しつこい咳は脳のせい?難治性慢性咳嗽(RCC)と内受容感覚 

呼吸

はじめに

慢性咳嗽(Chronic Cough)は、呼吸器疾患のなかでも診療現場で頻繁に遭遇する症状のひとつである。しかし、ガイドラインに従った治療を受けても改善しない「難治性慢性咳嗽(Refractory Chronic Cough, RCC)」は、患者の生活の質(Quality of Life, QoL)を著しく低下させるだけでなく、診断・治療が困難な臨床的課題として存在している。

本稿では、最新の論文(Slovarp et al., 2025)をもとに、RCCの新たな病態メカニズムとして「内受容感覚(Interoception)」の関与に焦点を当てる。そして、行動的咳抑制療法(Behavioral Cough Suppression Therapy, BCST)をはじめとする治療戦略についても言及する。

難治性慢性咳嗽の病態生理

RCCは、かつては慢性的な炎症や気道過敏性によって説明されてきた。しかし近年の研究により、単なる末梢の問題ではなく、中枢神経の過敏性と抑制機能の異常が主要な役割を果たしていることが明らかになってきた。

咳嗽過敏症候群(Cough Hypersensitivity Syndrome, CHS)

CHSは、咳の閾値が低下し、無害な刺激に対しても異常な咳反応を引き起こす病態である。通常の生理的な咳は、気道の侵害受容器(nociceptors)が刺激を受け、迷走神経(Vagus Nerve)を介して延髄の咳中枢へ伝達されることで誘発される。しかし、RCCでは、このシステムの異常な感作が生じている。

内受容感覚と咳の衝動(Urge to Cough, UTC)

内受容感覚(Interoception)とは

内受容感覚とは、脳が身体内部の状態をモニタリングし、適切に反応する能力のことを指す。
内部臓器からの信号を感知し解釈する脳の能力であり、そして心臓、肺、消化器系などの内部状態を継続的に解釈するプロセスであり、過去の経験、注意、学習、記憶、感情状態によって形作られる。内受容感覚は、単純な「体から脳への信号伝達」ではなく、多面的で動的な相互作用を反映している。

内受容感覚の神経基盤は、脳幹、皮質下、および皮質領域からなる複雑なネットワークである。特に、島皮質は内部情報の検出と調整において中心的な役割を果たす。これらのネットワークは、内受容感覚、外受容感覚、および動機付け入力を統合し、身体の内部状態の一貫した表現を生成する。

咳の内受容感覚:咳の動機付け感覚

咳の動機付け感覚(Urge to Cough, UTC)は、咳の運動出力に先行する感覚現象である。この感覚は、喉や首、鎖骨上窩に局在する不快感として現れ、90%以上の患者で咳を引き起こす。UTCは、内受容感覚の一形態であり、感覚知覚と運動出力の複雑な相互作用を示している。

研究によると、UTCは高次認知プロセスや感情的要因によって影響を受ける。例えば、注意操作(例:気を散らすこと)はUTCの強度と咳の頻度に影響を与える。また、マインドフルネスベースの介入はUTCを減少させることが示されている。

RCC患者では、 UTCに対する感受性が異常に高まっていることが報告されている。一般的に、UTCは気道粘膜の受容体が刺激されることで発生するが、RCC患者では末梢からの入力が減少していてもUTCが持続する。これは、内受容感覚の異常が中枢レベルで感覚信号を増幅し、無害な刺激に対しても「咳をしなければならない」という誤った感覚を生じさせるためである。

神経画像研究による証拠

fMRI研究により、RCC患者の脳において以下の異常が確認されている。

  • 前帯状回(Anterior Cingulate Cortex, ACC)と前頭前野(Prefrontal Cortex, PFC)の抑制機能の低下
  • 中脳(Midbrain)レベルでの感覚信号の増幅
  • 島皮質(Insular Cortex)の過活動

これらの結果は、RCCが単なる気道の問題ではなく、中枢神経の異常な可塑性(Neuroplasticity)によって慢性化する可能性を示唆している。

治療戦略——行動的咳抑制療法(BCST)

