
- 暗く、静かで快適な温度の部屋を用意し、スマートフォンなどの電子機器を寝室から排除する。
- リラックス習慣を持つ:
- 就寝前に瞑想や深呼吸を行うことで、交感神経の活性化を抑制。
- 朝の光を浴びる:
- 日中の自然光を活用し、概日リズムを整える。
- カフェインとアルコールを避ける:
- 寝る前の数時間はこれらを控える。
- 一貫した食事スケジュール:
- 毎日同じ時間に食事をとり、夜遅くの食事を避ける。
スマートウォッチとSRI: 未来の可能性
スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスの進化により、SRIやそれに準ずる睡眠規則性の指標が一般的に利用可能になる可能性もあります。
技術的な進展:
- 現在のスマートウォッチは、心拍変動(HRV)、睡眠ステージ、加速度センサーによる動きのデータを収集しています。これらのデータはすでに高度なアルゴリズムで解析され、睡眠時間や質の評価に使用されています。
- さらに、日々のデータの一貫性を解析する機能が追加されれば、SRIのような指標の算出も可能になります。
SRIの導入がもたらす利点:
- 個人の睡眠健康のモニタリング:
- ユーザーは、自分の睡眠規則性を客観的に把握し、日々の改善に役立てることができます。
- 予防医療の強化:
- 医療機関は、長期的なデータを活用して心血管リスクの早期発見や介入を行いやすくなります。
- パーソナライズドヘルスケア:
- スマートウォッチは個々人に最適化されたアドバイスを提供することで、より良い健康管理をサポートできます。
将来的に、SRIの導入はウェアラブルデバイスの新たな標準となり、個人および公衆衛生の向上に寄与する可能性があります。
結論
この研究は、睡眠規則性が心血管健康に与える影響を示す重要なエビデンスを提供しました。不規則な睡眠パターンがMACEリスクを増加させる一方で、適切な睡眠時間を確保するだけではリスクを完全に軽減することはできません。本研究の結果は、健康的な生活を維持する上で、睡眠規則性を意識する必要性を強調しています。
明日からできる実践的な改善策を取り入れながら、より規則的な睡眠スケジュールを心がけることで、心血管健康の維持に大きく寄与することが期待されます。
参考文献
Chaput J-P, Biswas RK, Ahmadi M, et al. Sleep regularity and major adverse cardiovascular events: a device-based prospective study in 72,269 UK adults. J Epidemiol Community Health. Published online November 29, 2024. doi:10.1136/jech-2024-222795.