アスリートの徐脈は安全なのか? 潜在するリスク

心拍/不整脈

はじめに

長期間にわたるスポーツ活動、特に持久系スポーツは、トレーニングを受けていない一般の人々では異常とされる心電図パターンを引き起こすことが知られています。中でも、洞徐脈や房室(AV)ブロックなどの徐脈性不整脈は、アスリートにおいて頻繁に観察されます。本論文は、アスリート、特にベテランアスリートにみられる症状性徐脈性不整脈の根本的な機序と最新の治療アプローチについて解説します。

アスリートにおける徐脈性不整脈の疫学

持久系アスリートでは、洞徐脈の有病率は最大90%、洞不整脈は20%に達します。さらに、2秒を超える洞停止はアスリートの3分の1に認められ、特に睡眠中に顕著です。24時間ホルター心電図では、アスリートの27.5-40%に1度房室ブロック、15-22%にモビッツI型(ウェンケバッハ型)2度房室ブロックが観察されます。

ベテランアスリート(平均年齢60歳以上)を対象とした研究では、非アスリートと比較してペースメーカー植え込み率が高いことが報告されています。
例えば、元プロサイクリストではペースメーカー植え込み率が3%(対照群0%)、元アスリート全体では14%(対照群3%)でした。
また、52,755人の長距離クロスカントリースキーヤーを対象とした大規模研究では、レース完走数が多い、または完走タイムが速いスキーヤーほど、洞結節機能不全や高度房室ブロックによる入院リスクが有意に高まることが示されました。

従来の仮説とその限界

従来、アスリートの徐脈性不整脈は「高い迷走神経緊張」によるものと説明されてきました。しかし、近年の研究では、この仮説だけでは説明できない現象が多く観察されています。例えば、完全な自律神経遮断下でも、トレーニングを受けたアスリートや動物モデルでは内在性心拍数が低下していることが確認されています。
このことから、洞結節や房室結節自体の電気生理学的リモデリングが重要な役割を果たしていると考えられるようになりました。

分子生物学的機序:イオンチャネルのリモデリング

運動トレーニングは、洞結節と房室結節におけるイオンチャネルの発現プロファイルに変化をもたらします。げっ歯類モデルを用いた研究では、水泳やトレッドミル走行トレーニングにより、洞結節と房室結節の両方で、HCN(hyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated)チャネルやL型/T型Ca²⁺チャネルの発現がダウンレギュレーションされることが明らかになっています。

特に重要なのは、HCN4チャネルとそれによって生じるfunny電流(If)の変化です。マウス・ラット・ウマ・ヒトを用いた研究で、運動トレーニングにより、これらチャネルのmRNAおよびタンパクレベルでの発現低下(HCN4とIfの減少)が観察され、洞結節およびAV結節の自発興奮性が低下することが明らかになっています。同様に、房室結節においてもIfの減少が伝導速度の低下に関与しています。この機序は、HCN4ブロッカーであるイバブラジンの効果が、アスリートでは減弱していることからも支持されています。

概日リズムの影響

アスリートの徐脈性不整脈は主に夜間(睡眠中)に発生します。その一因として、洞結節やAV結節における内因性概日時計(circadian clock)の存在が挙げられます。マウスの洞結節を用いた研究では、転写産物の約44%が概日リズムを示し、その中にはHCNチャネルを含む多くのイオンチャネルが含まれています。実際、HCNチャネルやIf電流も夜間(ヒトでいうところの睡眠期)に低下し明らかな概日リズムを示し、HCNチャネルの遮断は心拍数の概日リズムを消失させます。この概日リズムは迷走神経だけでなく、局所的な分子時計によっても支えられているのです。

興味深いことに、HCN4をダウンレギュレートするmiR-423-5pなどのマイクロRNA(miRNA)も運動トレーニングにより増加することが確認されています。これらのmiRNAを標的とした治療(アンチmiR)は、トレーニング誘発性の徐脈を改善する可能性が示唆されています。

加齢の影響

症状性徐脈性不整脈は、主に何十年にもわたって高強度の運動を続けてきたベテランアスリートに発生します。これは、加齢そのものが洞結節や房室結節の機能を低下させるためです。例えば、マウスでは加齢に伴いHCNチャネルとIfがダウンレギュレーションされ、洞結節の自動能が低下します。

加齢による洞結節機能不全は従来、線維化(細胞外マトリックスの増殖)によるものと考えられてきましたが、最近の研究では電気的リモデリング(イオンチャネルの発現変化)が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。

治療アプローチ

Detraining(運動休止)

運動トレーニング誘発性徐脈性不整脈の最も直接的な治療法はデトレーニングです。若年アスリート(約24歳)では2ヶ月のデトレーニングで15%、ベテランアスリート(約55歳)では50%の心拍数回復が報告されています。しかし、アスリートがデトレーニングに消極的である場合や、心理的苦痛を引き起こす可能性があるという課題があります。

ペースメーカー植え込み

現時点では、アスリートにおけるペースメーカー植え込みの有効性を評価した前向き研究は限られていますが、現存するエビデンスは、この方法が安全で有効な戦略であることを示唆しています。特に、高強度または長時間の持久運動を行う能力を損なわないことが報告されています。

Cardioneuroablation(迷走神経節焼灼)

カージオニューロアブレーションは、心房外側や大血管周囲の迷走神経節をラジオ波で焼灼する新しい技術です。選択された患者において、洞結節機能不全や高度房室ブロックを改善することが9-24ヶ月にわたって確認されています。ただし、現時点ではアスリートに対する適用は確立されていません。

分子標的治療(miRやチャネル分子の制御)

