はじめに:食事療法は薬に勝るか?
2型糖尿病(T2D)と高血圧は、しばしば同時に存在し、心血管イベントの主要な危険因子となります。T2D患者の約8割は高血圧を併発しており、その管理は動脈硬化性疾患や脳卒中、腎症予防において極めて重要です。しかし、現実には多くの患者がガイドラインで推奨される血圧目標を達成できていません。
その背景には、薬物療法の限界や生活習慣改善の実行困難さがあります。本研究「DASH4D(Dietary Approaches to Stop Hypertension for Diabetes)」は、2型糖尿病患者に特化した新たな食事パターンの臨床的効果を検証し、既存の食事療法とナトリウム制限の役割に迫った貴重なエビデンスです。
研究の概要と新規性:DASHの再構築
DASH食は1990年代以降、高血圧に対する非薬物療法のスタンダードとして知られてきました。しかし従来のDASHは、糖尿病患者特有の代謝・腎機能的ニーズを想定して設計されたものではありません。たとえば、高カリウム血症のリスクを考慮するCKD併存患者や、炭水化物摂取に敏感な糖尿病患者には不適切な点も多く存在していました。
本研究では、DASH食を以下のように再構築し、「DASH4D」として適応させた点が最大の新規性です:
- 炭水化物比率を45%に制限(従来DASHは55–60%)
- 不飽和脂肪酸の割合を増加(脂質37%、飽和脂肪<10%)
- カリウム摂取量を3900mgに調整(従来DASHは4700mg以上)
- ナトリウム量を1500mg/日(低ナトリウム)と3700mg/日(高ナトリウム)で設定
糖尿病における高ナトリウム食の影響や、腎機能への配慮、薬物療法との相互作用までを網羅した、きわめて臨床的に現実的なデザインであることが特筆すべき点です。
※ 最下段の【DASH4Dの補足】も参照ください。
研究デザインと方法:食事を“薬”として扱う厳密設計
研究は単施設、4期間クロスオーバー型の無作為化臨床試験で行われ、Baltimoreの研究施設にて2021年から2024年にかけて実施されました。対象は、T2Dと軽度から中等度の高血圧(SBP 120〜159 mmHg、DBP <100 mmHg)を有する102名(平均年齢66歳、女性66%、黒人87%)です。
参加者は以下の4つの食事を5週間ずつ、順不同で摂取しました:
- DASH4D(低ナトリウム)
- DASH4D(高ナトリウム)
- 比較食(米国糖尿病成人の平均的食事、低ナトリウム)
- 比較食(高ナトリウム:リファレンス)
すべての食事は研究施設のメタボリックキッチンで調理され、体重が変化しないようカロリーは調整されていました。血圧測定は期間終了前の2週間に5回、標準化手法で行われました。
結果:ナトリウム制限が主役、DASH4Dが補助
最も注目すべき結果は、DASH4D低ナトリウム食が比較食高ナトリウム食に比べて、収縮期血圧(SBP)を4.6 mmHg、拡張期血圧(DBP)を2.3 mmHg有意に低下させたことです(P<0.001)。この差は、臨床的に有意な差とされ、脳卒中リスクを14%、心不全リスクを8%低下させる可能性があります。
また、ナトリウム制限単独の効果も明確でした:
- DASH4D内でのナトリウム高低差によるSBP差:−4.8 mmHg
- 比較食内でのナトリウム高低差によるSBP差:−2.3 mmHg(非有意)
このことから、ナトリウム制限が血圧低下の主役であることが強調されます。一方で、DASH4D自体の効果(ナトリウム量を揃えてDASH4Dと比較食を比較)は、収縮期血圧−2.3 mmHg(95%CI −4.9〜0.2)と、統計的には有意差に達しませんでした。
安全性と副作用:高リスク群にも比較的安全
DASH4Dとナトリウム制限による重大な副作用はほとんど観察されませんでした。SBP <90 mmHgの症例がDASH4D低ナトリウム食で5件、比較食低ナトリウムで6件、いずれも臨床管理可能な範囲にとどまっていました。
高カリウム血症(K≥5.5 mEq/L)はDASH4D低ナトリウム群で2例ありましたが、ACE阻害薬やARB投与時のリスクと比較すると小さく、安全性は許容範囲といえます。
実践への応用:減塩の重要性を再確認