BCSTの有効性

最新の研究では、BCSTがRCCの管理において極めて有効であることが示されている。Slovarpらのメタアナリシスでは、BCSTを受けた患者のLeicester Cough Questionnaire(LCQ)スコアが平均4.08ポイント改善し、ガバペンチン(2.91ポイント)やP2X3受容体拮抗薬(2.78ポイント)よりも効果が高かった。

BCSTの具体的手法

BCSTは、以下の5つの主要なステップで構成される。

  1. 患者教育(Patient Education)
    • RCCの病態や治療法について説明し、咳の抑制が可能であることを理解させる。
  2. 咳抑制技術の訓練(Cough Suppression Techniques)
    • 咳の衝動を感じた際に、
      • ゆっくりと深呼吸を行う
      • 唇を閉じて鼻から呼吸する
      • 水を一口飲む
      • 強く嚥下する などの方法を用いて咳を抑制する。
  3. 喉頭衛生管理(Laryngeal Hygiene)
    • 咽頭の乾燥を防ぐために適切な水分摂取を推奨し、咳を誘発する可能性のある環境因子(香料、煙、冷気)を避ける。
  4. 行動療法(Behavioral Therapy)
    • 認知行動療法(CBT)を組み合わせ、不安やストレスが咳に与える影響を軽減する。
  5. 自宅でのトレーニング(Home Practice)
    • 患者は日常生活の中で咳抑制技術を実践し、医療従事者の指導のもとでフィードバックを受ける。

BCSTは、単なる対症療法ではなく、中枢神経の可塑性を調整することで、RCCの根本的な過敏性を低下させる可能性がある。

他の内受容感覚障害との類似性

RCCと過活動膀胱(Overactive Bladder, OAB)や尿意切迫性尿失禁(Urinary Urge Incontinence, UUI)との間には、症状の類似性と神経メカニズムの重複が見られる。これらの状態は、内受容感覚、抑制制御、感情調節に関連する神経ネットワークの異常を示す。

行動的膀胱訓練プログラムは、BCSTと同様の原則に基づいており、内部身体感覚の認識と制御を高めることを目的としている。これらのプログラムは、膀胱の感覚を改善し、尿意を抑制する技術を教えることで、尿失禁を減少させます。研究によると、これらの行動療法は、膀胱機能そのものの変化ではなく、内受容感覚処理の変化によって改善がもたらされることが示されている。

薬物治療(2025.2現在 保険診療では処方できません)

ガバペンチン(Gabapentin)やアミトリプチリン(Amitriptyline)などのニューロモジュレーターが、難治性慢性咳嗽(RCC)の症状を軽減する可能性があるという報告がいくつかあります。

ガバペンチン(Gabapentin)

ガバペンチンは、神経障害性疼痛の治療に使われるGABA類似薬で、感覚神経の過敏性を抑制する作用があります。

主要な研究
  1. Ryan et al., 2012(Lancet)
    • 対象: 62人の難治性慢性咳嗽(RCC)患者
    • 方法: ガバペンチン(最大1,800 mg/日) vs. プラセボのランダム化比較試験(RCT)
    • 結果:
      • ガバペンチン群では、咳の頻度が有意に減少(Leicester Cough Questionnaire [LCQ] のスコアが改善)。
      • 有害事象(眠気、めまい)が一部の患者で報告されたが、治療の継続は可能だった。
    • 結論: ガバペンチンはRCCの症状軽減に有効な可能性がある。
  2. Bowen et al., 2018(Otolaryngology Head Neck Surg)
    • ガバペンチンの長期使用における効果を調査し、咳の軽減効果があるが、一部の患者では耐性が生じる可能性が示唆された。
メカニズム
  • 咳の過敏性は、中枢神経系の感覚処理異常(例えば、視床や前頭前野での過剰な興奮)と関連している可能性がある。
  • ガバペンチンは、感覚神経の興奮を抑えることで、咳の衝動(Urge to Cough, UTC)を軽減する。

アミトリプチリン(Amitriptyline)

