高齢者の右脚ブロック(RBBB)の疫学と心血管リスク

心拍/不整脈

はじめに

心電図(ECG)を日常診療で目にすることは多いが、その中でも右脚ブロック(Right Bundle Branch Block, RBBB)に関しては、重要視されることが少ない。しかしながら、心血管疾患(CVD)既往のない一般集団におけるRBBBの臨床的意義は不明瞭な点もある。本稿では、Alventosa-Zaidinらによる研究(2019)を基に、RBBBの有病率、発生率、心血管リスクとの関連を解説する。

RBBBの疫学――頻度と発生率の現実

本研究は、バルセロナ市内29のプライマリケアセンターにおける2981名の一般住民(49歳以上、平均65.9歳)を対象とし、平均5.12年間のフォローアップを行った。結果として、

  • RBBBの有病率は8.0%
    • 不完全型(iRBBB) 4.6%
    • 完全型(cRBBB) 3.2%
  • 年間発生率は0.8%(1000人年あたりの発生率:iRBBB 3.5、cRBBB 4.3)

この数値は、過去の報告と比較するとcRBBBの頻度がやや高く、iRBBBが低いことが特徴的である。特に、男性(HR=3.8, 95%CI: 2.4–6.1)や高齢(HR=1.05/年, 95%CI: 1.03–1.08)でRBBBのリスクが高いことが確認された。

RBBBは心血管リスク因子となるのか?

心電図異常の臨床的意義を問う上で最も重要なのは、予後に与える影響である。本研究では、

  • cRBBBの存在は、全死亡率や心血管イベント(CVE)を増加させる傾向(HR=1.47, 95%CI: 0.92–2.34)があるものの、統計的に有意ではなかった。
  • iRBBBは心血管イベントとの関連を示さなかった
  • ただし、iRBBBがcRBBBへ進展した場合、心不全(HR=9.54, p=0.007)および慢性腎疾患(HR=5.41, p=0.019)の発症率が有意に高まる
  • cRBBBを有すると二枝ブロック(Bifascicular Block, BFB)を発症するリスクが極めて強く(HR=28.66, p<0.001)、この組み合わせがある場合、より詳細な検査が推奨される。

これらのデータから、RBBBそのものは独立した死亡リスクを示すとは言い切れないが、特定の進展パターン(iRBBB→cRBBB)では心血管リスクが増加する可能性が示唆される。

cRBBBと二枝ブロック(Bifascicular Block, BFB)の強い関連について

上記のように、本研究では、cRBBB(完全右脚ブロック)を有する患者は、BFB(二枝ブロック)を発症するリスクが極めて高いことが示されました。そのハザード比(HR)は28.66と非常に大きく、統計的にも極めて有意(p<0.001)でした。

1. 二枝ブロック(BFB)とは?

  • BFBとは、右脚ブロック(RBBB)に加えて、左脚の前枝または後枝のいずれかに伝導障害が生じている状態を指します。
  • 左脚は、**前枝(左前半ブロック, LAFB)と後枝(左後半ブロック, LPFB)**に分かれており、BFBは以下の2つのタイプに分類されます:
    • RBBB + LAFB(左前半ブロック)
    • RBBB + LPFB(左後半ブロック)

このブロックが生じると、心室の伝導がさらに遅延し、完全房室ブロック(Complete AV Block, CAVB)に進展する可能性が高まります。

2. cRBBBとBFBの関連性が強い理由

この研究で示されたHR=28.66という値は、cRBBBがあるとBFBを発症するリスクが極めて高いことを示しています。その背景には、以下のようなメカニズムが考えられます:

1 伝導系の加齢性変性

    ・加齢に伴い、心臓の伝導系(His束・左右脚)が変性し、線維化が進行する。

    ・特にcRBBBを有する患者では、His束周囲の線維化が進み、左脚の前枝または後枝にも影響が及ぶ可能性がある。

    2. 共通の病因(心血管疾患の進行)

    ・高血圧、糖尿病、冠動脈疾患などの慢性的な心血管リスク因子は、His束および左右脚の伝導異常を同時に進行させる可能性がある。

    ・cRBBBは単独でも心血管疾患の進行を示唆する所見であり、BFBはさらに伝導異常が進行した状態を反映している可能性がある。

    BFBが完全房室ブロック(CAVB)に進展するリスク

    ・BFBがある場合、左脚の伝導も障害されているため、右脚ブロックに加えて残された左脚の伝導が途絶えると、完全房室ブロック(CAVB)へ進行するリスクが高まる

    ・したがって、cRBBBがある患者がBFBを合併した場合、高度房室ブロック(AVB II度やIII度)への進展に特に注意が必要となる。

    病態生理学的視点からの考察

    RBBBの本質は、右脚の伝導遅延により右室が異常な経路で脱分極することにある。これが臨床的にどのような影響を及ぼすかを理解するために、いくつかのポイントを整理する。

    1. 自律神経系の影響
      • 過去の研究では、RBBBと交感神経活性の亢進が関連していることが示唆されている(Kim et al., 2015)。
      • 交感神経優位な状態が持続すると、心血管イベント(特に不整脈)のリスクが増大する可能性がある。
    2. 分子生物学的メカニズム
      • 近年、心筋線維化の進行に関連する遺伝子発現(TGF-β1, COL1A1, COL3A1 など)とRBBBの関連が指摘されている(Xiong et al., 2015)。
      • RBBBがある患者では、心筋の微細構造レベルでの変化が進行している可能性があり、これが心不全のリスク増加に寄与するのかもしれない。

    臨床への応用 

    1. 無症状のRBBBは過剰な精査を避けるべき
    本研究では、cRBBBが独立した死亡リスクとはならないことが示された。従って、無症状で偶然RBBBが発見された場合、不必要な精査(心エコーやMRIなど)は推奨されない

    2. ただし、iRBBBの進行には注意を払う
    iRBBBがcRBBBへ進展することで心不全や腎疾患リスクが上昇することが明らかになった。従って、

    • 過去の心電図と比較してRBBBが進行しているかをチェックする
    • 高血圧、糖尿病、腎機能低下を有する患者では、RBBBの進行を定期的にモニタリングする

    3. 二枝ブロック(BFB)が併存する場合は専門医への紹介を
    cRBBB単独ではリスクは限定的だが、BFBを合併している場合は心臓電気生理学的検査(EPS)を含めた対応を考慮する。

    結論

    右脚ブロックは、一般集団において比較的頻度の高い心電図異常であるが、その臨床的意義は一概にリスク因子とは言えない。ただし、iRBBBの進行やBFBの併存がある場合は、心血管イベントのリスクが高まる可能性があるため注意が必要である。無症状のRBBB患者に対しては、過剰な精査を避けつつ、適切なフォローアップを行うことが重要である。

    参考文献

    Alventosa-Zaidin M, et al. Right bundle branch block: Prevalence, incidence, and cardiovascular morbidity and mortality in the general population. Eur J Gen Pract. 2019;25(3):109-115. doi:10.1080/13814788.2019.1639667.

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