がん患者における肺塞栓症関連死亡率の増加

医療全般

はじめに

がん診療において「血栓症リスク」は、もはや周知の事実です。特に肺塞栓症(PE: Pulmonary Embolism)は、がん患者における主要死因のひとつであり、診断や治療の進歩とともに、その疫学的動向にも大きな変化が生じています。本稿では、2025年2月にJAMA Network Open誌に掲載されたZuinらの研究をもとに、2011年から2020年における米国のがん患者におけるPE関連死亡率の変遷と、その背景要因について詳細に解説します。

背景

がんは米国における死因の第二位であり、過去20年間でがん関連死亡率は33%減少しています。これは、集団ベースのスクリーニングプログラム、早期診断、および新しい治療法の進歩によるものです。しかし、がん患者の生存期間が延びるにつれ、静脈血栓塞栓症(VTE)などの合併症が増加しています。がん患者における血栓症の発症率は、一般集団に比べて約4~7倍とされています。特に、急性PEはがん患者の死因の第二位を占め、がん診断後1年以内のPE発生率は1%から3%以上に上昇し、がん治療の進歩とともに血栓リスクの管理は一層重要になっています。

このような背景を踏まえ、本研究は「PE関連死亡率は近年どのように推移しているのか」「性別、人種、地域、年齢ごとの特徴はあるのか」を米国CDCの大規模データを用いて解析しています。

研究デザインとデータソース

本研究は、米国CDCのWONDERデータベースおよびUS Cancer Statistics(USCS)を用いたコホート研究です。2011年から2020年の10年間に死亡した15歳以上のがん患者を対象に、死亡診断書に「肺塞栓症」が主要死因として記載され、「がん」が併存疾患として記載されたケースを抽出しています。

年齢調整死亡率(AAMR)を指標とし、性別、人種・民族、地域、年齢階層別に分析。傾向分析にはJoinpoint回帰分析を適用し、平均年間変化率(AAPC)を算出しています。

主な結果とポイント

2011年から2020年までの間に、米国では27,280,194人の15歳以上の個人が死亡(あらゆる原因による死亡)し、そのうち13,897,519人(50.9%)が男性、13,382,675人(49.1%)が女性でした。

全体傾向

2011年から2020年の間に、がん患者におけるPE関連死亡率は年平均2.5%(95%CI 1.4%-3.6%)増加しています。この期間、がん全体の年齢調整死亡率は減少していたにもかかわらず、PE関連死亡率は一貫して上昇しています。

特に2015年以降に顕著な増加傾向が見られ、年平均増加率は4.7%に達しています。

年齢層ごとの特徴

PE関連死亡率の増加は、高齢者に限った現象ではありません。15歳から64歳の比較的若年層においても、年平均3.2%(95%CI 1.9%-4.6%)と、65歳以上の2.7%を上回る増加率が記録されています。

若年がん患者におけるPE関連死亡率の増加は、近年の若年層におけるがん罹患率の上昇とも無関係ではありません。特に早期診断による生存期間の延長や、強力ながん治療に伴う血栓リスク増大が関与している可能性があります。

人種・民族差

人種・民族別では、非ヒスパニック系白人(2.7%)、非ヒスパニック系黒人(2.2%)、ヒスパニック系(2.6%)でPE関連死亡率が増加しました。特に非ヒスパニック黒人では、2015年以降の上昇が顕著です。

人種・民族差には、医療アクセス、血栓症リスク因子(肥満、糖尿病、喫煙歴など)、がん治療の選択肢や受診行動の違いが複雑に影響している可能性があります。

地域差

地域別では、米国南部におけるPE関連死亡率が最も高く、年平均3.7%増加しています。この背景には、肥満率や喫煙率の高さ、医療資源へのアクセス格差などが関与している可能性が指摘されています。

考察

がん関連血栓症(CAT: Cancer-Associated Thrombosis)は、がん細胞自体が放出するプロコアグラント因子や炎症性サイトカイン、腫瘍微小環境(TME)の異常によって惹起されます。
特に、がん細胞由来の組織因子(TF: Tissue Factor)やエクソソームが血液凝固を促進するメカニズムは、近年注目されています。さらに、抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬による血管内皮障害や炎症亢進も、がん患者におけるVTEリスクを増大させます。

本研究の結果は、こうした分子生物学的背景と、社会的・医療的要因が複雑に絡み合う結果と考えられます。

がん治療の進歩により患者の生存期間が延びたこと、および血栓性の高い治療法の使用が増加したことと関連している可能性があります。
また、PEの診断技術の向上や、心血管リスク要因(肥満、糖尿病など)の増加も、PE関連死亡率の増加に寄与していると考えられます。特に、2017年以降のPE関連死亡率の急増は、米国心臓協会が提唱した「2030年までに院内VTEを20%削減する」という目標が、PEの診断と報告を促進した可能性があります。

明日から活かせるポイント

本研究の結果を踏まえ、医療従事者は以下の点に注意を払うことが推奨されます。

  1. 血栓予防の強化: 特に若年層や特定の人種・民族グループ、南部地域の患者に対して、積極的な血栓予防策を講じることが重要です。これには、抗凝固療法の適応拡大や、リスク評価ツールの使用が含まれます。
  2. 早期診断と治療: PEの早期診断と迅速な治療が重要です。特に、がん患者においては、無症状のPEも多いため、定期的なスクリーニングを検討することが推奨されます。
  3. 患者教育: 患者に対して、PEのリスクと症状について教育を行い、早期の医療受診を促すことが重要です。特に、がん治療中の患者に対しては、血栓リスクについての情報提供が不可欠です。

Limitation

  • 死亡診断書の記載精度に依存しており、PE死因の過小・過大評価リスクがあります
  • がんのステージや治療内容など、臨床データが解析に含まれていません
  • COVID-19による医療体制への影響が2020年データに反映されている可能性があります

結論

本研究は、がん患者のPE関連死亡率が2011年から2020年にかけて増加していることを明らかにしました。特に、若年層、ヒスパニック系、非ヒスパニック系黒人、非ヒスパニック系白人、および南部地域での増加が顕著です。これらの結果は、血栓予防やPE治療に関するさらなる研究と介入の必要性を示唆しています。

参考文献

Zuin M, Nohria A, Henkin S, et al. Pulmonary Embolism–Related Mortality in Patients With Cancer. JAMA Netw Open. 2025;8(2):e2460315. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.60315


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