高齢高血圧患者における累積安静時心拍数と心血管イベント・全死亡リスクの関係

心拍/不整脈

研究の背景と意義

心血管疾患(CVD)は依然として世界の主要な死因であり、高血圧はその最も重要な修正可能な危険因子です。これまでの研究では、単一の安静時心拍数(RHR;Resting Heart Rate)測定値と心血管リスクの関連が報告されてきましたが、時間経過に伴う累積的な心拍数曝露(cumRHR;Cumulative Resting Heart Rate)の影響については不明な点が多く残されていました。

この研究は、STEP試験(高齢高血圧患者における血圧介入戦略試験)のデータを用いて、60-80歳(平均年齢は66.19歳)の高血圧患者7,517名を対象に、cumRHRと心血管イベントおよび全死亡リスクの関係を調査したものです。新規性として、単一の心拍数測定ではなく、0、3、6、9、12ヶ月の5時点で測定した心拍数の時間加重平均値を用いて累積曝露量を算出した点が挙げられます。これにより、一時的な変動の影響を抑え、より正確な長期リスク評価が可能になりました。

研究方法の革新性

この研究では、cumRHRを以下の式で計算しています。

cumRHR = (RHR1 + RHR2)/2 × time1-2 + (RHR2 + RHR3)/2 × time2-3 + (RHR3 + RHR4)/2 × time3-4 + (RHR4 + RHR5)/2 × time4-5

ここでRHR1-RHR5は各時点の心拍数、time1-2などは測定間隔(0.25年)を表します。この計算方法により、単なる平均値ではなく、時間経過を考慮した累積的な心拍負荷を評価しました。

参加者はcumRHR値に基づいて四分位(Q1-Q4)に分類され、Q3(72.19-75.88 [拍/分]×年)を基準として比較されました。主要評価項目は、脳卒中、急性冠症候群、急性代償不全心不全、冠動脈血行再建術、心房細動、心血管死の複合エンドポイントとされました。

主要な発見:U字型のリスク関係

先記のように、参加者はcumRHRにより4群(Q1〜Q4)に分類され、中央値は以下の通りです。

  • Q1:44.50–68.44(bpm×年)
  • Q2:68.50–72.12
  • Q3:72.19–75.88(参照群
  • Q4:75.94–109.44

3.33年間の追跡期間中、以下の重要な結果が得られました。

  1. Q4群(cumRHR 75.94-109.44)では、Q3群と比較して主要評価項目のリスクが2.21倍(95%CI 1.42-3.43)、主要心血管イベント(MACE)が1.93倍(95%CI 1.18-3.16)、脳卒中が3.55倍(95%CI 1.42-8.86)と有意に増加しました。
  2. Q1群(cumRHR 44.50-68.44)でも主要評価項目のリスクが1.71倍(95%CI 1.08-2.71)と増加しており、cumRHRと心血管リスクにはU字型の関係が認められました。
  3. 全死亡リスクにはcumRHRとの明確な関連は認められませんでした。
  4. 制限付き立方スプライン解析では、cumRHRが72(拍/分)×年で最もリスクが低く、これより高くても低くてもリスクが上昇するU字型曲線が確認されました。

メカニズムと臨床的意義

高cumRHRが心血管リスクを増加させる機序として、以下のメカニズムが考えられます。

  1. 交感神経系の過活動:持続的な心拍数上昇は交感神経緊張の増加を示唆し、血管抵抗増加や内皮機能障害を引き起こします。
  2. 血管内皮機能障害:慢性的な高心拍数は酸化ストレスを増加させ、一酸化窒素(NO)の生物学的利用能を低下させます。
  3. 炎症反応:研究では、Q4群で尿酸値や炎症マーカーが高い傾向が見られ、慢性的な炎症状態が関与している可能性が示唆されます。

一方、低いcumRHRは一見「良いこと」のように思われがちですが、本研究ではQ1群においてもイベントリスクの上昇が観察されています。低cumRHRのリスク増加については、洞不全や伝導障害などの潜在的心疾患や交感神経緊張度の低下による臓器灌流不足、心房再分極の不均一化による不整脈誘発などが考えられます。特にβ遮断薬を使用していない患者では、心拍数60拍/分未満が心房細動発症と関連することが報告されています。

臨床応用と実践的アドバイス

この研究結果を臨床現場で活用するためには、以下の点が重要です。

  1. 心拍数の定期的なモニタリング:単回測定ではなく、数ヶ月間隔で複数回測定し、cumRHRを計算することを推奨します。スマートウォッチや家庭用血圧計の心拍数記録機能を活用すると便利です。
  2. 最適な心拍数管理:cumRHRを72-76(拍/分)×年の範囲に保つことを目標とします。特に女性や60-69歳の患者では、高cumRHRのリスクがより顕著でした。
  3. 生活習慣の改善:有酸素運動、ストレス管理、カフェイン摂取制限など、心拍数を適正範囲に保つための生活指導を行います。
  4. 薬剤選択の考慮:β遮断薬の使用については慎重な判断が必要です。心拍数低下効果があっても必ずしも予後改善につながらない可能性があるため、個々の患者の状態に応じて選択します。

研究の限界と今後の課題

この研究にはいくつかの限界があります。

  1. 追跡期間が3.33年と比較的短く、長期の影響を評価するには不十分かもしれません。
  2. 対象が中国の漢民族に限定されており、他の民族集団への一般化には注意が必要です。
  3. β遮断薬使用者を除外したため、これらの薬剤の影響を評価できませんでした。
  4. 測定されていない交絡因子(特定の薬剤や併存疾患など)が結果に影響を与えた可能性があります。

今後の研究課題として、より長期の追跡調査、他民族集団での検証、cumRHRをターゲットにした介入試験などが考えられます。また、分子生物学的な機序を解明するための基礎研究も必要です。

結論

この研究は、高齢高血圧患者において、累積的な安静時心拍数が心血管リスクとU字型の関係にあることを明らかにしました。単に心拍数を下げればよいのではなく、適切な範囲(72-76拍/分×年)に維持することが重要です。臨床医は、血圧管理と同様に、心拍数の経時的変化にも注目し、個々の患者に合わせた最適な管理戦略を立てる必要があります。

参考文献

Lin R, Ling Q, Wang W, et al. Relationship Between Cumulative Resting Heart Rate and the Incidence of Cardiovascular Events and All-Cause Mortality: Post Hoc Analysis of STEP Trial Data. Circ J. 2025; (Advance Publication). doi: 10.1253/circj.CJ-24-0690.

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