この研究から得られる最も実践的なメッセージは、「まずナトリウム制限を意識することが、糖尿病と高血圧の管理に最も効果的である」という点です。
食塩相当量で言えば、1日6.5g(ナトリウム1500mg)未満に抑えることが目標です。これは和食中心の日本人にも困難な目標ですが、
- 漬物・味噌汁の頻度を週2回以内にする
- 加工食品(練り物、インスタント食品、コンビニ弁当)を避ける
- 出汁やスパイス、酢を使った減塩調理法を取り入れる
といった具体策を取ることで、実現可能です。また、DASH4Dのように炭水化物を控えめにし、不飽和脂肪酸を多く取り入れることも有効です。たとえば、白米を減らしてオートミールや豆腐を主食にするなどの工夫が実用的です。
Limitation
本研究は高い方法論的厳密性を有していますが、いくつかの制限も存在します。
- DASH4D単独の効果は小さく、主にナトリウム制限が血圧低下の要因だったこと
- 単施設試験であり、対象の多くが黒人女性であったため、人種・性別に対する一般化が限定的であること
- 試験期間中に一部で降圧薬の変更があり、薬剤の影響を完全に排除できていないこと
- ナトリウムの影響が短期間(5週間)で評価されており、長期的持続性の評価が不足していること
これらの点は、今後の多施設・長期追跡研究に委ねられる課題です。
結論
本研究は、T2D患者における血圧管理の新たな選択肢として「DASH4D+ナトリウム制限」の有効性と安全性を示しました。特に、薬物治療中でもさらに血圧を下げられる可能性があり、重複治療の観点からも意義があります。
食事は薬と同等以上の力をもつ可能性があります。血圧と糖尿病を同時に管理するための新たな武器として、DASH4Dの導入は今後の臨床現場で注目されるべきです。
参考文献
Pilla SJ, Yeh HC, Mitchell CM, et al. Dietary Patterns, Sodium Reduction, and Blood Pressure in Type 2 Diabetes: The DASH4D Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. Published online June 9, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.1580
※補足1 【DASH4Dの補足】
DASH4Dの構成と特徴
栄養素バランス(2000 kcalレベルの場合)
栄養素 | DASH4Dの目標値 | DASH4Dの実際値(例) |
---|---|---|
タンパク質割合 | 18% | 約19% |
炭水化物割合 | 45% | 約44–45% |
脂質割合(主に不飽和脂肪) | 37% | 約36–37% |
飽和脂肪 | <10% | 約9% |
食物繊維 | ≥30g | 約32g |
カリウム | 約3900 mg | 約3812 mg |
マグネシウム | 約476 mg | 約494 mg |
カルシウム | 約1200 mg | 約1154 mg |
ナトリウム(低塩食) | 1500 mg | 約1513 mg |
ナトリウム(高塩食) | 3700 mg | 約3617 mg |
※比較対照群の食事では、カリウム・マグネシウム・カルシウムはDASH4Dの約半分程度
主な食品構成(1日あたりの摂取量の目安)
食品群 | DASH4D(例) | 比較食(例) |
---|---|---|
果物 | 5.3サービング | 1.9 |
野菜 | 5.7 | 2.8 |
全粒穀物 | 3.8 | 5.3 |
低脂肪乳製品 | 2.0 | 1.1 |
肉・魚・卵・ナッツ類 | 8.5 | 7.4 |
脂肪(調理用油等) | 5.7 | 7.4 |
甘味食品(スイーツ等) | 2.2 | 3.4 |
DASH4Dの主な調整ポイントと目的
炭水化物を従来のDASHより低めに設定
- T2D患者の血糖コントロールを考慮し、炭水化物比率を45%に制限。
- 一部を不飽和脂肪酸に置換し、インスリン抵抗性と脂質プロファイルの改善を図る。
カリウムを抑制
- 従来のDASHはカリウム豊富(4700mg程度)だが、DASH4DではCKD併存のT2D患者に配慮し3900mgに減量。
- 高カリウム血症のリスクを低減。
