性格特性と高血圧リスク

血圧

はじめに

心血管疾患(CVDs)は世界的に主要な死因の一つであり、年間約1,790万人が命を落としています。日本においても、加齢やがんに次ぐ大きな死亡原因となっており、その中心的なリスク因子が高血圧です。高血圧は脳卒中や心筋梗塞、心不全、腎不全の引き金となり、発症予防が最重要課題の一つとされています。従来、高血圧のリスク因子としては年齢、肥満、喫煙、糖尿病や腎疾患などが注目されてきました。しかし近年、心理的・社会的要因、特に性格特性が健康行動やストレス応答を通じて血圧に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

本研究は、日本人7,321名を対象とし、ビッグファイブ性格特性(外向性、協調性、誠実性、神経症傾向、開放性)が4年間にわたり高血圧の発症および持続にどのように影響するかを検討した縦断研究です。その結果、特に誠実性と開放性が重要な予測因子として浮かび上がりました。

参考:ビッグファイブ性格特性(Big Five personality traits)とは

ビッグファイブ性格特性(Big Five personality traits)とは、人間の性格を 5つの基本的な次元 で説明する心理学の代表的なモデルです。これは世界中の多くの研究で支持されており、臨床心理学や教育、職業適性、健康行動の研究など幅広い分野で使われています。


ビッグファイブの5つの特性

  1. 外向性(Extraversion)
    • 特徴:社交的、活動的、エネルギッシュ、他者との交流を好む
    • 高い場合:人付き合いが好きで、積極的に新しい関係を築く
    • 低い場合(内向的):一人で過ごすことを好み、落ち着いた活動を選ぶ傾向
  2. 協調性(Agreeableness)
    • 特徴:思いやり、優しさ、信頼性、利他的
    • 高い場合:他人に配慮し、協力的で信頼されやすい
    • 低い場合:対立的、批判的、利己的な傾向
  3. 誠実性(Conscientiousness)
    • 特徴:責任感、自制心、計画性、勤勉さ
    • 高い場合:几帳面で努力家、ルールや期限を守る
    • 低い場合:衝動的、怠惰、整理整頓が苦手
  4. 神経症傾向(Neuroticism)
    • 特徴:不安、怒り、落ち込みなどネガティブな感情を感じやすい
    • 高い場合:ストレスに弱く、気分の浮き沈みが激しい
    • 低い場合:安定しており、感情的に落ち着いている
  5. 開放性(Openness to Experience)
    • 特徴:好奇心、想像力、芸術的感受性、新しい経験への柔軟性
    • 高い場合:新しいアイデアや体験を好み、創造的
    • 低い場合:伝統や慣習を重視し、保守的

特徴と意義

  • 普遍性:文化や国を超えて再現性が確認されている。
  • 安定性:成人期以降は比較的安定しており、行動や健康習慣の予測因子になる。
  • 健康との関連:誠実性が高い人は健康行動に積極的、神経症傾向が高い人はストレス関連疾患リスクが高い、など医学的な研究とも関連が深い。

研究デザインと方法

研究は2019年から2022年にかけて実施され、データはNTTデータ経営研究所が管理する「人間情報データベース」から抽出されました。当初の回答者は5万人を超えましたが、全4回の調査に参加した7,321名(男性4,069名、女性3,252名、平均年齢51.98歳)が最終解析対象となりました。

性格特性はTen-Item Personality Inventory-Japanese (TIPI-J)を用いて評価されました。各特性は2項目で構成され、7段階評価によってスコア化されました。高血圧の有無は自己申告によって把握され、2019年時点から一貫して高血圧であった場合を「持続性高血圧」、追跡期間中に新たに診断された場合を「新規高血圧」と定義しました。

解析は階層的多項ロジスティック回帰で行われ、年齢、性別、婚姻、学歴、運動習慣、所得などを調整変数として加えた上で、性格特性の寄与を評価しました。


主な結果

人口学的要因

高血圧リスクに最も強く影響したのは年齢で、1歳高齢になるごとに持続性高血圧のオッズ比は1.08倍、新規高血圧のオッズ比は1.04倍に上昇しました。また、男性は女性に比べて持続性高血圧で2.51倍、新規高血圧で2.16倍のリスクを有していました。さらに、所得の上昇も高血圧のリスクを有意に増加させ(持続性高血圧 OR=1.19、新規高血圧 OR=1.24)、従来想定されていた「高SESが保護因子である」という前提に一石を投じています。

