自宅脈拍測定が示す予後指標としての可能性

心拍/不整脈

はじめに

高血圧は、世界中で主要な死亡原因の1つであり、心血管疾患や脳卒中などのリスクを高めることが知られています。そのため、高血圧の適切な管理は、これらの疾患の発症を予防し、健康寿命を延ばす上で極めて重要です。

従来、高血圧の管理は、主に診療所での血圧測定に基づいて行われてきました。しかし、近年、家庭血圧測定の重要性が認識されてきてます。家庭血圧測定は、診療所での測定に比べて、患者の日常生活における血圧をより正確に反映し、白衣高血圧などの影響を受けにくいという利点があります。
また、血圧と同時に脈拍数も測定でき、今回はこの脈拍数に焦点を当てます。

ここでは、KimuraらがJournal of the American Heart Associationに発表した論文「Home Pulse Rate Before and During Antihypertensive Treatment and Mortality Risk in Hypertensive Patients」を基に、家庭での脈拍測定(家庭脈拍)が予後評価にどのような可能性を持つのかを解説します。

研究方法

この研究は、3022人の軽度から中等度の高血圧患者を対象に、HOMED-BP試験のデータを用いて行われました。

  1. 対象者の選定:
    • 対象者は40歳以上の日本人高血圧患者で、軽度から中等度の高血圧と診断されていました。
    • 臓器障害や重大な合併症を有する患者は除外されました。
  2. 血圧測定:
    • 家庭血圧測定は、Omron HEM-747IC-N(認証済みの電子血圧計)を用いて行われました。
    • 血圧は、起床後1時間以内、排尿後、朝食前、降圧薬の服用前に、座位で少なくとも2分間安静にした後に測定されました。
    • 測定は5日間連続で行われ、その平均値を基準値として採用しました。
    • 診察室血圧測定では、Omron HEM-907ITを用い、2回の連続した測定の平均値を使用しました。
  3. 家庭脈拍測定:
    • 家庭脈拍は、家庭血圧測定と同時に電子血圧計により記録されました。
    • 起床後の安静時脈拍が測定され、平均値が分析に用いられました。
  4. 追跡調査:
    • 家庭脈拍数は、降圧治療開始前5日間の測定結果の平均値をベースライン値とし、ベースライン値で5群(41.6~61.1bpm、61.2~66.1bpm、66.2~70.5bpm、70.6~76.2bpm、76.3~108.6bpm)に分類しました。
    • 参加者は中央値7.3年間追跡されました。
    • 全死亡、心血管死、主要心血管イベント(MACE:心筋梗塞、脳卒中、心不全など)が評価されました。
    • 死亡原因は、医療記録および死亡診断書に基づいて分類されました。
  5. 統計解析:
    • 家庭脈拍と全死亡リスクおよびMACEとの関連を多変量Cox比例ハザードモデルで評価しました。
    • 年齢、性別、BMI、喫煙歴、糖尿病、血圧などの交絡因子を調整しました。

結果

家庭脈拍数と全死亡リスク

対象患者の平均年齢は59.4歳(女性50.2%)、ベースライン時の家庭脈拍数の平均値は69.0bpmでした。
中央値7.3年間の追跡により家庭脈拍が全死亡リスクの有意な予測因子であることが示されました。

追跡期間中に72人が死亡し、50例の主要心血管イベント(MACE)が記録されました。
その結果、ベースライン時の家庭脈拍数が高いと、全死亡リスクが高いことが示されました( 1標準偏差増加当たりのハザード比[HR]:1.52、95%CI:1.24~1.92)。

ベースライン時の家庭脈拍数別に全死亡リスクのHRは以下のとおりです。
 41.4~61.1bpm:1.00(対照)
 61.2~66.1bpm:1.00
 66.2~70.5bpm:2.49
 70.6~76.2bpm:2.21
 76.3~108.6bpm:2.89

高血圧治療中の家庭脈拍数が高いと全死亡リスクが高いことも示されました(1標準偏差増加当たりのHR:1.70、95%CI:1.39~2.08)

カットオフ値として提示された66.4 bpmを基準にすると、それを超える脈拍を持つ患者は全死亡リスクが有意に高くなということです。高血圧治療中の家庭脈拍数が1標準偏差(9.9 bpm)増加するごとに全死亡リスクが1.70倍に上昇します。

特に注目すべきは、家庭脈拍数が診察室で測定された脈拍数よりも全死亡リスクを予測する上で統計的に有意であることが明らかになった点です。
この結果は、患者の日常的な健康管理において家庭脈拍数の測定が極めて重要であることを示唆しています。

