特に冬になりますと入浴による事故の報道もありますが、一般的には入浴は健康に良いものと考えられています。日本の中年層を対象に、入浴習慣が心血管疾患リスクに及ぼす長期的影響を検討した大規模コホート研究があります。その結果、頻繁な入浴が心血管疾患(CVD)リスクの低減と関連していることが示されましたのでご紹介いたします。
研究の背景と目的
入浴はリラクゼーションや清潔保持のための行動として広く行われていますが、その生理学的効果については近年注目が集まっています。入浴による体温上昇や血行促進は、血圧低下、血管機能改善、ストレス軽減などの効果をもたらすと考えられています。しかし、入浴と心血管疾患リスクとの関連を長期的に評価した研究は限られていました。本研究は、日本の独特な入浴文化を背景に、入浴頻度がCVDリスクに与える影響を調査しました。
研究デザインと方法
本研究は、30,076名の40–59歳の男女(心血管疾患やがんの既往歴なし)を対象とした、19年間の追跡調査に基づくものです。参加者は以下の3つのグループに分類されました。
- 週0–2回の入浴
- 週3–4回の入浴
- ほぼ毎日または毎日の入浴
入浴頻度に基づく心血管疾患(CVD)、冠動脈疾患(CHD)、脳卒中の発症率が、Cox比例ハザードモデルを用いて解析されました。また、入浴時の水温(ぬるめ、温かい、熱い)も評価され、ライフスタイルや食習慣、社会経済的要因などの交絡因子が調整されました。
主な結果
入浴頻度と心血管疾患リスク
頻繁な入浴は、心血管疾患リスクの有意な低下と関連していました。
- 総CVDリスク:週0–2回と比較して、ほぼ毎日入浴するグループのハザード比(HR)は0.72(95% CI: 0.62–0.84)であり、28%のリスク低下が認められました。
- 脳卒中リスク:HRは0.74(95% CI: 0.62–0.87)で26%の低下。
- 冠動脈疾患(CHD)リスク:HRは0.65(95% CI: 0.45–0.94)で35%の低下。
- 脳内出血リスク:HRは0.54(95% CI: 0.40–0.73)で46%の低下。
水温の影響
水温(ぬるめ、温かい、熱い)によるリスク低下の差異は統計学的に有意ではなく、どの水温でも頻繁な入浴が有益であることが示されました。
入浴頻度と生活習慣の関連
入浴頻度が高いグループでは、以下のような健康的な行動が観察されました。
- 野菜(190.0g/日)や魚(57.9g/日)の摂取量が多い。
- 喫煙率が低い(29.0%)。
- 高い教育レベルやオフィスワークの割合が高い。
入浴の生理学的メカニズム
頻繁な入浴がCVDリスクを低下させるメカニズムは複合的です。
- 血管機能の改善
入浴中の温熱刺激により、血管内皮細胞から一酸化窒素(NO)の産生が増加し、血管拡張と血圧低下がもたらされます。この反応は、ヒートショックプロテイン(HSP90)と内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の相互作用を介して促進されることが報告されています。 - 血行動態の変化
水圧による循環血液量の増加が心拍出量を高め、末梢血管抵抗を低下させます。これにより、心臓への負担が軽減され、長期的な血管リモデリングが促進される可能性があります。 - ストレス軽減と睡眠の質の向上
入浴は副交感神経の活性化を誘導し、心理的ストレスを軽減します。これにより、慢性ストレスが引き起こす動脈硬化や高血圧の進行を防ぐ効果が期待されます。
入浴の実践
本研究の結果は、入浴が単なるリラクゼーション手段以上の健康効果を持つことを示しています。特に心血管疾患予防の観点から、以下のような実践的な推奨が考えられます。
- 生活指導としての入浴の推奨
医療従事者は、患者のライフスタイル改善の一環として、適度な温度での頻繁な入浴を推奨することができます。 - 高リスク患者への応用
高血圧や糖尿病患者において、入浴を取り入れることで血圧や血糖値のコントロールが期待されます。
ただし、高温での入浴は熱中症や突然死のリスクを伴うため、特に高齢者や心疾患を有する患者においては注意が必要です。
結論
頻繁な入浴は、日本の中年層において心血管疾患リスクを有意に低下させることが示されました。この研究は、文化的背景を活かした予防医学の一例として評価されるべきです。今後は、入浴習慣が他の疾患リスクに及ぼす影響についてのさらなる研究が期待されます。
参考文献
Ukai T, Iso H, Yamagishi K, Saito I, Kokubo Y, Yatsuya H, Muraki I, Eshak ES, Sawada N, Tsugane S. Habitual tub bathing and risks of incident coronary heart disease and stroke. Heart. 2020 May;106(10):732-737. doi: 10.1136/heartjnl-2019-315752. Epub 2020 Mar 24. PMID: 32209614.