はじめに
一酸化炭素(CO)は無色・無臭・無味の気体であり、ヒトの感覚では知覚できない。それにもかかわらず、COはヘモグロビン(Hb)との結合親和性が極めて高く、酸素の200~250倍に達する。そのため、吸入されたCOは直ちに血液中に入り込み、酸素と競合しながらカルボキシヘモグロビン(COHb)を形成する。COHbは血液を異常に鮮紅色に染め上げ、見た目の血液酸素化を錯覚させるが、実際には組織レベルでの重篤な低酸素状態を引き起こす。
本稿では、一酸化炭素中毒の病態生理、診断、治療、そして予防策について解説する。
一酸化炭素中毒の発生状況と原因
米国では年間400人以上がCO中毒により死亡し、14,000件以上の入院例が報告されている。この数値は医療機関を受診した症例のみを含むため、実際の発生件数はさらに多いと推測される。CO中毒の主な原因は、
- ガス給湯器やストーブなどの不完全燃焼
- 車両の排気ガス
- 炭火や薪ストーブの使用
- 屋内での発電機稼働
- 練炭・木炭を用いた暖房器具
- 水タバコ(シーシャ)によるCO吸入
特に、水タバコの使用は一般的な紙巻きタバコよりも大量のCOを発生させる。研究によると、水タバコを1時間使用すると、紙巻きタバコ100本分の煙を吸入することに相当し、COHbの上昇が顕著である。
COHbの形成とその影響
COは吸入後、血液中のヘモグロビンと迅速に結合し、COHbを形成する。通常、非喫煙者のCOHb濃度は1%未満だが、喫煙者では3~10%に上昇する。ヘビースモーカーでは10%以上となることもある。
COHbの形成により、以下の影響が生じる。
- 酸素運搬能の低下: COはHbに対して酸素よりもはるかに高い親和性を持ち、一度結合すると容易に解離しない。そのため、酸素供給が阻害される。
- 酸素解離曲線の左方シフト: COHbの存在により、残存するO₂Hbの酸素解離能力が低下し、組織への酸素供給が一層困難になる(ボーア効果の抑制)。
- ミトコンドリア電子伝達系の阻害: COは細胞レベルでも毒性を発揮し、ミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼ(Complex IV)と結合して電子伝達系を阻害する。これによりATP産生が低下し、細胞レベルでの低酸素症を引き起こす。
CO中毒の症状と診断
CO中毒の症状は非特異的であり、初期には「インフルエンザに似た」症状として表れることが多い。
- 軽症(COHb <10%): 頭痛、吐き気、倦怠感、めまい
- 中等症(COHb 10~25%): 胸痛、認知障害、協調運動障害
- 重症(COHb >25%): 失神、痙攣、心筋虚血、昏睡
- 40%以上: 死亡リスクが極めて高い
診断にはCOHbの測定が必須である。動脈血ガス分析(ABG)やCOオキシメトリーを用いて測定する。注意すべき点として、通常のパルスオキシメーター(SpO₂)はCOHbを酸素Hbと誤認するため、CO中毒患者でも高値を示すことがある。
COHbの光学特性と血液の色
COHbが血液を鮮紅色にする理由は、ヘム鉄の光吸収スペクトルの変化にある。
- O₂Hbは主に540 nm(緑)と580 nm(黄色)を吸収し、赤色光(600 nm以上)を反射する。
- COHbでは570 nm付近の吸収が増強されるため、より長波長の赤色が強調され、血液が明るい赤(鮮紅色)として見える。
このため、CO中毒ではチアノーゼ(皮膚の青紫色変化)がみられず、見た目の血液酸素化と実際の組織低酸素が乖離することがある。
治療と予防
治療:
- 100%酸素投与(フェイスマスク)により、COの半減期を約4~5時間から60~90分へ短縮する。
- 重症例(COHb >25%または意識障害あり)では高気圧酸素療法(HBO)が推奨される。
予防:
- CO検知器を寝室ごとに設置し、バッテリーを定期点検する。
- 室内での炭火・練炭使用を避け、ガス機器の換気を徹底する。
- 水タバコの長時間使用を避ける。
おわりに
CO中毒は見た目に騙されやすい疾患であり、迅速な診断と治療が求められる。特に血液の「色」に依存した診断は危険であり、適切な検査手法の導入が不可欠である。
参考文献
Lieu K, Smollin CG, LeSaint KT. What Is Carbon Monoxide Poisoning? JAMA. Published online February 14, 2025. doi:10.1001/jama.2025.1384.