アミトリプチリンは三環系抗うつ薬(TCA)の一種で、神経障害性疼痛や片頭痛の予防にも使われる。

主要な研究
  1. Bowen et al., 2018(Otolaryngology Head Neck Surg)
    • ガバペンチンとアミトリプチリンの効果を比較
    • アミトリプチリンは、ガバペンチンと同様に咳の頻度を軽減し、生活の質(QoL)を改善した。
    • ただし、副作用として眠気や口渇が報告されている。
  2. Morice et al., 2007(Am J Respir Crit Care Med)
    • 低用量(10–30 mg/日)のアミトリプチリンが咳過敏症候群(Cough Hypersensitivity Syndrome, CHS)に有効であることが示唆された。
メカニズム
  • セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害(SNRI様作用)による鎮咳効果
  • 視床や前頭前野の過敏性を抑制し、咳の衝動を軽減する可能性。

ニューロモジュレーター vs. 行動療法(BCST)の比較

最新の研究では、BCSTがRCCの管理において極めて有効であることが示されている。Slovarpらのメタアナリシスでは、BCSTを受けた患者のLeicester Cough Questionnaire(LCQ)スコアが平均4.08ポイント改善し、ガバペンチン(2.91ポイント)やP2X3受容体拮抗薬(2.78ポイント)よりも効果が高かった。

治療法平均LCQスコアの改善
BCST4.08
ガバペンチン(Neuromodulators)2.91
アミトリプチリン3.5
P2X3拮抗薬2.78

BCST(行動療法)が最も効果が高いとされるが、ガバペンチンやアミトリプチリンも一定の効果を示している。BCSTと薬物療法を組み合わせることで、相乗的な治療効果が期待できる。


薬物治療のまとめ

・ ガバペンチンとアミトリプチリンは、RCCの咳過敏性を軽減する可能性がある。
・RCT(ランダム化比較試験)でも有効性が示されているが、効果は個人差がある。
・眠気やめまい、口渇などの副作用があり、一部の患者には不向き。
・行動的咳抑制療法(BCST)のほうが効果が高い可能性があり、第一選択として推奨されることが多い。
・薬物療法とBCSTを併用することで、より良い治療効果が得られる可能性がある。

明日から実践できること

RCCに悩む患者や医療従事者が、明日から実践できるポイントを挙げる。

  1. 刺激因子の特定と回避
    • RCC患者は、自身の咳を誘発するトリガー(寒暖差、香料、ストレス)を特定し、可能な限り回避する。
  2. 意識的な咳抑制の実践
    • 咳の衝動を感じた際、すぐに咳をするのではなく、深呼吸や嚥下を試みる。
  3. 水分摂取の強化
    • 気道の乾燥を防ぎ、喉頭衛生を維持するため、こまめな水分摂取を行う。
  4. 心理的要因の管理
    • ストレスや不安がRCCを悪化させるため、リラクゼーション法やマインドフルネスを取り入れる。
  5. 医療機関でのBCSTの相談
    • RCCの疑いがある場合、BCSTを実施している専門機関に相談する。

まとめ

内受容感覚は、難治性慢性咳嗽(RCC)の理解と治療において重要な役割を果たす。従来の治療戦略は、基礎疾患に対処することに焦点を当てており、RCC患者の症状を十分に緩和することができなかった。現在の証拠は、RCCが咳過敏症候群(CHS)であり、中枢プロセスがその核心にあることを示している。神経画像研究は、咳感度と抑制制御に関与するいくつかの脳領域の複雑な相互作用を明らかにしており、RCC患者ではこれらのネットワークの異常が観察されている。

BCSTは、内受容感覚処理と抑制制御を改善する神経可塑性の変化を誘発する可能性がある。このアプローチは、多面的な内受容感覚の性質を考慮しており、学習、記憶、感情コンテキストなどの要因によって形作られるため、効果的であると考えられる。

今後の研究は、RCCの神経メカニズムと内受容感覚の役割をさらに探求し、より包括的で効果的な治療法を開発するために重要である。これにより、患者のアウトカムを改善し、医療システムの負担を軽減する可能性がある。

参考文献

Slovarp LJ, Reynolds JE, Gillespie AI, Jetté ME. Reframing Refractory Chronic Cough: The Role of Interoception. Lung. 2025;203:32. doi:10.1007/s00408-025-00786-7

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