疫学研究(コホート研究)の知見
疫学研究、特に前向きコホート研究では、食塩・ナトリウム摂取量と心血管疾患リスクの関連が比較的一貫して示されています:
- Strazzulloらによる13の前向き研究(約17.7万人)のメタ分析では、高い塩分摂取と脳卒中リスク上昇の関連が示されました(相対リスク1.23、95%CI 1.06-1.43)[1]
- Zhuらによる16の前向きコホート研究(約20.6万人)のメタ分析では、ナトリウム摂取量が100mmol/日増加(塩分5.8g)すると脳卒中発症リスク(RR 1.10、95%CI 1.01-1.19)と脳卒中死亡リスク(RR 1.28、95%CI 1.07-1.54)が有意に上昇することが示されました[2]
しかし、これらの観察研究には、食事パターンや他の生活習慣要因など様々な交絡因子が存在するため、因果関係を強く主張するには限界があります。
RCT(ランダム化比較試験)の知見
一方、RCTについては、2019年のCochraneレビューが8つのRCT(約7,300人)を分析していますが、食塩制限による明確な死亡リスク低減効果は証明されていませんでした[3]
- 正常血圧者での全死亡リスク比:0.90(95%CI 0.58-1.40)
- 高血圧者での全死亡リスク比:0.99(95%CI 0.87-1.14)
このレビューは「ランダム化比較試験のメタ分析では、心血管疾患や死亡率への食塩制限の臨床的に重要な効果を確認するには統計的検出力が不十分」と結論づけています。
なぜRCTでは疫学研究ほど明確な結果が出ないのか?
試験の規模と期間の限界
- CVDアウトカムを一次評価項目とするには数万人規模かつ数年〜10年単位の追跡が必要です。
- TOHPやTONE、DASH-SodiumなどのRCTは期間が短く、イベント発生数が少なすぎるため統計的検出力が不十分です。
対象集団の選定バイアス
- 多くのRCTは健康な成人や軽度高血圧者を対象にしており、そもそもCVDイベントの絶対リスクが低く、効果の検出が困難です。
介入の強度と実効性の不足
- 実際の食塩摂取量の減少は目標ほど達成されない例が多く、曝露の差が小さいと結果にも差が出にくくなります。
交絡因子のコントロール
観察研究では共存するリスク因子(疾患、栄養状態、社会経済要因)を完全に補正しきれない可能性があり、「減塩=不健康な人が指導された結果」という逆因果もある。
疫学とRCTのギャップの位置づけと背景
・ナトリウム摂取と脳卒中・CVDの関連は、疫学的には再現性が高く、生物学的妥当性も十分です。
・RCTでの「決定的証拠」が少ないのは、「ナトリウム制限の長期・広範介入を伴う大規模RCT」が費用・倫理・実行面で困難だからです。
・実際、RCTでナトリウム制限のCVD予防効果を直接検証しようとすると、3万人以上・10年近くの追跡が必要で、費用は4〜9億ドルに達すると試算されています(Hunter et al., 2022)。
SSaSS試験の特徴と重要性
そのような状況で、2021年にNEJMに発表されたSSaSS(塩代替と脳卒中研究)試験は、以下の点で画期的でした。
1 大規模(約21,000人)で長期間(平均4.7年)のランダム化比較試験
2 明確なアウトカム:
- 脳卒中発症率:14%低下(29.14対33.65/1000人年、RR 0.86、P=0.006)
- 主要心血管イベント:13%低下(RR 0.87、P<0.001)
- 全死亡率:12%低下(RR 0.88、P<0.001)
3. 介入方法:通常の食塩(100%塩化ナトリウム)を塩代替物(75%塩化ナトリウム、25%塩化カリウム)に置き換え
4. 地域社会ベースの介入:中国農村部の600村を対象
SSaSS試験は、減塩とカリウム増加の両方の効果を組み合わせた介入であり、純粋な減塩だけでなく、塩化カリウムの追加によるカリウム摂取増加の効果も含んでいる点に注意が必要です。
WHOの最新ガイドライン
WHOは2023年8月に最新のガイドラインを発表し、心血管疾患リスク低減のため、成人は1日あたり2g未満のナトリウム(食塩5g未満)を摂取するよう推奨しています[^4]。さらに2025年には、一般的な食塩をカリウム強化の塩代替物に置き換えることを推奨する新ガイドラインも発表しました[5]。
食塩・ナトリウムと心血管疾患の結論
現在の科学的証拠を総合すると
- 疫学研究では食塩・ナトリウム摂取と心血管疾患(特に脳卒中)リスクの関連は一貫して示されています
- RCTでは以前は明確な効果を示す大規模試験が限られていましたが、SSaSS試験が心血管疾患と死亡リスク低減の明確なエビデンスを提供しました
- SSaSS試験は塩化ナトリウムの一部を塩化カリウムに置き換える介入であり、ナトリウム減少とカリウム増加の両方の効果が含まれています
- 減塩とカリウム強化の併用は、WHOを含む国際的なガイドラインで現在推奨されています
疫学研究では一貫した関連が示されるが、RCTではSSaSSが唯一の明確な例に近い、と言えます。今後は、SSaSSの知見に基づいた新たな公衆衛生戦略の展開が期待されています。
参考文献
[1]: Strazzullo P, et al. Salt intake, stroke, and cardiovascular disease: meta-analysis of prospective studies. BMJ. 2009
[2]: Zhu Y, et al. Association of sodium intake and major cardiovascular outcomes: a dose-response meta-analysis of prospective cohort studies. BMC Cardiovascular Disorders. 2018
[3]: Adler AJ, et al. Reduced dietary salt for the prevention of cardiovascular disease. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2014; updated 2019
[4]: WHO. Reducing sodium intake to reduce blood pressure and risk of cardiovascular disease. 2023
[5]: WHO. Use of lower-sodium salt substitutes: WHO guideline. 2025