なお、MACEと家庭脈拍数には有意な関連は認めらませんでした。

カットオフ値とリスク層別化

家庭脈拍の最適カットオフ値は、治療開始前で67.8 bpm、治療中で66.4 bpmでした。これらのカットオフ値は臨床的な意思決定に活用可能であり、例えばこれらの値を超える患者にはさらなる検査や介入を検討することが推奨されます。また、これらのカットオフ値を用いることで、高血圧患者のリスク層別化が容易になるだけでなく、患者自身が自分のリスクをモニタリングするための基準としても機能します。

対象者の血圧と死亡原因の内訳

この研究対象者の平均家庭収縮期血圧(SBP)は151.8 mmHg、平均家庭拡張期血圧(DBP)は90.1 mmHgでした。治療の進行に伴い、血圧のコントロールが行われましたが、追跡期間中に記録された72人の死亡原因の内訳も重要な情報を提供しています。
死亡例のうち、約53%(38人)は悪性腫瘍によるものでした。その他の死亡原因としては、心血管疾患関連死(11%)、その他の原因(36%)が含まれています。このデータは、高血圧患者において悪性腫瘍関連死が主要な死亡原因の一つであることを示しており、腫瘍進展に対する交感神経の影響を考慮した治療が重要である可能性を示唆しています。

病態と脈拍の意義

脈拍は単なる心拍数の指標にとどまらず、交感神経活動の指標としての側面も持ちます。高い脈拍は交感神経の活性化を反映し、慢性的な炎症反応、ストレス応答、さらには腫瘍微小環境の変化に寄与する可能性があります。

Renzらの研究では、非選択的ベータ遮断薬を使用する膵管腺がん患者において、生存率の向上が観察されました。この研究は、交感神経の活性化が腫瘍の進展に寄与し、ベータ遮断薬がその進展を抑制する可能性を示唆しています。特に、脳由来神経栄養因子(BDNF)と神経密度が腫瘍進展と関連することが示されており、これが生存率向上の一因とされています。また、脈拍が高いことが腫瘍関連の死亡リスクを高める可能性も報告されており、分子生物学的には交感神経抑制ががん治療の補助的なターゲットとなり得ることを示唆しています。

実践への応用

本研究の知見を日常生活や臨床に活かすために、以下の具体的な提案を行います。

  1. 日常的な脈拍測定の習慣化
    • 朝起床後、食事前、服薬前に座位で1分間脈拍を測定します。このデータを記録し、週ごとまたは月ごとの平均値を算出することで、健康状態の長期的なトレンドを把握できます。
  2. リスク層別化と生活習慣の見直し
    • 測定した脈拍が67.8 bpm以上の場合、運動不足、ストレス、喫煙などの生活習慣要因を見直し、改善に努めるべきです。例えば、ウォーキングや瞑想といった簡単な習慣が効果を発揮します。
  3. 医療機関での対応
    • 家庭脈拍数が継続的に高値を示す場合、医師に相談し、ベータ遮断薬の使用やその他の治療戦略を検討してください。特に、基礎疾患がある場合には、その治療が脈拍の改善に寄与する可能性があります。
  4. ウェアラブルデバイスの活用
    • 現在、ウェアラブルデバイスが普及しており、これらを用いて日常的に脈拍をモニタリングすることが可能です。これにより、リアルタイムで自身の健康状態を把握できます。

将来の研究課題

本研究は家庭脈拍数が全死亡リスクを予測する上で有用であることを示しましたが、いくつかの限界があります。例えば、運動や呼吸機能、精神的ストレスといった他の要因が十分に考慮されていない点が挙げられます。また、ウェアラブルデバイスによる脈拍データの臨床的有用性を検証する研究が必要です。

さらに、ランダム化比較試験を通じて、脈拍の低下が予後改善に寄与する因果関係を明確にすることも重要な課題です。これにより、脈拍をターゲットとした治療戦略が臨床現場においてどのように実施可能であるかが明らかになるでしょう。

結論

本研究は、家庭脈拍数測定が高血圧患者の全死亡リスク評価においてオフィス脈拍測定を上回る有用性を持つことを示しました。これにより、患者自身が積極的に健康状態をモニタリングし、リスク要因を早期に把握する手段としての可能性が広がります。また、交感神経活動の制御が腫瘍進展や死亡リスクの軽減につながる可能性を示唆する視点は、新たな治療法の開発に寄与するかもしれません。


参考文献

Kimura, T., Kikuya, M., Asayama, K., Tatsumi, Y., Imai, Y., & Ohkubo, T. (2024). Home Pulse Rate Before and During Antihypertensive Treatment and Mortality Risk in Hypertensive Patients: A Post Hoc Analysis of the HOMED-BP Study. Journal of the American Heart Association, 13, e037292. DOI: 10.1161/JAHA.124.037292

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