運動トレーニングによるイオンチャネルリモデリングの分子メカニズムが明らかになるにつれ、新しい治療法の可能性が浮上しています。特に注目されているのは以下の3つのアプローチです。

  1. miRNAターゲティング:miR-423-5pなどのHCN4を抑制するmiRNAを阻害するアンチmiRは、マウスモデルでトレーニング誘発性徐脈を改善することが示されています。
  2. GIRK4(G protein-gated inwardly rectifying K⁺ channel 4)阻害:GIRK4ノックアウトや薬理学的阻害は、トレーニング誘発性の洞徐脈とPR間隔延長を改善します。これは、GIRK4がペースメーカーイオンチャネルの転写調節に関与しているためと考えられます。
  3. AMPK(AMP-activated protein kinase)調節:AMPKの活性化はHCN4とI₄のダウンレギュレーションを引き起こし、心拍数を低下させます。逆に、AMPKのγ2サブユニットをノックアウトすると、トレーニング誘発性のI₄減少と心拍数低下が防止されます。

臨床的意義と実践的アドバイス

本論文の知見は、臨床現場でアスリートの徐脈性不整脈を評価・管理する際に重要な示唆を提供します。特に、以下の点に注意が必要です。

  1. ベテラン持久系アスリート(特に45-80歳の男性マラソンランナーやサイクリスト)では、夜間に増悪する症状性徐脈性不整脈のリスクが高いことを認識する必要があります。
  2. 従来の「高い迷走神経緊張」という説明だけでは不十分であり、洞結節と房室結節自体の電気的リモデリングが関与している可能性を考慮すべきです。
  3. 治療方針を決定する際には、患者の運動継続意向や心理的影響を十分に考慮し、個別化されたアプローチを取ることが重要です。
  4. 今後の治療オプションとして、分子標的治療の可能性に注目する価値があります。特に、miRNAやGIRK4を標的としたアプローチは、従来のペースメーカー療法に代わる選択肢となる可能性があります。

結論

運動トレーニング、概日リズム、加齢という3つの要因が相乗的に作用することで、アスリート、特にベテランアスリートにおいて症状性徐脈性不整脈が発生します。この現象の根本的な生物学を理解することは、患者管理における不確実性を減らすだけでなく、一般人口における心臓伝導系疾患の病態生理に関する新たな知見を提供し、画期的な治療法の開発につながる可能性があります。

今後の研究では、大規模な前向き研究によるペースメーカー植え込みの有効性評価や、分子標的治療の臨床応用に向けた開発が期待されます。

参考文献

Al-Ohlman S, Boyett MR, Morris GM, et al. Symptomatic bradyarrhythmias in the athlete—Underlying mechanisms and treatments. Heart Rhythm. 2024;21(8):1415-1427. https://doi.org/10.1016/j.hrthm.2024.02.050

追記:アスリートの徐脈は、悪いことなのか?

アスリートの徐脈は、必ずしも悪いことではありません。むしろ多くの場合、それは心臓が効率的に働いている証拠とされ、いわゆる「スポーツ心臓(athlete’s heart)」の一部として生理的適応とみなされます。

ただし、無条件に「良いこと」でもありません。以下に、アスリートの徐脈が「生理的か」「病的か」を見極めるためのポイントを解説します。


生理的な徐脈(正常な適応)

以下のような特徴がある徐脈は、基本的に正常な心臓の適応反応と考えられます。

  • 安静時心拍数が30〜50回/分程度
  • 自覚症状がない(失神・めまい・強い疲労感などがない)
  • 運動時にはしっかり心拍数が上がる
  • 心電図で1度房室ブロックやMobitz I型ブロックがみられるが、夜間に限られる

このような徐脈は、持久系トレーニングにより迷走神経緊張が亢進し、心臓の拍動効率が高まっている状態です。トレーニングをやめれば心拍数は多くの場合、元に戻ります。


病的な徐脈(注意が必要)

以下に該当する場合は、単なる生理的反応ではなく、病的徐脈の可能性があります。

  • 夜間の頻繁な洞停止(2秒以上)、房室ブロックが記録される
  • 朝方や就寝中にめまいや失神を経験する
  • 運動時に心拍数が十分に上がらない(変時不全)
  • 長期トレーニング歴があり、30代以降で症状が出てきた
  • ホルター心電図で一過性の3度房室ブロックや30秒以上の洞停止がみられる

特に、高強度の持久性トレーニングを10年以上継続しているアスリートでは、洞結節や房室結節のイオンチャネルが再構築され(再モデリング)、迷走神経だけでは説明できない機能低下が起きていることがあります。これが症候性徐脈につながる場合には、ペースメーカーやその他の治療介入が必要になることもあります。


「よい徐脈」と「悪い徐脈」のまとめ

特徴よい徐脈(生理的)悪い徐脈(病的)
心拍数30~50回/分30回/分以下や洞停止など
症状無症状動悸、めまい、失神、疲労感など
心電図所見軽度の洞性徐脈、1度またはMobitz I型房室ブロック高度房室ブロック、長時間の洞停止
トレーニングによる心拍上昇正常に反応する心拍数が上がらない、変時不全
回復性detrainingで改善するdetrainingしても改善しないことがある

結論:徐脈は“背景と文脈”がすべて

アスリートにとっての徐脈は、誇るべきトレーニングの成果であると同時に、注意深く観察すべき身体のサインでもあります。無症状で日中のパフォーマンスが良好であれば、通常は心配ありません。しかし、夜間の異変や体調不良があれば、専門医による評価(特に24時間心電図)が重要です。

「徐脈=良い or 悪い」ではなく、「その人にとって意味のある徐脈かどうか」を判断することが本質的に大切です。

タイトルとURLをコピーしました