食塩・ナトリウム摂取量と血圧
一方で、塩分(ナトリウム)制限により血圧が有意に低下したことを示したRCTは数多く存在します。特に複数のメタアナリシスがそれらの試験を統合し、血圧低下効果が確実であることを裏付けています。
DASH-Sodium試験(Dietary Approaches to Stop Hypertension-Sodium)
- デザイン:無作為化、クロスオーバー試験
- 対象:血圧正常または軽度高血圧の成人412人
- 介入:
1. 通常の米国食 + 高Na(150 mmol/day ≒ 8.8g食塩)
2. 通常食 + 中Na(100 mmol/day ≒ 5.8g)
3. 通常食 + 低Na(50 mmol/day ≒ 2.9g)
→ それぞれのナトリウムレベルで3週間ずつ食事を交代 - 結果:
・低Na群では収縮期血圧が高Na群に比べて7.1 mmHg低下(高血圧群では11.5 mmHg低下)
・DASH食と低Naを組み合わせた場合にはさらに強い効果
Huangらによるメタアナリシス(2020年)
- 対象:133のRCT、12,197人
- 主要結果:
・ナトリウム摂取量を50 mmol/日(≒2.9g食塩)減らすと、収縮期血圧は平均2.1 mmHg低下
・平均Na減少量131 mmol/日(7.7g食塩)では、収縮期血圧が4.3 mmHg低下
Filippiniらによるメタアナリシス(2021年)
- 対象:85のRCT(>4週間介入)、10,000人以上
- 結果:
・ナトリウム排泄量と血圧の関係は明瞭な線形
・Naを50 mmol減らすと収縮期血圧が2.8 mmHg低下
食塩・ナトリウム摂取量と血圧の要点整理
試験・解析 | Na減少量 | 血圧効果(収縮期) | 対象 |
---|---|---|---|
DASH-Sodium | −100 mmol | −7.1 mmHg(全体) −11.5 mmHg(高血圧者) | 健常成人 |
Huangメタ解析 | −131 mmol | −4.3 mmHg | 多様な対象 |
Filippiniメタ解析 | −50 mmol | −2.8 mmHg | 多様な対象 |
特に高血圧者、非白人、年齢が高い人では、減塩の効果がより大きいと報告されています。
降圧薬と同等の効果
- Huangらの解析では、減塩による血圧低下は抗高血圧薬1剤による効果(平均5 mmHg)とほぼ同等とされています。
- また、薬の併用では減塩と併せて相乗効果が期待できます。
食塩・ナトリウムと血圧の結論
先述のように、心血管イベントや死亡率といった「ハードアウトカム」への影響は、RCTでの検証がまだ限定的です。しかしながら、減塩が血圧を下げることを示したRCTは、明確に存在しており、エビデンスの質も高いです。
参考文献
・Sacks FM, Svetkey LP, Vollmer WM, Appel LJ, Bray GA, Harsha D, Obarzanek E, Conlin PR, Miller ER 3rd, Simons-Morton DG, Karanja N, Lin PH; DASH-Sodium Collaborative Research Group. Effects on blood pressure of reduced dietary sodium and the Dietary Approaches to Stop Hypertension (DASH) diet. DASH-Sodium Collaborative Research Group. N Engl J Med. 2001 Jan 4;344(1):3-10. doi: 10.1056/NEJM200101043440101. PMID: 11136953.
・Huang L, Trieu K, Yoshimura S, Neal B, Woodward M, Campbell NRC, Li Q, Lackland DT, Leung AA, Anderson CAM, MacGregor GA, He FJ. Effect of dose and duration of reduction in dietary sodium on blood pressure levels: systematic review and meta-analysis of randomised trials. BMJ. 2020 Feb 24;368:m315. doi: 10.1136/bmj.m315. PMID: 32094151; PMCID: PMC7190039.
・Filippini T, Malavolti M, Whelton PK, Naska A, Orsini N, Vinceti M. Blood Pressure Effects of Sodium Reduction: Dose-Response Meta-Analysis of Experimental Studies. Circulation. 2021 Apr 20;143(16):1542-1567. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.120.050371. Epub 2021 Feb 15. PMID: 33586450; PMCID: PMC8055199.
最後に:「減塩」はなぜ強く推奨されているのか?
RCTでの根拠が限定的であるにもかかわらず、減塩がWHOや各国のガイドラインで強く推奨されている理由は、次の3つのエビデンスの「合意」によります。
観察研究の一貫性と規模
・世界各国からの前向きコホート研究(例:INTERSALT、UK Biobank、PURE)で、高ナトリウム摂取と高血圧・CVDリスクとの関連が再現性高く報告されています。
生理学的妥当性(mechanistic plausibility)
・高ナトリウム環境がRAAS活性、交感神経活性、血管反応性、免疫系に作用し、血圧上昇と臓器障害を促進するという機序が動物実験・人の介入研究で確認されています。
・加えて、先述のように食塩・ナトリウム摂取量と血圧にはRCTにより正の相関が示されています。
現実の集団介入(国レベル)で成果が出ている
・フィンランドや英国などでは、加工食品のナトリウム含有量を政策的に下げることで、CVD死亡率が10〜30%減少したという成果があります。
このように、「直接的なアウトカムRCTが不十分でも、複数の独立した根拠が整合しており、かつ実際に効果が出ている」ため、強い推奨が維持されています。