- DASH4Dの参加者には、eGFR 30〜59 mL/min/1.73 m²(ステージ3のCKD)を有する患者が約21%含まれていました。CKDのある糖尿病患者では、カリウムの腎排泄が低下しており、高カリウム血症(高K血症)のリスクが高まるため、過剰摂取は危険です。
ナトリウム摂取量を二段階で設定
- 低ナトリウム:1500 mg/日(AHA推奨)
- 高ナトリウム:3700 mg/日(米国成人の上位25%相当)
- 各パターンを比較することでナトリウム制限効果を独立して評価可能に。
DASH4Dの意義
- 通常のDASH食は「一般的な高血圧患者向け」だが、DASH4Dは糖尿病患者の代謝・腎機能・薬物治療背景を考慮して設計されている。
- カリウムや糖質への配慮により、CKD患者やGLP-1受容体作動薬使用者にも対応可能な「臨床応用性の高い食事療法モデル」といえる。
DASH4Dのまとめ
DASH4Dとは、
「炭水化物を抑え、不飽和脂肪を増やし、腎機能に配慮してカリウムを減らした、2型糖尿病患者向けのDASHスタイルの食事」です。
この食事は高血圧治療薬を使用中の患者においても、ナトリウム制限と組み合わせることで明確な降圧効果を示しました。
補足2【DASH4Dの食事内容を1日分のモデル】
DASH4Dの食事内容を1日分のモデル】として朝・昼・夕に分けて具体的に提示します。これは2000 kcal・低ナトリウム(1500 mg)・カリウム約3900 mgを想定した例です。
【朝食】(約550 kcal)
主食:
- オートミール(乾燥50g)を無脂肪乳で調理(200ml)
副菜:
- ブルーベリー(生、80g)
- クルミ(10g)
主菜:
- ゆで卵(1個)
飲み物:
- 無糖豆乳またはブラックコーヒー
栄養ポイント:
- 炭水化物は全粒由来、GI低め
- クルミで不飽和脂肪酸を補給
- 塩分は一切加えず、カリウム豊富な果物でミネラル補完
【昼食】(約700 kcal)
主食:
- 玄米ごはん(150g)
主菜:
- 鶏むね肉のグリル(皮なし、100g)
オリーブオイル+レモン+香草で味付け(無塩)
副菜:
- ひよこ豆のサラダ(ひよこ豆60g+トマト+きゅうり+オリーブオイル)
汁物:
- 野菜スープ(無塩・セロリ、ズッキーニ、キャベツ)
飲み物:
- 水または炭酸水(無糖)
栄養ポイント:
- 食物繊維・マグネシウム・カリウムを豊富に
- 塩分の代わりにハーブや柑橘の香味を利用
- 動物性脂肪を避けつつ、たんぱく質をしっかり確保
【夕食】(約750 kcal)
主食:
- 全粒粉パスタ(乾燥60g)
オリーブオイル・ニンニク・ナス・ズッキーニのソテーと和える
主菜:
- サーモンのムニエル(約80g)
レモン+胡椒で風味付け、塩は不使用
副菜:
- 茹でたほうれん草とアボカドのサラダ(小鉢)
ノンオイルドレッシング or ビネガー+亜麻仁油少量
デザート:
- 低脂肪ヨーグルト(100g)+キウイ(50g)
飲み物:
- ハーブティー(カフェインレス)
栄養ポイント:
- DHA/EPAを含む脂質を魚から摂取
- カリウムとマグネシウムが豊富なアボカドや葉物野菜を活用
- 乳製品でカルシウム補給も実施
【1日トータル栄養バランス(概算)】
栄養素 | 摂取量(目安) | コメント |
---|---|---|
カロリー | 約2000 kcal | 体重維持に調整 |
たんぱく質 | 約90g(18%) | 動物+植物性をバランス良く |
炭水化物 | 約220g(44%) | 低GI、全粒・豆・野菜中心 |
脂質 | 約80g(36–37%) | 不飽和脂肪酸中心 |
食物繊維 | 約32g | 豆・野菜・全粒 |
ナトリウム | 1500mg未満 | 塩・加工品の不使用で達成 |
カリウム | 約3900mg | 果物・豆・野菜・魚で補う |
カルシウム | 約1150mg | ヨーグルト・豆乳・野菜で |
実践のヒント
- 加工食品は極力避け、調理は“塩なしで風味を出す工夫”が肝要です。
- 糖質は“精製された白い炭水化物”ではなく、“茶色い炭水化物”を選ぶ意識を。
- 脂質は“控える”のではなく、“質を選ぶ”(例:オリーブ油、ナッツ類)ことが重要です。
- カリウムは腎機能が正常な人には積極的に取り入れ、CKDの人は主治医と相談しながら調整してください。