性格特性の影響

最も注目すべきは誠実性(Conscientiousness)と開放性(Openness)です。

  • 誠実性が高い人ほど、高血圧リスクは有意に低下しました。持続性高血圧ではオッズ比0.94(p<.001)、新規高血圧ではオッズ比0.93(p<.05)と、一貫して保護的に働いていました。これは、自己管理能力や健康行動の遵守、薬物療法の継続性など、誠実性が生活習慣や治療態度に強く影響することを示しています。
  • 一方で、開放性が高い人は持続性高血圧のリスクがわずかに上昇しました(OR=1.04, p<.05)。従来、開放性は健康情報への感受性や柔軟な問題解決能力を介して健康に有利と考えられてきましたが、本研究では逆の関連が示されました。研究期間がCOVID-19パンデミックと重なっていたことから、開放的な人ほど新奇な体験やリスク行動を取りやすく、それが慢性的な血圧上昇につながった可能性が考えられます。

興味深いことに、神経症傾向は持続性高血圧と負の関連を示しました。従来はストレス脆弱性の高さから高血圧リスクを増すと考えられてきましたが、一部では「健康的神経症(healthy neuroticism)」と呼ばれる現象が知られており、不安や心配性がかえって予防行動や治療遵守を促す可能性が示されています。


モデルの予測精度

人口学的因子のみを用いたモデルの疑似決定係数(Pseudo R²)は0.121でしたが、性格特性を加えることで0.124に改善しました。この改善幅は一見小さいものの、人口学的因子に加えて心理特性が統計的に有意に寄与したことは臨床的に重要です。モデルの正答率は74.5%、交差検証でも76.4%と安定していました。


新規性と臨床的意義

本研究の新規性は、日本人を対象とした大規模縦断研究で、性格特性が高血圧の「発症」と「持続」に異なる影響を与えることを明確に示した点です。特に誠実性の高さが持続性・新規発症いずれにも予防的に働いた一方で、開放性が持続性高血圧をむしろ促進するという結果は、従来の国際研究とは異なる独自の知見です。

臨床的には、誠実性が低い患者に対しては服薬遵守や生活習慣改善を強調した指導が必要であり、開放性が高い患者に対してはリスクのある生活習慣や新奇行動への注意喚起が有効と考えられます。性格評価を外来診療や健康診断に取り入れることで、より個別化された高血圧予防が可能になるかもしれません。


Limitation

この研究にはいくつかの限界があります。

  1. TIPI-Jは10項目と簡易であり、信頼性(Cronbach’s α)は0.35~0.52と低めでした。特性の細分化分析はできません。
  2. 高血圧や生活習慣は自己申告に基づき、実測血圧やBMI、服薬遵守などの臨床指標を欠いています。
  3. 糖尿病や脂質異常症といった併存疾患を調整していません。
  4. 元データは横断調査を基盤にした便宜的な縦断解析であり、脱落率は85.7%と高く、残存者は年齢が高く誠実性が高いという選択バイアスを含んでいます。
  5. COVID-19という特殊な時期が研究期間と重なり、特に開放性の解釈には注意が必要です。

結論

本研究は、性格特性が高血圧リスクに与える影響を日本人集団で4年間追跡した初めての大規模縦断研究です。誠実性は一貫して保護的に働き、開放性は持続性高血圧リスクを増加させました。年齢・男性・高所得といった人口学的因子に加え、心理的要因を組み込むことの重要性が強調されます。今後はより詳細な性格測定と臨床データを組み合わせることで、より実践的な予防介入が期待されます。


参考文献

Deng S, López JI, Xue J, Oshio A. Predicting hypertension through big five personality traits: a four-year longitudinal study in Japan. BMC Psychology. 2025;13:825. https://doi.org/10.1186/s40359-025-03130-z


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